49.気功術応用編
あっという間に短い夏が終わり、さらに短い秋がやってきた。
すぐに冬になることだろう。
相変わらず私の暮らしは兎と2人きりの寂しいものだが、あの2人とは遠く離れていても確かな繋がりを感じているので不思議と孤独は感じていない。
たまにエリシアからもらったタリスマンを水に浮かべて今どのへんにいるのかを想像してみるのは楽しい。
ゲイルとエリシアの2人組はSランク冒険者らしく世界中を旅しているようだ。
人間社会においてあの2人ほどの手練れはなかなかいない。
だからこそ2人にしかできない仕事というものも存在しているのだ。
そんな依頼をこなしながら、2人は世界中を旅して回っていると言っていた。
エリシアからもらったタリスマンが示してくれるのは方角だけなので2人が今どのくらい遠くにいるのかはわからない。
海を渡ることは滅多にないと言っていたのでおそらく同じ大陸にはいるだろう。
いつか絶対会いにいく。
そんな決意を胸に、今日も私は森をひた走る。
森の中を走り回る訓練は次の段階に移り、コーチのユキトが敵に回っている。
もうゴブリンやオーク程度では私の相手にならないというコーチの判断により、コーチが直々に相手をしてくれるようになったのだ。
ユキトはいつも私にわからないように森の中に潜み、突如として奇襲を仕掛けてくる。
それを察知して対応するというのが今の私の訓練だ。
ユキトは前々から私の気配察知能力が低いということを見抜いていた。
小周天や魔勁術を使えば身体能力や防御力は上がるが、敵の攻撃を察知するような能力は強化されないのだ。
森の中で生きてきたユキトはもちろん生き物の気配や敵意を察知する能力に優れている。
しかしいつまでもユキトの気配察知能力に頼り切りでは申し訳ないし、ユキトがいないときに奇襲されたら対処することができない。
これではいかんということで私は最近近接戦闘訓練と並行してこの奇襲察知訓練を行っているというわけだ。
最初のうちはいつも負けていた。
いつの間にかユキトが背中に張り付いていたり、飛びついてくるのを避けられなくて頭の上に乗られたりしていた。
それらを事前に察知するために無駄に耳を澄ましたり目を凝らしてみたり、鼻をクンクンさせてみたりした。
だが何をやってもユキトの潜んでいる場所なんてわからなかったし、飛びついてくるまで気が付くことはできなかった。
そもそも人間と魔物は違うのだから、同じことをしようとすることが間違いだったのだろう。
私は考え方を変えた。
なんか便利な気功術はないだろうかと。
気功術は魔王城と並んで私を助けてくれている力だ。
今回もきっとなんとかなるはずだと考えたのだ。
そして実際なんとかなった。
私は今まで気というものを体内以外に感じたことはなかった。
なんか魔力で巻き取るとくっ付いてくるエネルギーという曖昧な感覚でしか気を捉えることができていなかったのだが、その曖昧なエネルギーを感じ取る能力を鍛え始めたら気配というものがわかってきたような気がするのだ。
気というものは外から取り込むエネルギーではあるが、生き物の身体の中にも多少なりともあるものだ。
食べ物から取り込んだものなのか、それとも生き物も自然の一部ということなのかはわからない。
だがはっきりと言えるのは、大気中の気と生き物が持つ気は違うということだ。
だから大気を揺蕩う自然の気とは違う流れの気を感じ取れば、それは生き物がいるということになる。
これにより私は気配察知の能力を得たと同時に気の練り方も今までより上達した。
いいことずくめである。
そもそも気を取り込む段階でこの能力が発達していなければならなかったのだろうが、この世界には魔力というものがあったためによくわからなくなってしまった。
じゃあ外気功ってなんなんだという話になるが、それは今は置いておこう。
気を感じ取り気配を読むことができるようになった私だったが、肝心のユキトは気配を殺すのがとてもうまいため完全に捉えることはまだ難しい。
それはおそらく野生動物が自ずと身に付けている能力なのだろうが、体内の気を静めて自然と同化するような動きをされるとまだまだ気功術ビギナーの私では察知することができなかったりする。
修業は続くよどこまでも。
「そこだ!」
気配を察知することが難しい以上、ユキトを捉えるのはもっぱら勘となる。
はっきりと気配を感じたわけではないが、なんとなく可愛い雰囲気を感じたのでサーベルを振ってみた。
当たりだった。
修業の成果であるなかなかの速度で振り抜かれたサーベルは木の枝を切り落とし、白い影を捉える。
しかしそれは残像で、そこにはもうユキトはいなかった。
ユキトにはこの神速を誇る脚力もあるのだ。
巨人とトカゲ戦の後に身に付けた魔勁術によって攻撃力と防御力もめちゃくちゃ高いし、もはやこのあたりでは敵なしだろう。
それゆえなのか、強くなってきた私と戦うのは結構楽しいみたいだ。
ユキトは木々の間を飛び回り、白い閃光と化す。
こうなると目で捉えるのは難しい。
動体視力をいくら鍛えたところで人間は銃弾を切ることはできないのだ。
切れるのはBB弾までだ。
私はふと思う、本当にそうだろうか、と。
なんとなくなのだが、エリシアならばできるような気がする。
魔力を纏ったゲイルにはそもそもライフル弾ですら効かなさそうだ。
ならば私にも、銃弾が切れるのではないだろうか。
私は肉体を強化することができる。
ゲイルたちが使うような魔力でパンプアップするパチモンの身体強化ではなく、気によって肉体を超人と化す本当の意味での身体強化だ。
それを、脳や目に集中させてみたらどうだろうか。
気や魔力などのエネルギーを使う技術は漫画などでも出てくるが、大体の場合一部分に集中させることによって多大な力を生み出していた。
魔力はすでにやったことがある。
魔勁術は一部分に集中させると強度を増すことが分かっている。
だが気はやったことがない。
そもそも気を一部分に集中させることなどできるかもわからない。
やってみる価値はあるだろう。
どうでもいいが、気をやるってひろしの国の古い言葉でイクって意味だよな。
やんごとなきエロスを感じさせてくれるいい言葉だ。
今後も使っていこう。
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