27.未熟な炒飯
次の日、オークの死体が10匹庭先に積み上げられていた。
数の問題じゃないことを兎に必死に説明して帰ってもらった。
心なしかしょんぼりと肩を落としていたような気がして良心が痛む。
気を取り直して何か美味しいものでも作るとしよう。
最近はオークの肉が大量に手に入るので何か肉料理がいいだろう。
しかしただ煮たり焼いたりするのでは芸がない。
私はオークの塊肉にグルグルとタコ糸を巻いていく。
作ろうとしているのはチャーシューだ。
肉を焼いてから煮ることによって味を染み込ませながらも旨味は逃がさないという優れた調理法でこいつを美味しくいただきたいと思う。
チャーシューはそのまま食べても美味しいし、別の料理の具材としてもいい。
個人的にはチャーシューがゴロゴロと入った炒飯が食べたい。
そのためには色々と作らなければならない物もある。
チャーシューを煮込んでいる間に作るとしよう。
私は油をひいたフライパンでチャーシューをこんがり焼き、砂糖や醤油、ニンニクなどで作ったタレと一緒に鍋にぶち込んで火にかけた。
これで1、2時間煮込めば良い感じのチャーシューが出来上がることだろう。
その間に作っておかなければならないのは炒飯を作るための中華鍋とお玉、あとはお饅頭なんかも食べたいので蒸し器もついでに作ろう。
中華鍋は生前のひろしも愛用していて、炒飯を作るのはそこそこ上手かった。
だからこそ中華鍋とフライパンの違いもよくわかる。
フライパンは平らな面が広いから焼き物などに向いている。
魚や肉をじっくりと焼くには中華鍋よりもいいだろう。
しかし高火力で一気に調理したほうが美味しい炒め物なんかは圧倒的に中華鍋に軍配が上がる。
ご飯を炒めて作る炒飯を美味しく作るためには、中華鍋は絶対に必要なものだ。
しかし作るのは簡単ではない。
ひろしの使っていたものはどこぞの鉄工所の鍛造品だったが、一つ一つ職人技で作られた逸品だった。
鉄を一定の厚みに打って伸ばし、限界まで軽く仕上げるというのは熟練の技が必要になる。
当然私にはそんなものはない。
代わりにあるのは杖の一振りで鉄の形を変えることができる変成陣と鉄の組成をいじることのできる錬成陣だけだ。
まずは鋼材を作り出す。
今まで作り出したインゴットの鉄は純度が高すぎる。
このままの状態では料理の重さで柄がぐにゃりと曲がってしまうような柔らかい中華鍋になってしまうだろう。
炭素含有量をいじってある程度の強度を持たせなければならない。
昔の日本風に言えば鉄と鋼の違いだ。
鉄は柔らかくて折れずに曲がる。
鋼は硬く鋭いが脆い。
このバランスがなかなかに難しいのだ。
しかしこれに関しては以前何度か実験を行っているのでどの程度の含有量にすればいいのかはわかっている。
私は以前の実験結果を記した大学ノートを見ながら炭素を配合していった。
分量通りの配合によって中華鍋やお玉の原料となる鋼材が完成した。
あとは変成陣で形を整えていくだけだ。
まずは薄い板にしてしまうのがいいだろう。
寸分違わぬ球体や一定の厚みの板などを作り出すのは人の感覚を頼っていては難しいので、変成陣にはそういった作業をタップひとつでできるコマンドが用意されている。
四角いコマンドアイコンを12回タップすれば、板は1.2mmの厚みとなった。
中華鍋にちょうどいい厚みの板だ。
あとはちょいちょいと短杖を振るって形を整えていくだけだ。
コツコツと短杖で微調整してバランスを見る。
このサイズの鍋はひろしにはちょうどよかったが、やはり私には少し重いような気がする。
鍋を一回り小さくして重さを見る。
まだ重い気もするが、なんとか振るうことはできるか。
これ以上小さくすれば小食の人用の鍋になってしまう。
重さには慣れていくしかないだろう。
あとは表面をすこしだけボコボコにしておこう。
ひろしの使っていたものには鍛造品ならではのハンマーの跡のようなうっすらとしたデコボコがあった。
あれはおそらくわざとあのような表面に仕上げているのだ。
効果は焼き肉用の波板プレートと同じようなものだろう。
ツルツルの表面よりもデコボコの表面のほうが食材が焦げ付きにくいのだ。
鉄板の表面を具材が滑るように動き、高熱で踊ることこそ中華の真骨頂。
そのために職人の作った中華鍋はそうなっているのだ。
何気ない工夫だが、使う人への思いやりが感じられる素晴らしい職人魂だと思う。
そんなこんなで鍋とお玉は完成。
空き時間で蒸し器を作る。
巨人が放り投げた木を薄い帯状に加工して編みこんでいく。
板を丸く曲げて作った枠に結合させて完成だ。
水を沸騰させた鍋の上にこれを置けば蒸し器として使うことができるだろう。
これで美味しい炒飯とお饅頭を作る準備が完了した。
チャーシューのほうはどうなっているだろうか。
「良い感じに汁が減ってタレが染みてるね」
醤油が煮詰められた香ばしい匂いがしてくる。
これはもう完成だろう。
私はお肉を鍋から出し、包丁でスライスしていく。
焼いてから煮ているために肉汁が完全に閉じ込められており、スライスするたびに溢れ出してくる。
これは我慢できん。
私は一切れ口に放り込んだ。
じわっと旨味が口に広がり、繊維はほろりと溶けていった。
「うまぁっ」
なんという暴力的な美味さだ。
これを使って作る炒飯は絶対に美味しくなる、そんな確信があった。
私はできたばかりの中華鍋をコンロにかけ、強火で空焼きしていく。
この中華鍋はここで完成ではない。
鉄鍋というのは使う人間が育てていくものなのだ。
しっかりと空焼きをして、油を染み込ませていかなければ錆びるし焦げ付く。
手がかかって面倒だが、その分愛着も湧いてくるものだ。
私は熱々になって煙が出始めた中華鍋にオークの脂から作ったラードを入れていく。
白い塊が融けてサラサラの油となり、高温の鉄鍋の上でパチパチと弾ける。
最初なので油をよく馴染ませていく。
軽く野菜くずなんかを炒めてみるのもいい。
いい感じに油が馴染んできたので炒めていた野菜くずを捨て、もう一度油をひく。
さて、ここからが炒飯の本番だ。
溶き卵を入れ軽く炒めたらすぐにご飯を投入。
お玉の丸い面で押しつぶすようにして解していく。
ご飯の塊が無くなってきたらお玉でかき混ぜながら鍋振り。
10歳児の筋力では十分に振ることはできないがそこはお玉の動きでカバーだ。
刻んだネギとチャーシューを入れ、塩コショウを振って更に炒める。
最後に醤油を鍋肌に回し入れ、軽く炒めて完成。
プロはここに少量の水を入れてパラパラにするみたいだけど、今の魔王城のキッチンでは火力が足りないのでやめておく。
かっこよく丸い形に盛って、いただきます。
「うん、美味しい。けど……」
お店の味とまではいかないな。
チャーシューはお店のよりも美味しい自信があるのだが、炒飯は家庭の味。
単純に私の腕が足りていないのだろう。
精進あるのみだ。
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