16.ゴーレムの作り方

 そろそろ私がひろしの記憶を得てから4カ月になる。

 季節はすっかり冬になり、魔王城の結界の外は私が埋まってしまうほどの雪に覆われている。

 庭先に食べ物を置いてのゴブリン狩りもできなくなり、魚もあまり湖面にあまり顔を出さなくなった。

 魔物は寒くなると冬眠するし、魚も水温が下がれば活発に動くことは無くなる。

 私もこんなに寒くて雪が積もっている中をうろつきたくはない。

 雪が溶けるまでは魔王城に引きこもって『ゴーレムの作り方』でも解読していようと思っている。

 この本を書いた大賢者ムラムラスという人物はかなりゴーレムにこだわりのある人のようで、この人の言うようなゴーレムを作るには多岐にわたる高度な技術が必要なようだ。

 そしてその必要な技術をすべて書き記したのがこの本だ。

 だからこの本を完全に理解してムラムラスの言うようなゴーレムを作れるようになったあかつきには、そんじょそこらの魔道具職人などとは比べ物にならないほどの知識と技術を習得していることだろう。

 いつか街に行ったときは魔道具職人としてやっていくのもいいかもしれない。

 職人の世界は閉鎖的で男社会だから私なんかを弟子にしてくれる工房があるとは思えないけれど、流れの職人というのもいないでもない。

 脛に傷を持つ人や滅びた国の元住人などだが、手に職を持った人というのはどこの国でも案外やっていけるものだ。

 時間はかかるだろうけど人間性に問題が無ければ地元住民に受け入れられる可能性もある。

 人々の役に立つ魔道具を作って暮らすのも悪くないかもな。


「まあまだ魔法陣も2個しか覚えられてないんだけど」


 物質の形を変える変成陣と、物質の組成を弄る錬成陣、魔道具作りでは基本中の基本とされるこの2つの魔法陣くらいしかまだ私は習得していない。

 これだけでもかなりの物づくりができるだろうけど、魔道具を作ることはできないしゴーレムなどは夢のまた夢だ。

 だけど夢の入り口に立ったくらいの進歩ではある。

 物の形を変えたり組成を弄ったりできるこの2つの魔法陣は想像以上に面白く、ほうきに乗って空中散歩するには寒すぎる最近ではこの魔法陣でばかり遊んでいる。

 

「ゴブリンの血から塩分だけを抽出」


 錬成陣の左下の方にある円の中にゴブリンの血の入ったガラス容器を置き、右下の方にある円の中に少しだけ塩の乗った皿を置く。

 そして魔法陣に触れれば私の中の魔力が注がれ、ゴブリンの血から塩分だけが抽出されて皿の塩が少しだけ増えた。

 錬成陣の機能の一つである抽出だ。

 この機能を使えば生活必需品である塩を生き物の血やなんなら湖の水などからも抽出することができる。

 ガチャのアイテムも無限ではないのでこれは大変ありがたい機能だ。

 本音を言えば生き物の血なんかから抽出した塩なんかを使いたくはないが、空から見える範囲に海が無いのだから仕方がない。

 それに、生き物の血は塩分だけを含んだ物ではない。

 ほとんどが水分だが、各種金属なんかも豊富に含まれた生きた資源と言えるだろう。

 私は塩の皿を魔法陣から外し、代わりに黒い粉の乗った皿を乗せる。

 砂鉄だ。

 ひろしの国では昔は川で砂鉄を集めて鉄製品にしていたらしいが、この方法ならば害虫のように湧くゴブリンから鉄を作り出すことが可能なのだ。

 鉄製品はひろしの国なら子供の小遣いでも買うことができるようなものだったが、それは想像もできないほどの冶金技術があってこそのことだ。

 今だに製鉄技術を一部の権力者が秘匿しているような有様のこの世界では鉄製品は買ったら一生使うような高額商品である。

 それを私はこの2つの魔法陣を使うことで作り出すことができる。

 これだけでもう小国なら貴族に取り立てられてもおかしくはないだろう。

 なにより楽しい。

 私は思ったよりも物作りが好きらしい。


「変成陣を起動」


 魔法陣に触れて魔力を流せば物質の形を変えることのできる変成陣が起動する。

 この魔力を流すという感覚も今までに無い感覚で新鮮だ。

 私のスキルであるガチャはとんでもないチートスキルだが発動に魔力を消費する魔法スキルの類ではない。

 だから私は魔力というものを消費する感覚を味わったのは生まれて初めてだった。

 魔力と気は違うだろうけど、気功術にも何か発展がありそうな予感もある。

 そういう意味でも魔法陣を学んだのは正解だったな。

 私は変成陣の上に砂鉄を乗せ、樹齢の長そうな大樹の枝から削り出した短杖を振って加工していく。

 魔法陣に向かって杖を振っていると本当に魔法使いになったような気分になれて楽しい。

 〇ィンガーディアムレビオサーとか唱えたくなってくる。

 まあ呪文ってのは無いんだが。

 変成陣はこの指揮棒みたいな杖を振るパターンによってコマンドを発動し、一定の加工がなされるようになっている。

 それ以外の細かい調整なども全て短杖を振って行う。

 魔法陣をタッチパネルだとしたら杖はタッチペンみたいなものだ。

 短杖で魔法陣の外側をなぞり、星マークみたいな模様をコツンとタップすると

 山のように盛られた砂鉄が水銀のような液状になり、あっという間に四角いインゴットに変化した。

 この純度の鉄を溶かしてインゴットにするためには本来ならば1000度を超える温度の出せる炉が必要なはずだが、この魔法陣を使えば魔力という実質無料のエネルギーで簡単に形を変えることができるのだ。

 こんなものがひろしの世界にあったら大変なことになっていると思うので、やはりこの技術はこの世界のものだと思う。

 大賢者ムラムラス、いったい何者だったんだろうか。

 名前からだとただのドスケベ爺さんしかイメージできない。

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