34.久しぶりの人肌
「あの、私がこの家の主です。この家に住んでいるのは私とこの兎だけです」
とりあえずは魔王城に誰ぞ大人が住んでいて、私がその娘か弟子であるという誤解を解かなければならない。
しかしそうなるとやはり私がなぜ一人でここで暮らしているのかとか、どうやって暮らしているのかなどを説明しないわけにはいかないだろうな。
非常に面倒だ。
何が面倒って、私の力を知ってこの2人が敵になるかもしれないというところだ。
短いやりとりを少し聞いただけでも、この2人は悪い人ではなさそうだということが分かる。
だが、全くの善人などこの世に存在しない。
人は友好的に接すると決めた人に対して善人であろうとするだけであり、善人と悪人の違いはその範囲が大きいか小さいかでしかない。
目の前に多大な利益を積み上げられても善人の仮面を被っていられる人というのは非常に稀なのだ。
自分の利益と他人の不利益を並べてみて、それが悪くない選択だと思えば人は容易に他人の尊厳を踏みにじることができる悪人になる。
世の中の悪行というのは大体そういった理屈でできていると私は考えている。
そして私の持つガチャというチートスキルは、全人類にとって非常に有益なものだ。
何も無いところから食べ物や武器、難攻不落の城すらも生み出すこの力は、下手すると世界征服すらも可能とする力だ。
そんなものの存在を知って、この2人が今のままでいられるという保証はない。
このまま何も話さずに帰ってもらうという手もあるが、それでは疑惑を持ったままこの2人を帰すということになりかねない。
強力な結界に守られた家に一人で住む幼女、怪しすぎるだろう。
それでなくともこの魔王城の結界は権力者が欲しがりそうなものだ。
2人の報告が権力者に伝われば、兵隊が大挙してくる可能性もある。
だったら2人には事情を話して私のことを黙っていてもらう方がいい。
どうせこの2人が裏切れば結末は同じなのだ。
少しでも後悔しない選択をしたい。
それに、私は人と話すことに飢えていた。
ユキトと暮らすようになり、孤独が少しは癒されたけれどユキトは話し相手にはならない。
ユキトは頭がいいのでこちらの言っていることは分かるし相づちくらいは打ってくれるが、しゃべらないから向こうから話しかけてくることは決してないのだ。
私は勇気を出して結界から1歩足を踏み出した。
もし裏切られたらユキトに慰めてもらおう。
「あら、出てきてくれるのね。嬉しいわぁ」
「この家に住んでるのがあなただけだって、本当なの?」
「本当です」
「でも、見たところお嬢さんは10歳くらいに見えるんだけど。長命種で実は見た目よりもずっと年上ってことなのかしら」
なるほど、そういう意見もあるのか。
私はエルフとか獣人くらいしか他種族を知らないけれど、この世界にはひろしの世界では考えられないほどに多くの人型種族が存在している。
その中には人間ととても似ている種族というものもいて、姿は似ていても寿命などが大違いなのだ。
美人エルフは私がそういった人間に似た長命の種族で、本当は幼女じゃないんだろうと言っている。
まあ違うけどな。
私は普通の人間だ。
孤児だから種族は明確に人間だと断じることはできないが、少なくとも年齢は本物の10歳だ。
でもあと少しで11歳になるので1か月ほどサバを読んで11歳ということにしよう。
「いいえ、見た目どおりの11歳です。ここに一人で住んでいるのは行くところが無いからです。街に行っても私のような流れ者の子供に任せられる仕事なんて無い」
「そうなのね。確かに、そうかもしれないわね」
「エリシア、そのへんにしておきなさい。人には詮索されたくないことの一つや二つあるものよ。アタシだって見ず知らずの男にスリーサイズを聞かれたら嫌だもの。おカマだからって男なら誰でもいいってわけじゃないのよ!っていつも言ってやるんだけどね!!」
イケオネのあまりにもな言葉にふふっと笑ってしまう。
こんなにも騒がしく人と話したのは生まれて初めてかもしれない。
人と話すっていうのはこんなに楽しいことだったのかと思い知る。
「あらぁ、やっぱり笑った顔が天使みたいに可愛いわぁ」
「そうね。子供はやっぱり笑ってないと」
子供扱いされたのも初めてだ。
孤児院では子供は商品のように扱われる。
大きな傷を付けなければ多少雑に扱っても構わない、まるでひろしの世界の宅配便の荷物のような扱いだ。
時には商品に傷が付いてしまい、客にクレームを入れられるところまで似ている。
そんな環境で育った私は、もし前世の記憶を思い出さなければ感情の無い人形のような女になっていたことだろう。
やはりまともな大人になるには、愛っていうのが大事なのかもしれないな。
気が付けば私の目からは、大粒の涙が溢れだしていた。
「寂しかったわね。もう大丈夫だからね」
そう言って私の背中を摩るおカマ。
本当はエルフの胸に飛び込んでよしよしして欲しかったが、まあこれはこれで悪くない気分だったので私はしばしおカマに撫でられていた。
ああ、人肌っていうのはこんなにも温かいものだったんだな。
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