29.社会人としての常識

 結局兎は魔王城に居付いた。

 餌付けしてなし崩し的にモフモフと共同生活なんてベタなラノベ主人公的展開は嫌だったのだが、さすがにご飯食べたら帰れとは言いづらい。

 まあモフっとしていて可愛いうえに戦闘能力も高いので身近に置いておくボディガードとしては最高だ。

 報酬はお肉料理。

 毎日チャーシューではさすがに飽きそうなのでレパートリーを増やさないとな。

 条件としてお風呂に入って身体を綺麗に洗うことと言ったのだが、この兎は非常に綺麗好きなのかさほど汚れてもいなかった。

 考えてみればあれだけ血だらけの泥だらけだったのに、翌々日には綺麗な白い毛皮で現れたのだ。

 小まめに水浴びなどで身体を清潔にしていた証拠だ。

 お風呂に入れてシャンプーでゴシゴシ洗っても嫌がるそぶりを見せるどころか気持ちよさそうにするほどだった。

 トイレも一度教えたら覚えてくれたし水も流せるしちゃんと手も洗って帰ってくる。

 前世のひろしよりは確実に綺麗好きな兎だ。

 ペットとしては手がかからなくて非常に助かるが、転生者なんじゃないかと疑ってしまう。

 ナイフとフォークを知らなかったり食べ物もお肉以外に興味を示さなかったりするのでたぶん違うと思うのだが、頭が良すぎる。

 いったいこの兎はなんなのだろうか。

 朝の寝ぼけた頭で考えてもわかるはずがないので仕方なく起き上がる。

 布団の中にモフっとしたものを感じて思わず撫でる。

 毛玉はもぞもぞと動いて顔を出した。

 可愛い。


「おはようユキト」


『…………』


 無言で私の手のひらをペロペロ舐める兎。

 可愛いが手のひらがベトベトになるのでやめて欲しい。

 ちなみにユキトというのは兎の名前だ。

 失礼ながらお股のあたりを拝見した結果オスだということが分かったのでそう名付けた。

 雪に兎と書いてユキト。

 これは私が一から考えたわけではなく、ひろしが好きだったアニメのキャラクターからもらった。

 アニメの中の雪兎は仮の姿みたいなもので、本来の姿になると月と書いてユエという名前になる。

 おそらく作者も月といえばという連想から仮の姿を雪兎という名前にしたのだと思うのだが、なんとなくドンピシャだと思ったのでその名前を頂いた。

 ありきたりなので白兎の雪兎君なんてひろしの国では溢れていると思うけど、本人(兎?)も名前を気に入っているようなのでこのまま本決まりでいいと思う。

 

「さて、お腹空いたしご飯食べようか」


 私がそう口にすると途端に元気になって布団から這い出ていく食いしん坊兎。

 癒されるな。

 思わず笑顔になりながら私も布団から這い出した。

 

「さぶっ」


 私は基本的に寝る時に服を着ない。

 家ではパンイチだったひろしの真似をしてちょっとだけやってみたら思いのほか気持ちよかったので寝るときだけ服を脱いで寝るようになっているのだ。

 さすがに下着だけは付けているが、まだ春先の朝は冷える。

 慌てて機能性インナーを着込む。

 機能性インナーといっても以前作ったアンダーシャツとレギンスに少しだけトカゲの素材を融合させただけなのだが。

 トカゲの素材の中には魔力を流すと熱を帯びるという性質の物があった。

 その素材を以前作ったインナー用の生地に少しだけ混ぜたのだ。

 結果、ひろしの世界の発熱するインナーみたいなものが完成した。

 温かくて防御力も上がるので最近では毎日着て過ごしている。

 下着にもその機能を付けようとしたのだが股や胸が温かいとなんかエロい気分になったのでやめた。

 以前作ったシームレス下着はまるで何も付けていないような至高の着心地なので今のところこれ以上の下着は必要ないだろう。

 

『…………』


 ノロノロと服を着ていると、早くご飯、とでも言いそうな目でユキトが見てきた。

 そんな目で見られても着替えは早くなりません。

 インナーだけでも温かいけれど、それだけではただの全身タイツを着た幼女だ。

 幼女なら許されるかもしれないが、成人女性がやったら変質者として警察に職務質問をされる可能性もある恰好だぞ。

 せめてズボンかスカートを履かせてほしい。

 私はクローゼットの中から適当なショートパンツを選んで履き、上にささっとパーカーを着込んだ。

 やっぱ部屋着は楽なものがいい。


「おまたせ。今日は昨日作ったベーコンを焼こう」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶユキト。

 昨日オークの肉を使って一緒に作ったベーコンが食べられるのが嬉しいのだろう。

 目の前の物をただ食べるという食生活を送っていたユキトには初め保存食という概念がわからなかった。

 なぜ今食べないのか、なぜ作ったのに置いておくのかということを一から説明してわかってもらうのには苦労した。

 しかし驚異的に頭のいい兎であるユキトはちゃんと話せば最後にはわかってくれる。

 これでこれから熟成肉なんかを作ることにも納得してくれることだろう。

 実際手をかけると美味しくなるということをチャーシューなどで実感させていたのがよかったのかもしれない。

 料理という概念を知ってしまったユキトはもはや野生には戻れないかもな。

 私のペット兼ボディガードになったからには急に辞められては困るのだよ。


「辞めるときは1カ月以上前に辞表を出すのが社会人としての常識だぞ?」


『…………?』


 社会人としての常識というワードはひろしが前世で言われて一番イラっとしたワードだったな。

 確かにこれイラっとするかも。

 

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