18.いきなりの襲来

 ようやく雪が融けて外で遊べるようになった。

 冬の間全く外に出なかったわけではないけれど、こうしてほうきに跨ってお日様の下を飛ぶのはずいぶんと久しぶりな気がしている。

 

「あぁ~、気持ちいい」


 変な意味ではなく、太陽の光を浴びながら風を切って飛ぶのは気持ちが良かった。

 湖の水温も少しずつ上がってきているのか、あちこちで大きな魚影を見かける。

 まだ去年の秋ほどの数は見かけないものの、水面に近づけばすぐに食いついてきそうな感じだ。

 私はまだ冷たい水を足先で蹴り、波紋を立てる。

 するとすぐに大きな魚影が集まってきた。

 冬の間何も食べていない魚たちはお腹が減っているようだ。

 ちょっと集まりすぎな気がする。

 

「やばっ」


 思ったよりも強い魚たちの勢いに、私は慌てて高度を上げる。

 直前まで私がいた場所を5、6匹の巨大魚が口を開けて通り過ぎた。


「はぁ、危なかった」


 あまりの数と勢いに驚いて撃つことはできなかったけれど、これなら何匹でも魚が獲れそうだ。

 私は気を取り直して漁を続ける。

 相変わらず水面を揺らすと数匹の魚が食いついてくるが、一度に狩ることのできる魚はせいぜい2匹くらいなので的を絞る。

 魚が空中で口を開けているうちに2匹の口腔内に弾丸を撃ちこむというのは早撃ちの練習にもなって一石二鳥だ。

 ガチャボックスの中に入れておけば腐ることはないので魚はいくらあってもいい。

 私は空のカプセルが無くなるまで漁を続けたが、相変わらず魚影は濃くてこの湖には私が狩り尽くせないほどの魚がいることがわかった。

 




 食べきれないほどの魚を狩って家路につく私だったが、ガス爆発のような轟音が魔王城の方角から聞こえてきたのでほうきを止めた。


「なんだろ、ちょっと怖いな」


 魔王城の結界は中級にグレードアップしてあるのでちょっとやそっとの攻撃では破壊されることはない。

 しかし破壊できないわけではないのだ。

 瞬間ダメージ500というのはショットガンのバックショット70発分くらいのダメージだ。

 つまり全方位から70発のバックショットを同時に受ければ破壊されてしまう。

 この爆発音はかなりの攻撃力を秘めた攻撃の気がするし、何発か同時に受けたら魔王城の結界も危ないかもしれない。

 今魔王城に帰るべきか迷うところだ。

 魔王城を失うのは痛いけど、それで死ぬわけではない。

 それに魔王城は管理用の端末さえ破壊されなければいくらでも修復が可能だ。

 大量の魔石が必要になるが、そのときは保存のことを考えずに魚を狩りまくればいい。

 この湖に生息している巨大な鮭のような魚からはゴブリンの魔石の10倍くらいはありそうな良質な魔石が取れる。

 狩り尽くす勢いで狩れば魔王城の再建なんかは簡単に叶うだろう。

 

『ヴォォォォォッ!!』


 何やら生き物の物とは思えない咆哮も聞こえてくるし、私の頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 もしあれが陸上の生き物ならばこのまま湖の上に待機していればここまで来ることは無いだろう。

