56.鹿乳

 卵が見つかったので、次は牛乳だ。

 牛乳さえあれば錬成陣を使ってバターや生クリームを作り出すことができるし、お酢やレモン汁を入れて簡単なチーズを作り出すことも可能だ。

 牛乳自体も美味しい料理には欠かせない食材であるし、できるならば手に入れたいものだ。

 ただ、牛とか山羊とかの四足歩行の魔物っていうのはあんまり見たことがないんだよね。

 鹿の魔物なら湖周辺をうろついているのを何度も見かけているのだが、鹿っておっぱい出るのか?

 哺乳類である以上は母乳が出ないわけがないと思うのだが、鹿の乳を搾るっていうのは聞いたことがない。

 いや、なんかどっかの民族がトナカイの乳を飲んでいたか。

 トナカイの乳が飲めるなら鹿の乳も飲めるのか?


「わからないな。もういっそ、自分のおっぱいで……」


 私は自分の小さな乳房に目を落とす。

 やっぱやめとこ。

 狐由来の変身能力を使えばこの子供おっぱいを母乳の出るお母さんおっぱいに変えることも可能だろう。

 現に下半身のほうは物を自在に生やすこともできるし、試し撃ちをした限りでは機能に問題も無さそうだ。

 しかし牛乳が無いからという理由で自分の母乳を口にするのはちょっと抵抗がある。

 他人の母乳だったら土下座してでも飲みたいくらいなんだが、自分のはなぁ。

 やはり鹿の乳を試してみるのがいいか。

 鹿なら湖周辺にいるのでユキトに案内してもらう必要もない。

 今日はユキトは何やら張り切った様子で出かけて行ったので呼び戻すのもちょっと申し訳ないし、一人で行こう。

 鹿の魔物は湖の向こう側の、オークの縄張りに多くいる。

 以前までは比較的安全なゴブリンの縄張りに多かったのだが、どうやらユキトが六王の一角を落したせいで森のパワーバランスがちょっと変わったようだ。

 成金のブルーノが縄張りとしていた辺りが空白地帯となり、比較的力の弱い草食の魔物たちが豊富な餌場を求めて集まっているらしい。

 まあそれを狩るためにゴブリンやオークも集まっているらしいので、そのうち草食魔物たちの楽園も失われることだろう。

 鹿の魔物がどこかに散ってしまう前に鹿乳をたくさん手に入れておきたいところだ。

 私はいつものように機能性インナーの上にワンピース鎧を着込み、腰にサーベルと投擲用の石ころの入った袋を吊るして魔王城を出た。





 前方から歩いてきたオークの一団に向けて、小石を投擲する。

 研ぎ澄まされた小周天の状態で放たれた小石はオークの頭を爆散させた。

 まるでレーザービームだ。

 狐が身に宿していた膨大な魔力を手に入れたことで同時に上がった気の総量は、すでに人の領域を軽く超えている。

 オークジェネラルくらいまでは軽く石を投擲するだけで倒すことができるし、ちゃんとした武器を投擲すればキングだって倒すことができるだろう。

 近接戦闘能力は言わずもがな。

 先人の残した偉大な武術を今の私の身体能力で実践すれば、容易く無双することができるだろう。

 狐の力を得たことで私はかなり強くなった。

 それ自体はいいことには違いないのだが、銃が見事にいらん子になってしまった。

 銃は弱者の武器だ。

 強さを平均化し、弱さを補ってくれる。

 威力は弓を超え、弓ほどの訓練期間も必要としない。

 金さえあれば農民を常勝無敗の軍団にすることのできる恐ろしい武器だ。

 しかし、私が持っている中で最強の銃であるバ〇ットM82ですら巨人やトカゲなどの本物の化け物を相手にするには力不足だった。

 今の私だったら槍でも投擲すれば巨人やトカゲに痛撃を与えることも可能だろう。

 つまり、私の力が銃を超えてしまったのだ。

 スキルや魔力がある世界だからそんなこともあるさ。

 銃には今までお世話になったし、なにより私は銃が好きだ。

