28.寂しがり屋で義理堅い兎

 次の日、なにやら鎧を着込んだ歴戦っぽいオークの死体が5匹分と金ぴかの鎧に身を包んだ体長が倍くらいある大きなオークの死体が1匹分庭先に転がっていた。

 おそらくオークの上位種かなにかだろう。

 量の問題ではないとは言ったがそういうことじゃない。

 私は期待した目でチラチラとこちらを見る兎を見て溜息をついた。

 

「はぁ、私の負けだ。こっちにおいで。一緒にご飯を食べよう」


 大分前からこの兎が怖い兎ではないことは分かっていた。

 餌を用意して私を結界からおびき出して危害を加えようという狡猾な兎の可能性も無いわけではないが、そうまでして私に関わる理由がわからない。

 そもそも兎が人と同じような思考をしているのかすらわからない。

 ひろしの世界の兎は寂しいと死んでしまう生き物らしいが、あれは兎の身体の構造上長時間の絶食で死んでしまうこともあるから広まったデマだった。

 しかし寂しがり屋の兎とかめちゃくちゃ可愛いと思うのだ。

 だからそれでいい、あいつは寂しがり屋で義理堅い兎だ。

 私は結界の外に出て、兎にキャベツの芯を差し出す。

 兎ならこんなん好きだろ。

 ひろしの友達が飼っていた兎はキャベツの芯が大好きだったのだ。

 兎は可愛く飛び跳ねて喜び、テフテフと二足歩行でこちらに歩いてきた。

 可愛いな。

 兎は私の前で止まるとキャベツの芯を見て困った顔をする。

 キャベツの芯好きじゃないのか?

 兎は身振り手振りで何かを伝えようとしているようだ。

 キャベツの芯を指して横に首を振る→キャベツの芯が好きじゃない。

 オークを指して首を縦に振る→オークが好き?

 キャベツよりもオークが好きなのだろうか。


「肉食なの?」


 兎は首を縦に振り、オークの首筋に噛みついて見せた。

 ガブリと小さな口で肉を噛み千切るともぐもぐしてゴクンと飲み込んだ。

 ちらりと見えた口の中には鋭い牙が見えた気がする。

 やはりひろしの世界の兎とは根本的に異なる生き物ではある。

 まあ二足歩行している時点で十分違う生き物だったが。

 しかしこれはこれで可愛いから良し。


「ちょうどいい、美味しいチャーシューを食べさせてあげよう」


 私はテーブルを出し、そこに椅子を2つ置いて片方に高さ調整用の木箱を置く。

 兎の脇腹のあたりを持ってそっと抱き上げ、木箱の上に兎を乗せた。

 兎のモフっとした身体はとても触り心地がよかった。

 ラノベ主人公がメロメロになってしまうのもわからなくもない。

 兎はお行儀よく座って料理が出てくるのを待っている。

 可愛い。

 私はカプセルを開け、中に入っていた鍋からチャーシューを取り出して切り分ける。

 ガチャボックスの中は時間が止まっているのでできたてホカホカだ。

 包丁を入れる度に肉汁が溢れてくる。

 兎も鼻や耳をピクピクさせながらうずうずしている。

 私は分厚く切ったチャーシューを一切れ皿に乗せ、兎の前に出してあげた。

 兎の手では使えないだろうが、一応ナイフとフォークを添える。

 使ったら使ったで面白い。

 兎はしばらくピスピスとチャーシューの匂いを嗅いでいたが、おもむろにナイフとフォークを手に取ると小さな前足でペン回しのようにクルクルと回し始めた。

 まさか本当に使えるとは。

 ずいぶんと器用なことができる前足だ。

 人間のように発達した長い指があるわけでもないのに、ナイフとフォークは兎の肉球の上でクルクルと回っている。

 まるでナイフとフォークが肉球に吸い付いているようだ。

 まああの小さな足で二足歩行ができるならなんでもできると思っておこう。

 兎が器用なことはわかったが肝心のナイフとフォークの使い方はよくわかっていないようで、クルクルしながら私のほうを見て小首を傾げる。

 可愛い。

 私は同じようにナイフとフォークを持って厚切りチャーシューを食べてみせた。

 肉汁がビシャビシャで美味しい。

 兎も私の真似をしてナイフとフォークでチャーシューを小さく切り、口に運ぶ。

 一口食べてびっくりしたように身体を震わせ、以後大きく切ってバクバクと食べ始めた。

 気に入ってくれたようでなによりだ。

 チャーシューには自信があったので不味いと言われたらキレていたかもしれない。

 兎はお肉が無くなってしまった皿を見て悲しそうに肩を落とし、残ったタレをペロペロと舐める。

 ひろしの実家の食いしん坊な猫も餌を食べ終わるとこんな顔をしていたものだ。

 猫は普通の動物なのでそこで甘やかして追加で餌をあげるのはあまり身体によくないのだが、兎は魔物なので構わないだろう。

 私は先ほどよりも厚切りに切ったチャーシューを追加で兎の皿に乗せてあげる。


「おかわりどうぞ」


 兎は万歳三唱して私にお辞儀してからまたナイフとフォークでチャーシューを口にしはじめた。

 可愛い。

 ひろしも暇があれば可愛い動物の動画を見て社会の喧騒に削られた精神を回復させていたが、実際に目の前で動くモフモフというのは思った以上に癒されるものだ。

 私はここに至るまでずっとひとりだった。

 ひろしの記憶が無ければ孤独に負けて泣き叫んでいたことだろう。

 私は幸運にも前世を思い出したことで大人のように成熟した思考を持つことができ、ガチャという快適に暮らす力があったおかげで絶望することもなかった。

 だが誰とも接することなく、一人でいることで生じる孤独は確実に私の心を蝕んでいたのだ。

 このモフモフを眺めているだけでそんな不安な気持ちがじわじわと溶けていくような気がする。

 これがアニマルセラピーというやつか。

 ラノベ主人公たちがモフモフを崇め奉る気持ちが少しだけわかった気がした。

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