 しかしもし空を飛ぶことのできる生物だった場合は魔王城の中に入って結界をグレードアップしたほうが生き残れる可能性は高まるかもしれない。

 結界を中級から上級にアップグレードするには400ポイントのMPがかかるけれど、魚を狩るようになってからポイントに困ったことはない。

 なんなら今すぐに14階建てマンションレベルの大きさに進化させられるくらいのポイントは貯め込んでいる。


『グルァァァァッ!!』


 さっきの生き物とはまた違う咆哮に、私の膀胱は決壊してしまいそうになる。

 女の子は尿道が短いのでちびりやすいというどうでもいい知識を溜め込んでいたひろしをぶん殴ってやりたい気分だ。

 しばし悩んで私は魔王城の結界を信じることにした。

 ここで結界の防御力に疑問を持ってしまえば、もう私はこの世界で生きていけないような気がしたのだ。

 夜安心してぐっすり眠れるのは魔王城が守ってくれると信じているからだ。

 その信頼と実績を、崩したくない。

 私はほうきを駆り、魔王城へと一直線に駆け込む。

 結界の中に飛び込むと、すぐに端末を手に取り結界を強化する。

 400ポイント使って上級にして、まだポイントに余裕があったのでもう1000ポイント使って特級に上げた。

 結界の維持費は年間48ポイントと高額になったが、その代わりに瞬間ダメージ10000まで耐えられるようになった。

 これでもうバックショットを1000発同時に撃たれても破壊されることは無くなった。

 さすがにそんなに攻撃を集中させてくる敵はいないと信じたい。

 とりあえず魔王城は安全地帯となったわけだが、そうなると何が爆発音や咆哮を響かせているのか気になってくる。

 私はほうきに跨って魔王城の屋根に登り、物見遊山をすることにした。

 咆哮や爆発音は、魔王城から見て湖とは反対側の森から聞こえてくる。

 どうやらそちらで何かが戦っているようだ。

 森の中なので木が邪魔で見えないが、地響きのような音からかなり巨大な生き物同士の戦いであるらしい。

 時折火の玉のようなものが木々の隙間から飛び出てくる。

 火の玉は障害物に当たると爆発して高温の炎をぶちまける攻撃のようで、爆発音の原因はこれのようだ。

 戦っているらしき怪物たちは段々と湖のほうへと近づいてきた。

 木々が燃え、へし折れる音と共に何かが湖の畔に転がり出てくる。

 

『ヴォォォォォッ!!』


『グルァァァァッ!!』


 1つは巨大な人型の魔物。

 筋肉の塊のような身体に、10本以上の腕を携えた多腕の巨人だ。

 ひろしの世界の神話には100の腕を持つ巨人が出てくるそうだが、そいつの下位互換みたいな感じだろうか。

 もう1つは巨大な爬虫類のような姿をしている。

 真っ赤な鱗を持つ4トントラックほどの大きさのトカゲ。

 口から煙が出ているところを見るに、火の玉を飛ばしていたのはこいつだろう。

 こんな化け物共がすぐ近くの森に生息していたことに驚きと恐怖を感じる。 


「あれ、なんかもう1ついる?」


 2匹の怪物の間を飛び回る、もう1つの小さな白い影。

 この2匹の怪物同士が戦っている思っていたのだが、どうやら2匹の怪獣はこの1つの白い影を倒すために共闘しているようだ。

 こんな化け物共が共闘して倒そうとするなんて、あの白いのはいったいなんなのだろうか。

 白い影はものすごい早さで動いていて全く目が追いつかない。

 巨人とトカゲもそのスピードに翻弄されて仕留めることができないようだ。

 白い影が通り過ぎるたびに巨人やトカゲがダメージを受けているように見えるので、なんらかの攻撃を受けているのは確かだろう。

 

「すごい、白いの強い」


 あんなに巨大な敵を2匹も前にして翻弄してしまう強さに少し憧れる。

 しかし巨人とトカゲもただではやられていない。

 巨人はその多腕で土や木、石などなんでも投げる。

 あの腕で投げられるだけで石は砲弾になり、砂利はショットガンとなった。

 魔王城の結界も特級で満足していられないな。

 あれを全方位からやられたら特級の結界も危うい。

 トカゲもさっきまでの大きな火の玉での攻撃をやめ、マシンガンみたいに小さな火球を連射し始めた。

 さんざん火球を撃っているのでもう遅いだろうが、山火事になるのでやめてほしい。

 白い影はこの無差別攻撃にも屈せずに動きを止めなかったが、さすがに被弾はしてしまったようで動きが鈍くなる。

 白い身体に赤が混ざり始めたことからも、怪我をしたのがわかる。

 そしてついに、動きを止めてしまう。

 ポタリ、ポタリ、と血の滴るその姿は、痛々しい。

 しかしそれ以上に私は驚いた。


「うさぎ?」


 その小さな白い影がペットショップで売っていそうな普通の兎の姿をしていたのだから。

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