35.冷えたビールの出番
久しぶりに感じる人の温もりについハートウォーミングしてしまったが、我にかえってみると初対面の人の前で大泣きしたのは恥ずかしい。
いつの間にか背中から左肩にまで移動していたユキトが切り替えていこうと言わんばかりにその小さな前足で私の頭をポンポンしてくる。
可愛い。
「ありがとうユキト。もう大丈夫だから。そっちのえっと……」
「ゲイルよ。種族は鬼人族で、職業は冒険者。歳はひみつ♡」
「私はエリシア。見ての通りのエルフで、冒険者。ゲイルとはパーティを組んでいるわ。私も歳はひみつ」
「ゲイルさんとエリシアさんもありがとう。私はアリアといいます。この兎はユキト。立ち話もなんですし、よかったらご飯でも食べながらお話しませんか?」
「さんせーい!もうアタシお腹ペコペコよぅ」
「そうね。私もお腹が空いたかも」
みんなお腹は空いているようなので私はご飯の準備に取り掛かる。
ひろしの国の考え方で、同じ釜の飯を食べた仲というものがある。
これは一つの釜から炊いたご飯をよそって食べる炊飯文化の国ならではの考え方だろう。
パン食の地域だったら同じ窯で焼いたパンと言っても、それはただ同じ窯で焼かれただけの別のパンだからね。
まあパンでもご飯でもいいが、一緒に食事をしたり生活を共にすることにより親近感が湧くという協調性を何より大事にするひろしの国独自の考え方だ。
その考え方のせいでひろしのような社会不適合者は苦労することになっているようだが、人とのコミュニケーションに食事や飲酒は最適だろう。
誰かと一緒にご飯を食べたという事実だけをとっても、なんとなくただの知り合いよりも一歩進んだ仲であるような気がしてくる。
美味しい物を食べながらなら、コミュニケーション能力に難のある私でもうまく話せるかもしれない。
ここは最近練習しているアレをやるか。
まあただの炒飯なんだけど。
私はガチャボックスからいくつかのカプセルを出し、パカリと開ける。
中からテーブルや椅子、調理器具が出てきた。
「これは、空間魔法?いえ、違うわね」
「エリシア、スキルの詮索はよくないわ。11歳の女の子がこんな場所で暮らしているんですもの。凄いスキルの一つや二つあるわよ。そうじゃないととても暮らしていけないわ」
「そうね。ごめんなさい」
「いえ、スキルのことは聞きたければお教えします。他の人に話されるのは困りますけどね。まあ急がずにまずはご飯を食べましょう。私がご馳走しますので」
「あらぁ、悪いわね。アタシもう野営食は飽きてたからご馳走してもらえると助かるわぁ」
「ありがとう。私もご馳走になるわね」
うん、美味しい物でびっくりさせてあげよう。
私はテーブルと椅子を設置し、2人を座らせる。
向かいにユキトも座らせ、揚げ物類をカプセルから出す。
揚げ物は一度に大量に揚げてカプセルに入れておくことにより、毎回揚げる手間を省略することができる。
本当は全部の料理をそうしてもいいんだけど、炒飯などの一部の料理は調理風景もまた大事なのだ。
ひろしが暇な時に動画サイトでただ炒飯を作る動画を見たりしていたりしたように、あれはただ見ているだけでも結構面白いものだ。
調理風景を見せるライブクッキングを売りにした飲食店もあるくらいだし、一流の料理人が極めた調理技術というのは一種のショーなのだ。
私はまだ料理を極めたとは言えないが、炒飯にだけは自信がある。
きっとこの世界の人間が見ても面白いと思うはずだ。
揚げ物をつまみながらお酒でも飲んで見ていて欲しい。
私はお皿に山盛りになったフライドポテトや唐揚げを小皿に取り、2人とユキトの前に出す。
ほうきで高空を飛んでいると襲ってくる鳥の魔物の肉で作った唐揚げはユキトの大好物の一つだ。
きっと2人も美味しいと思ってくれるに違いない。
揚げ物に合わせるのはやはりビールだろう。
ガチャで出たひろしの世界の瓶ビールを取り出し、グラスに注ぐ。
ビールもグラスも冷蔵庫に入れてキンキンに冷やした状態のままカプセルに入れておいたのできっと美味しいはずだ。
私は10歳なので当然お酒は飲まないが、こんなこともあろうかと準備しておいたのだ。
冷えたビールで異世界人を篭絡するのはラノベの定番だからね。
キラキラと光る透明なグラスもまた定番のアイテムだ。
ひろしの世界では100円で売られているような透明グラスが、こちらの世界ではとんでもなく高価なものだったりする。
スキルや魔道具があるので科学技術が低かろうがガラス製品を作ることは可能だろうが、ここまでの透明度を出すには絶対に科学の知識が必要になる。
日本の刀鍛冶のように職人の経験則だけで正解にたどり着く場合もあるが、そういった技術というのは一子相伝で簡単には教えない物だ。
こんなに透明度が高く気泡も入っていないグラスなんかはきっと王侯貴族だって持っている人は少ないのではないだろうか。
2人もかなり驚いているようだ。
私の顔がどんどんドヤ顔になっていった。
なお、ユキト君は気にせず唐揚げにかぶりついていた。
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