50.精霊

 身体の中に循環している気を、脳から目にかけて集中させる。

 身体の外に出すと途端に霧散してしまう気だが、身体の中で操る分には全く問題はなかった。

 滑らかな動きで気が脳と目に集中していく。

 しかし途中で気が付いたのだが、身体を循環する気が全く無くなってしまうと身体能力が11歳女児のものに戻ってしまう。

 ゲイルに教わったパンプアップ身体強化のおかげで多少は素の身体能力も高まったとはいえ、まだまだ子供の域を出ない力だ。

 そんなものでユキトに通用するはずがない。

 動体視力は必要だが、身体能力もまた必要。

 身体を循環させる気と脳と目に集中させる気の割合が重要だな。

 私は少しずつ気を脳と目に流していった。

 段々と私の視界に変化が訪れる。

 物がはっきりくっきりと見えるようになるのと同時に、キラキラとしたもので世界が覆いつくされたのだ。

 そして自由に動き回る何か小さな羽虫のようなものが見え始めた。

 キラキラしたものが気であるのはわかるが、この虫みたいのはまさか精霊というやつか?

 あれだけ練習しても何の反応も見せなかった精霊が、脳と目に気を集中したら見えるようになったということか。

 脳と目に回した気は全体の3割ほどだろうか。

 このくらいなら身体能力への影響もそれほどではない。

 これはかなり使える能力だな。

 私はよく見えるようになった目でユキトを捉え、捕まえた。

 長い耳を掴まれて力なくブランと垂れ下がるユキト。

 可愛い。

 ずっと耳を掴んだままでは可哀そうなので脇腹に持ち替えて抱きかかえる。


「やっと捕まえたよ、ユキト」


『…………』


 なんとなく悔しそうな顔をしているような気がする。

 ユキトは負けず嫌いなところがあるので、これをきっかけにまた強くなってしまうかもしれないな。

 当初の目的であった気配察知能力は十分強化されたので、ひとまず私の訓練はここまでだ。

 また強くなったらコーチングして欲しい。


「帰ってご飯を食べようか。今日はアメリカンなサイズのハンバーガーが食べたい気分だ。ナイフとフォークで食べるやつ」


『…………!!』


 ハンバーガーは最近のユキトのお気に入りでもある。

 ユキトは基本肉食だけど、肉がメインならば穀物や野菜も食べる。

 以前は肉オンリーだったのだが、肉と穀物や野菜を一緒に食べると美味しいということを学習したようだ。

 ハンバーガーという料理名を私が口にした途端に項垂れていたユキトはしゃっきり元気になり、耳もピンと伸びた。

 なんとも現金な兎だ。

 でも美味しい物を食べると幸せな気分になるというのは私もよくわかる。

 孤児院で食べていたものは料理とは言えないものだったから、みんなアンハッピーな顔をして無理やり胃に詰め込んでいた。

 あんなドブ川のヘドロを掬ったようなものが料理であるはずがないのだ。

 あれを料理と認めるのは料理への冒涜だと思う。


「それにしても、今更精霊が見えるようになるとはな」


 精霊魔法はかっこいいのでいつか使えるようになればいいと思っていたが、半年以上練習してもうんともすんともいわないから最近では諦めかけていたところだ。

 まさかこんな形で精霊と接することになろうとは。

 私は目のまえを浮遊する水玉模様のテントウムシみたいな奴に向かって水を出してほしいと念じる。

 水玉だから水の精霊だと思ったのだ。

 しかし水玉は応えない。

 水の精霊ではなかったのだろうか。

 火、風、土、なんでもいいからなんかやってくれ。

 私は考え付く限りのことをあれこれ念じるも、精霊は応えない。

 もしかして、エルフと私では精霊を見るロジックが違うのか?

 目に気を集中させたら精霊が見えたので気イコール精霊力だと思ったのだが、精霊力と気は違う力なのかもしれない。

 気のおかげで精霊が見えるようになったからといって、精霊力が無かったら精霊とは意思疎通ができない。

 もしかしたら精霊魔法が使えるようになるかもしれないと思っていた私はがっくしと項垂れた。


『…………』


 ユキトが私の肩をポンポンと叩いて励ましてくれる。

 さっきとは立場が逆だ。

 可愛いのでしばしユキトをモフって気分を切り替えた。

 まあ精霊魔法が使えなくたって死ぬわけではない。

 私にはガチャがあるし、銃とかいっぱい持ってるし、魔王城は快適だし。

 考えて見たら精霊魔法を使いたい理由っていうのもかっこよくて便利そうだからという理由だけだった。

 便利さでいったらガチャスキルに勝るものはこの世に存在していないだろう。

 これ以上を望むのは欲張りすぎというものだ。

 私の気分は持ち直した。


「さて、今度こそ本当に帰ろう」


 私はほうきに跨ろうとするも、さっきまで肩にいたユキトがいないことに気が付いた。


「あれ、ユキト?どこいった?」


 また訓練が始まったのかと思い、私は気配を読む。

 するとすぐ近くでなんだかよくわからない禍々しい気配を感じた。

 なんだこれ、こんなの感じたことがない。

 私は腰のサーベルを抜き、刃に魔力を纏わせる。

 木立を切り裂いて禍々しい気配の方向へと一直線に走った。

 気配は本当に近くて、走った距離は20メートルにも満たなかっただろう。

 そこには黒いモヤのようなものに絡みつかれて虚空に空いた穴に引きずり込まれそうになっているユキトがいたのだった。

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