 これからは趣味として射撃を嗜んでいこうと思っている。

 私はボロボロになってしまったグ〇ック17を取り出し、そっとマジックバッグに戻した。

 もうこの銃は寿命だ。

 外観は別に傷だらけでも動作に問題はないが、問題の中身がボロボロなのだ。

 ベ〇ッタも同様に銃身が限界を迎えている。

 今の私の技術で精密な銃の部品を作るのは難しい。

 9mmはかなり使い勝手がいいので多用していたのもよくなかったのだろう。

 身体能力が上がった今はもう銃の取り回しに苦労することも無い。

 これを機に大口径の拳銃を使っていくのもいいだろう。

 私はマジックバッグから1丁の拳銃を取り出した。

 45口径のオートマチック拳銃、HK45だ。

 45ACP弾は9mm弾とは比べものにならないくらいの威力を持つ弾だ。

 急所を狙えば通常種のオークくらいなら仕留めることが可能だろう。

 そしてもう1丁。

 ロマンを追い求めて2丁拳銃スタイルだ。

 こっちは50口径のリボルバー拳銃、M500。

 ひろしの世界で拳銃では最強レベルの威力だと言われていた銃で、撃てば大の男が衝撃で銃を取り落としてしまうほどの反動がある。

 扱いは難しいが、こいつならば通常種のオークにも十分に通用するはずだ。

 私は追加でやってきたオークに向かって両手の拳銃をぶっ放した。

 片手撃ちは両手打ちとは勝手が違うものの、慣れれば問題なく当てることができた。

 どちらの銃の反動も魔力で固定してしまえばそれほど気にならないし、威力に関しても十分オークの皮膚を貫通している。

 ただ音が少しうるさいかな。 

 私のイヤーウォーマーは元来ただの防寒具で、音を遮断するためのものではない。

 今度耳栓でも作ることにしよう。


「さて、肝心の鹿はどこだろう」


 私は目を閉じて周囲の気配を探っていく。

 私から放出された気が、周囲の状況を教えてくれる。

 自分でも何をやっているのかはよくわからないのだが、おそらくこれが外気功というやつなのだろう。

 身体から放出された気は物理的な力は持たないが、私の感覚を助けてくれたり気配を隠してくれたりと便利だ。

 本に書いてあった外気功とはちょっと違う気もするけれど、そういう風にしかならないのだから仕方がない。

 狐にもらった気についての知識も陰陽術とか道術とか平安時代みたいなものばかりであまりよくわからないし、地道に色々試していくしかなさそうだ。

 私もなんとか波みたいな感じの必殺技をいつか使ってみたいな。


「いた」


 群れで草を食む鹿の魔物を発見した。

 気を静めて気配を断ち、近づいていく。

 こうして見るとサイズ以外はひろしの世界の鹿と変わらないな。

 鹿は私を縦に2人重ねたくらいでかいが、穏やかな顔で柔らかそうなイネ科の草の穂を食べている。

 おそらく乳が出るのは子供がいる鹿のメスだけだろう。

 狙いを定め、1頭の鹿を標的にする。


「ごめんね。ちょっとおっぱい貰います」


 そっと近づき、鹿の頭に気を流す。

 魔力は頭に流すと気分を高揚させる効果があるが、気は頭に流すと意識を鎮静化させる効果がある。

 魔力がアッパー系の麻薬だとしたら、気はダウナー系の麻薬といったところだ。

 鹿はトロンとした目になり、ふらふらしだした。

 私は膨らんだ4つの乳房に手を伸ばし、乳首を優しくぎゅっと絞ってみた。

 白い液体がびゅびゅっと飛び出て、この鹿がお母さんで間違いないことを確信した。

 舐めてみるとほのかに甘くてコクのあるまろやかな乳だ。

 子鹿には悪いけど、たくさんもらっていこう。

 私は夢中になって鹿の乳を搾った。

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