51.黒いモヤ
「ユキト!!」
ユキトの様子はいつものように余裕のある感じではなく、本気でやばいという顔をしていた。
私はすぐに走り寄り、サーベルで黒いモヤを攻撃する。
しかしサーベルは黒いモヤを断ち切ることはできず、ぐにゃりと柔らかいものに絡まったような感覚があるだけだった。
なんなんだこのモヤは。
魔力を纏わせた剣は鉄をも切り裂く魔剣と同じようなものになる。
それでも切れないのは本物の魔剣か、オリハルコンくらいだろう。
いや、もう一つあった。
同じ魔勁術を使うユキトやゲイルの肉体だ。
魔力の防御はより強い魔力でしか打ち破ることはできない。
私の魔力は人より少し多いくらいでしかないので、膨大な魔力をその身に宿すユキトやゲイルには通用しないのだ。
この黒いモヤはそれと同じように、魔力を使った何かに違いない。
今の私の魔力ではこのモヤを断ち切ることはできないだろう。
しかし断ち切る方法はある。
本物の魔剣を使えばいいのだ。
Aランクアイテムであるよく切れるナイフはなんでも切り裂くことのできる業物の魔剣だ。
あれを使えばこのモヤを切り裂くことができるかもしれない。
私はマジックバッグの中からよく切れるナイフを取り出し、モヤに切りつけた。
ブツリと弾力のあるものを切り裂くような感触と共に黒いモヤが霧散する。
これならいける。
ユキトの身体に絡みついたモヤをブツリブツリと切り、虚空に空いた穴から引き剥がす。
『…………』
助け出されたユキトは手足を投げ出してなんだかぐったりしているような気がする。
ひろしの世界の二次元媒体に出てくる触手の類には、相手の力を吸い取って自分のものとするような能力を持つものがあった。
この黒いモヤもそんな能力を持っているのだとしたら、素手で触れるのは危険だな。
ユキトの魔勁術も解けてしまっていたことを考えると、吸われるのは魔力か。
ユキトのものよりも劣る私の魔勁術ではどうにもならないだろうな。
とりあえずユキトは邪魔なので足元に転がしておく。
少し乱暴だけど今は仕方がない。
隙を見せればモヤが迫ってきそうなのだ。
黒いモヤは自身を傷つけた私を標的と定めたようで、ゆらゆらと揺れながら攻撃の機会をうかがっているように思える。
こんな正体不明の相手からはさっさと逃げたいのだが、走って逃げるのもほうきで飛んで逃げるのも大きな隙になりそうだ。
逃げるにもある程度痛手を負わせる必要がある。
しかし問題となるのはこちらの攻撃手段だ。
よく切れるナイフがモヤに対して有効な攻撃手段であることは確かだが、いかんせん間合いが短い。
あっちは触手のように伸び縮みする不定形のモヤだ。
正直槍でも間合いが足りないくらいなのに、唯一有効な武器はナイフにしては大ぶりだがせいぜい刃渡り20センチ程度。
なんとかならんものか。
魔力がダメなら、気を使ってみるというのはどうか。
気は身体の外に出すと霧散してしまうということが私の中で固定概念化してしまって、体内で使うこと以外の使い道を模索していない気がする。
魔力が身体に纏ったり武器に纏わせたりできるように、気も武器に流して使うことができるのではないだろうか。
気は身体の中を循環させれば身体能力を強化してくれて、脳や目に流すと動体視力や特殊な視覚を得ることができた。
もしかしたら、武器に流したら攻撃力を強化することができるのではないだろうか。
魔力が金属の表面を覆うコーティング材だとしたら、気は金属自体を強化する炭素のような働きをしてくれるという仮説を私は立てた。
仮設を立てたら実験をしてそれを実証しなければならない。
私はマジックバッグによく切れるナイフをしまい、代わりに短槍を取り出した。
私の小周天はすでに無意識に行えるレベルまで研ぎ澄まされている。
その練り込んだ気を、槍を持つ手から穂先に向かって流していく。
気は漆塗りの短槍の柄をぼんやりと光らせながら穂先まで行き渡った。
やってみたら案外簡単にできてしまった。
今まで試さなかった私は馬鹿だろうか。
試しに槍をブンと振ってみると光が宙に軌跡を描いて大変かっこいい。
聖なる武器みたいで邪悪そうな黒モヤにも効きそうな気がする。
私は槍を引き絞り、黒いモヤを突いてみた。
『ピギィィィィィ!!!』
気を込めた武器は黒モヤに対して激烈な効果を発揮したようで、触れただけで黒モヤが妙な悲鳴をあげながら消え去った。
なにこれすごい。
なんかこのままいけば勝てるような気がしてきたので予定を変更して倒しにいく。
ここは木と木との間が広くなっており、槍を振り回しやすいというのも私を調子に乗らせる要因となった。
私は馬に乗った鎧武者のごとく槍を鞭のようにしならせて振り回し、黒いモヤを消していった。
やがて全ての黒モヤが消え、虚空に空いていた穴も閉じた。
「やったか?」
それはフラグだと言わんばかりに、ガラスが割れるような甲高い音が響き渡る。
今まで見えていた物はすべてまやかしだったかのように、突如として景色が変わる。
そこに鎮座していたのは巨大な岩だった。
周囲を取り囲むように4本の巨木が生えており、そこには神社の御神木のようなしめ縄の残骸が貼り付いている。
しめ縄は中央に鎮座している岩にもかけられているが、それは今まさに引きちぎれようとしていた。
ブツリ、と植物繊維がちぎれる音と共に大量の黒いモヤが溢れ出した。
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