48.ゴブリンとスナイパー
まるで女神のいる池に一度落として正直者だったからもらえたかのような金ぴかの金棒を振りかざすゲイル。
なにあれかっこいいんだが。
私がもらった鋼鉄製の金棒なんかとは比べ物にならない輝きを放っている。
ゲイルはその金棒に魔力を纏わせ、ゴブリンを吹き飛ばした。
自身の身体や武器に魔力を纏わせる魔勁術という技はユキトがやっているように魔力を鋭く尖らせることで攻撃力を増すことができる。
ゲイルは魔勁術の達人なので、金棒の表面に無数のトゲを生やしてそれを高速で回転させるような技も持っていた。
そんなハンドミキサーのような状態の金棒に触れてしまったゴブリンは例外なく挽肉にされてしまった。
グロい。
あんなものを持ったおカマが追いかけてくるなんて恐怖でしかないな。
もはやゴブリンの集落はと殺場と化してしまった。
あちこちでゴブリンの悲鳴が響き、血風が吹き荒れる地獄のような光景だ。
平和なゴブリンたちの住処を襲う悪夢、どう考えてもあの2人のほうが悪役だな。
まあ生きるっていうことはそういうことだから仕方がない。
ゴブリンたちだって人間の女を攫ってエロゲみたいなことをしているだろうし、男は殺しているだろう。
人間が絶対的に善なる存在というわけではないのでゴブリンを殺すことは人間の都合でしかないが、私だって犯されたくないし殺されたくもないからゴブリンは殺す。
弱肉強食っていうやつだな。
同じ人間にとって有害となる魔物でも、オークは強いから人間に殺されない。
まあそれも時間の問題だとは思うけど。
時間をかけて強くなったこの森のオークたちのように、人間もまた時間と共に強くなる。
様々な兵器を開発して、いつかこの森を征服に来るだろう。
ひろしの世界の人間にできたことが、この世界の人間にできないわけがない。
この世界には魔力やスキルなどのよくわからない力も存在しているから、もしかしたら科学は発展しないかもしれないし、よりえげつない進化を遂げるかもしれない。
そのへんは人間の運次第だろう。
スキルや魔力は強力だが、多くの人は持っていないものだ。
ひろしの世界の科学は必要だから発展した。
スキルや魔力を持たない人がその狂気の力を欲するならば、きっと科学は発展する。
しかし持たざる人が力を欲する状況というのは、あまり生きやすい世の中ではなさそうだな。
そのとき私が生きているかはわからないけれど、生きていたらちょっとまた人間社会とは距離をとらせてもらうこととしよう。
どうしたことか、考えれば考えるほど人間が嫌いになっていくぞ。
哲学者が自殺したくなる気持ちも今ならわかる気がする。
「あれ、考えごとをしている間に2人がいなくなっちゃった」
スコープから目を離した数分の間に、ゴブリンたちはすべて挽肉になってしまっていた。
そしてそれを成したであろう2人が視界から消えた。
肝心なところを見逃してしまったことを責めるように背中のユキトが頭をテシテシと叩いてくる。
可愛い。
私は背中のユキトをモフモフしてから2人を探した。
しかし集落の中を見回してもどこにもいない。
どこかの建物の中にいるのかとゴブリンたちが建てた粗末な住居に目を向けたとき、その建物が爆発したかのように吹き飛んだ。
どうやらあの2人とゴブリンキングはお外で戦わず室内戦にもつれ込んでいたようだ。
爆発した建物からゴブリンキングが転がり出てくる。
その手にはボロボロの女の人が抱えられていた。
人質作戦か、卑怯な奴だ。
人質を取られてはゲイルとエリシアも慎重にならざるを得ない。
あのお人好しな2人が人質を切り捨てるという選択を取るとは思えなかった。
人質に剣を突き付けられたくらいではエリシアの腕ならゴブリンキングだけ射貫くことも可能だっただろう。
しかし厄介なことにゴブリンキングの2匹の側近ジェネラルたちもそれぞれ裸の女性を人質に取っていた。
「ちょっとだけ手伝ってあげようか。人質が死んじゃったら可哀そうだし」
もう死にたくなるような目に遭わされているのに、最後は人質になって死にましたじゃあ報われなすぎる。
私があの女性のような状態になったら自分をこんな目に遭わせたゴブリンをこの世から駆逐してやろうと考えるだろう。
せめて目の前でゴブリンたちが惨たらしく死ぬところを見せて留飲を下してあげたい。
ユキトも満足げに私の背中の上で大人しくしている。
寝てないよねユキト君?
まあいいか、どうせライフルの銃声で起きるだろう。
私は抜いていたSR-25のマガジンを入れてボルトリリースボタンを押す。
セミオートライフルはマガジンを交換するときもボタン1つで弾が装填されるので便利だ。
なによりチャッという音がかっこいい。
これでいつでも撃つことができる状態になったわけだが、今回は外すことができないスナイピングなので慎重に狙いを定めなければならない。
ここ最近の特訓の成果もあり、私の狙撃能力は格段に向上している。
600メートルほどのこの距離感ならば2センチ以上外れるようなことはないはずだ。
「撃ち下ろしだから弾の落下率は……」
狙撃を訓練する中で、疑問に思ったことがある。
なぜか距離を開ければ開けるほどに着弾地点が下にずれるのだ。
しかし考えてみれば当然のことで、弾が星の引力によって落下しているのだ。
いくら高速で飛翔する弾丸といえども、重力を無視して進むことはできない。
狙撃地点から着弾点が離れれば離れるほどに、放物線を描くように弾は落下していく。
ひろしの世界ではそれを計算によって導き出し、照準を変更していたのだろう。
それも含めての弾道計算というものだったのだ。
しかし私には距離による落下の数式などは分からない。
だから私はメジャーを使って地道に距離を測り、実際に撃ってみてどのくらい落下するのかを記録した。
そして目測によって概ねの距離を測る訓練をした。
訓練は大変だったが、そのおかげで今では数百メートル離れた的にも正確に弾を当てることができるようになったのだ。
今回は標的の高さが自分よりも大分低いパターンだから計算が面倒だが、この木からは何度も狙撃の練習をしたので難しくはない。
私は小周天で身体能力を強化し、銃身を動かないように魔力で固定して引き金を引いた。
スコープの中でゴブリンジェネラルの頭が吹き飛ぶ。
その結果を見ることもなく、次の標的にレティクルを合わせる。
もう一度引き金を引くとジェネラルは2匹とも頭を失って地に伏せた。
あとは2人の仕事だ。
私は立ち上がり、ゴブリン集落のほうに手を振った。
まあ見えないだろうな。
銃声に驚いて転がり落ちたユキトを抱え上げ、ほうきに跨って大木を後にした。
またいつか、会えるといいな。
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