47.ゴブリンキング

 うつ伏せに寝転がり、バイポッドを立てて置いたライフルのスコープを覗き込む。

 やはり低倍率のスコープでは500メートル以上離れるあんまりはっきりとは見えないな。

 ユキトが横に寝転がって一緒にスコープを覗き込んでくる。

 可愛い。

 しばらく頬に当たるモフっとした感触を楽しんでいたが、スコープに映るゴブリンの集落に変化があったので申し訳ないがユキトを抱き上げて背中に乗せる。

 眼下に見えるゴブリン集落は突如として木の柵が爆発したように吹き飛んでいた。

 あの2人が到着したのだろう。

 ゴブリンが粗末な家からぞろぞろと出てきて右往左往している。

 森の中をうろつくゴブリンの数からかなりの規模の群れだとは思っていたが、その数は数えるのも億劫になるほどだ。

 ゴブリンの中には小柄な大人ほどの体格をした個体が混じっている。

 確かホブゴブリンというのだったかな。

 ゴブリンというのは生きている間はずっと身体が成長するという一部の魚や爬虫類みたいな性質がある。

 だから長く生きたゴブリンは体格が大きくなって身体能力も人間を凌駕するようになるのだ。

 まあ頭の中身はゴブリンのままだから罠や飛び道具には弱く、冒険者にとってはそれほど厄介な魔物ではないようだけど。

 そんなホブゴブリンが群れの3分の1ほどを占めている。

 キングが生まれたのはそれほど前ではないと聞いたのだけれど、この集落自体はかなりの年月を経た古参の集落みたいだな。

 

『グルガァァァァッ!!!』


 木の柵が破壊され狼狽えるゴブリンたちだったが、突如として私のところまで聞こえてくるような雄たけびが轟いた直後落ち着きを取り戻した。

 そしてゴブリンの群れが割れてなにやら偉そうなゴブリンが手下を2匹引き連れて出てきた。

 ひろしの世界の大昔の偉い人に海を割ったとかそういうエピソードがあったな。

 そんな感じで出てきたゴブリンは頭に王冠を乗せて真っ赤なマントを羽織っていた。

 完全にキング感を出しているな。

 あいつがキングに間違いないだろうが、キングってこんなに自己主張が激しいものなのか。

 そういえば以前ユキトが庭先に転がしていたオークキングも金ぴかの鎧を着ていたっけな。

 まるで黄金でできた鎧を着ているようだったけれど、あれはオリハルコンというこの世で一番硬い金属なんだそうだ。

 昔あれを着てこの森を冒険していた金持ちのボンボンがいたみたいなんだが、あっという間に死んでオークにその装備を奪われてしまったらしい。

 高い鎧っていうのは大体親から子に受け継がれるものなので、体格の違いに合わせるためのアジャスターが付いている。

 ひろしの世界のようにウェストの調整ができるだけの代物ではなく、パーツ自体の大きさが変わるようなファンタジーな代物だ。

 そいつのおかげでその硬い鎧はオークにジャストフィットした。

 そこから後に六王の一角となる『成金のブルーノ』の快進撃が始まったらしい。

 そう、六王は以前は今と同じ五王だったのだ。

 ゲイルから聞いたブルーノのサクセスストーリーはなかなかに面白かった。

 ブルーノ本当に成金だったんだな。

 しかし他の年季の入ったオークキングと違って成り上がりのブルーノは六王の中でも最弱の存在だった。

 なにより防御力重視のオリハルコン鎧は鈍重でユキトとの相性は最悪だった。

 かくして六王は再び五王と呼ばれるようになりましたとさ、終わり。

 なにを考えていたんだか忘れてしまった。

 キングの自己主張が激しいということだったかな。

 

『グガガガァァ!!』


 ゴブリンキングが一声かければ、他のゴブリンたちが手のひらを叩き合わせ足踏みを始める。

 ダンダンパンッ、ダンダンパンッ、とリズムを取って何かが始まりそうな雰囲気を醸し出す。

 ひろしの世界の有名なロックシンガーのパフォーマンスでこんなのあったな。

 しかしロックューな歌は始まらず、代わりにおカマとエルフが来た。

 ゴブリンが総出で囃し立てる中で吹き飛んだ木の柵の間から登場とかバリクソかっこいい演出になってしまっている。

 自分がかっこよく登場するために行った演出がおカマとエルフに取られてしまったキングは激怒した。

 見るからに業物だという雰囲気の剣を抜いてまた雄たけびをあげる。


『グガァァァ!!』


 者共やれ、とでも言ったのだろう。

 ゴブリンたちが一斉に2人に殺到した。

 しかしゴブリンが2人のもとにたどり着くよりも早く、エリシアが矢を放つ。

 瞬くような速さで3方向に放たれた矢は竜巻のようなものが巻き付いていて、触れれば間違いなく挽肉になってしまう死の一撃だった。

 エリシアは日常的に精霊魔法を使っていたけれど、戦闘に使っているところは始めて見たな。

 改めて恐ろしい威力の魔法だ。

 エリシアの放った矢は逃げ惑うゴブリンを血風に変えながら進み、反対側の柵に刺さって止まった。

 ゴブリンは殺すが森林は破壊しないという強い意思が現れた絶妙なコントロールだ。

 やっぱり精霊魔法は使って見たかったな。

 今後もこっそり訓練は続けていこう。

 視線を集落に戻すと、ゲイルが腰のマジックバックから武器を取り出したところだった。

 そういえば本気バリバリのときはもっといい武器を使うって言ってたな。

 どんなものが出てくるのかと見ていれば、それは私がもらった練習用の金棒と同じような形をしていた。

 まあ練習用なんだから本気の武器も同じ形なのは当然だが、気になるのはその金棒が煌びやかに輝く金色をしていたことだ。

 あれはまさか、オリハルコン?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る