33.来客
「あれ?ゴブリンじゃない」
直線的に魔王城を見ることのできる場所に陣取りライフルのスコープを覗き込むと、そこにいたのはどう見ても緑の小鬼ではない生き物だった。
2本の足に人間と同じくらいの背丈、人間と同じような顔。
人間と同じように鎧を纏い、武器を背負っている。
まあ人間だろうな。
ここから見える顔立ちは人間と変わらないように思える。
耳が尖っていたらエルフだったり獣の特徴があったら獣人だったりするが、そのへんは誤差だろう。
人影は2つ。
背が高くてガタイもいい大男とスラっとしたスレンダー美女の2人組だ。
不揃いの鎧に武器を携えているところを見るに、兵士ではなく冒険者か何かだろう。
しかし人間か、今一番会いたくない相手だな。
私は人間が嫌いというわけではないが、今の私は山奥で暮らす謎の幼女なのだ。
普通の幼女はこんな山奥に一人では暮らしていないし、そもそも暮らせないだろう。
なぜこんな山奥で暮らす必要があるのか、なぜ暮らせるのか、そういったことを勘繰られるのは面倒くさい。
できることなら一人で行動していてもおかしくない年齢までは人に出会わず山奥に籠っていたかった。
そのくらいになれば魔王城に籠らなくても気功術や細剣術、槍術もそこそこ習熟して自分の身くらいは守れるようになっている計画だった。
こんな山奥に人が来るなんて完全に想定外だ。
このままあの2人が帰るまでここで隠れていようか?
しかし先ほどから魔王城の結界をしきりにノックしているのを見るに、どう考えても魔王城に用があるように思える。
こんな山奥まで来て留守だったから帰るというのはありえない気がするのだ。
おそらくいくら待っても帰らないだろう。
荷物の多さからして野営の準備も万端だろうし、逆に私が帰ってくるまで魔王城の前で待つだろうな。
面倒だが対応しないわけにもいかなさそうだ。
「とりあえず空から回り込んで、結界の中に入ろう」
マジックバックからほうきを取り出すと、ユキトがぴょんと飛び跳ねて私の背中にしがみつく。
うさ耳が首に当たってくすぐったい。
でも背中が温かくていいかも。
私はほうきに跨って空へと舞い上がると、湖の上をショートカットして魔王城の玄関前に着陸した。
ちょうど2人組と真正面から向き合う形となる。
改めて見るとなんともデコボコな2人組だ。
男のほうは2メートルくらいはありそうな身長をした筋骨隆々の大男。
青を基調とした部分鎧に身を包み、背中には大きな金棒のようなものを背負っている。
短く刈られた黒髪と無精ひげがワイルドなイケおじだ。
額の両側から短い角みたいなものが生えているのを見るに、種族は普通の人間ではなさそうだ。
そして女のほう。
まずめちゃくちゃ美人だ。
胸はそこまで大きくないが私のようにトリプルAカップではなくBカップくらいはありそうな控えめサイズ。
やはり胸は手のひらに収まるくらいがちょうどいいという男子にはたまらないサイズ感だろう。
私はどのようなサイズ、形、色でも愛せるオールマイティおっぱい星人なのでこのおっぱいも当然大好物だ。
背丈はひろしの国の女性の平均よりは少し高めの170センチくらい。
スラっとした足を焦げ茶色の皮パンツでぴっちりと覆い、きゅっと締まったお尻のラインを惜しげもなく見せびらかしている。
防具は上半身の胸当てと肘まで覆うグローブのみ。
背中に和弓の半分くらいの弓を背負っていることから、遠距離攻撃を主な攻撃手段とする後衛であることが伺える。
そして極めつけにはその美しい顔の横で自己主張しているかのような長い耳。
この女の人はエルフ族に間違いない。
エルフを見るのは初めてだが、こんなに綺麗な顔をしているのか。
私も容姿には多少の自信があったが、それはせいぜいクラスに一人いる可愛い子くらいのレベルの話だ。
アリアちゃんは美人さんだから将来モデルさんや女優さんにだってなれるかもね、と親戚のおばさんに言われるくらいの容姿でしかない。
この目の前の美女はそんな人類の枠で語ることのできない神々しいほどの美しさだ。
ひろしの世界だったらネットに画像を張られて美人すぎて抜けないというどうでもいい個人的見解が多数寄せらてしまうことだろう。
私が空から結界内に舞い降りたことに驚いているようで、イケおじと共に口をポカンと開けて私のことを凝視している。
美人がマヌケな顔をすると親近感が湧いて逆に魅力的に感じるから不思議だ。
「あらぁ可愛らしい女の子ねぇ。なぜだか空から帰ってきたみたいだけど、この庵の主人の娘さんかお弟子さんかしら?」
しばしの硬直から立ち直り、ベタベタの女言葉でそう質問してきたのはエルフではなくイケおじのほうだ。
まさかのオネエだったか。
まあ私も特殊な性癖を色々と持って生きているし、人のことをとやかく言うつもりはない。
イケおじがオネエでも別にいいじゃないか。
見た目どおりハリウッド俳優みたいな気取った話し方をされたらそっちのほうがイラつくだろう。
皮肉げなアメリカンジョークでも言われた日にはついぶん殴ってしまったかもしれない。
私の中の第一印象的にはオネエ言葉はプラスである。
私のほうも第一印象を良くするためにどうにかして愛想よく話したいところだが、生憎と私には人との会話のスキルが皆無だ。
コミュ障だったひろしの記憶にも役立ちそうなものは無い。
こういう時にはどう話せばいいのだろうか。
「ちょっとゲイル、この子怖がってるじゃないの。あんたは後ろに下がっててよ」
対人スキルの欠如に困っていたところ、エルフの女の人がイケオネの肩を掴んで引き下がらせてくれた。
どうやら私がイケオネのことを怖がっていると勘違いしているようだ。
確かにイケオネは見た目がゴツくてしゃべり方はオネエで、普通の10歳女児だったら怖がっていたかもしれない。
私の中での印象はむしろプラスとなっているのだが、どうせ話すならオネエよりも美人エルフのほうがいいのでそのまま黙っておく。
「ごめんなさいね。このデカブツは角も生えてて見た目はちょっとおっかないけどそれほど怖い生き物じゃないのよ?」
「そうなの。アタシ無害な鬼よ」
この2人がなんの目的でここに来たのかはわからないけれど、なんか面白そうな2人組だということはわかった。
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