14.魚狩り
諸事情により、ほうきの使い方の上達が早い。
膝でほうきをグリップすれば股への荷重が減ってそれほど痛くないということもわかった。
不格好な座布団巻きのほうきでなくとも空を飛べるようになったのは大きい。
座布団ありと無しでは機動力に差がある。
単純に重さや空気抵抗の問題なのか魔法的な原因なのかはわからないが、座布団を巻くと飛行スピードが大幅に落ちるのだ。
魔法少女たちがほうきに座布団を巻かないのはスピードが落ちるのを嫌ってのことだろう。
ほうきをしっかりと膝と太ももで挟み込んで固定すれば体勢も安定して自由に空を飛ぶことができた。
慣れてしまえばこんなに楽しいおもちゃはない。
魔物を恐れてほとんど魔王城の結界の中から出なかった私の行動範囲は湖の向こう側まで広がった。
湖を外れると森の木々が邪魔で自由に飛び回ることはできないし、木々よりも高いとろこを飛ぶと空の魔物に襲われてしまう。
一度巨大な鷹のような魔物に追いかけられて魔王城に逃げ込んだことがある。
ほうきの飛行スピードが魔物よりも速くて魔王城の防御力が魔物の攻撃力よりも高かったから助かったけれど、次は無いかもしれない。
個人的に生まれてから一番の恐怖体験だったので空を飛ぶのが少し怖くなったのだが、退屈という感情には勝てなかった。
今の私の生活にはやることがあまりない。
食料も向こう何年か暮らしていくくらいはあるし、服も各季節用作り終えた。
魔石も今の魔王城の維持や防衛が何年もできるくらいは貯えられた。
となればやることは私自身の鍛錬か読書くらいしかない。
読書はBランクのうち一番難解な『ゴーレムの作り方』がちょっと面白くなってきたところだ。
あれは大賢者ムラムラスという人が書いた至高のゴーレムを作るための技術が全て詰め込まれた本で、中には魔道具作りなどにも応用できそうな魔法陣の知識が詰め込まれていた。
何度も読み返してやっと一つのことが理解できるくらい難解なのだが、その分時間が潰せて助かっている。
とはいえ難解な本をずっと眺めていては飽きることもある。
あとは私自身の鍛錬くらいなのだが、そちらも1日にあまり長くやっても意味はないだろう。
トレーニングの道は1日にしてならず。
毎日少しずつ筋肉に負荷をかけていくことによって、ちょっとずつ筋肉は強くしなやかになっていくのだ。
一気にやればただ身体を壊すだけだ。
その日のトレーニングも終わり、読書も飽きればもうやることは無くなってしまう。
そこに怖い目にあったことはあるが実際に空を自由に飛べるほうきがあれば、ちょっとひとっ飛びしてくるかとなるのは当然のことだった。
幸いなことに湖の上では魔物はあまり襲ってこない。
魔物にはなわばりがあり、湖には止まって休める場所がないのでその上空をなわばりとしている魔物が少ないのだろう。
水の中にもどうやら大きな魔物がいるようなのであまり安心はできないけれど、大きな魚が跳びあがっても届かないくらいの高度を飛ぶくらいなら問題は無さそうだ。
今日も私は日課の筋トレと気功の訓練を終え、ほうきに跨る。
もはや私とほうきは一心同体、ほうきを身体の一部のように操って飛びあがった。
空を飛ぶ感覚は爽快で、このままどこまでも行ける気がする。
実際には空の魔物に追いかけられてすぐに帰ってくることになるのだろうが、そのくらい自由な気持ちになれるということだ。
まるで原付に初めて乗った時のような気分だ。
裕福ではない米農家であるひろしの両親が精一杯の努力でひろしに買い与えた中古のスー〇ーカブ。
大学時代のひろしはどこに行くにもあれに乗っていた。
どこまでも自分を運んでくれる相棒だった。
総走行距離30万キロを超えてエンジンに致命的な故障が生じるまで乗った、ひろしの人生で最も付き合いの長かった乗り物だ。
このほうきにはあのスー〇ーカブに似たスピリッツを感じる。
柄の色が飴色になるまで乗ってやるからな。
本来の用途とは違う使い方のほうが長い付き合いになるかもしれないが。
湖の真ん中のあたりをふわふわと飛び、魚影を探す。
この湖には大きな魚の魔物が生息している。
水面すれすれを飛ぶとよく飛び出してきて私を食べようとするので、私は逆にあいつを食べてやることにしたのだ。
私の食生活はガチャに依存している。
そろそろ現地で食材を調達することも視野に入れるべきだ。
特に肉や魚の類はガチャから数キロの豚肉が出たくらいで、他にめぼしいものが出ていない。
動物性たんぱく質が圧倒的に足りていないのだ。
ガチャポイントも溜まってきたので一度くらい11連ガチャあたりを回してもいいのだが、狩りをしたほうが確実だしポイントの節約にもなる。
魔石も手に入っていいことづくめだ。
魔物に殺されるというリスクがある以外は何もデメリットは無い。
殺されるリスクも、上空から銃で一方的に攻撃できることでかなり低く抑えられている。
やらない理由はない。
私は少しだけ高度を下げ、水面をふよふよと漂った。
魚には水の振動を感じ取る器官があるとひろしの知識にはある。
あの怪魚どもはその器官で水面の揺れを感知して、餌を食べに浮上してくるのだろう。
私は足先で少しだけ水面を蹴った。
バシャリと水音がして静かな水面に波紋が浮かぶ。
背中にぞわりと寒気がしたのですぐに高度を上げた。
次の瞬間、水の中から巨大な魚が飛び出した。
鯉のぼりかというほどに巨大なその魚は、ギザギザの歯をむき出しにして私に食らいつこうと大口を開けている。
柔らかそうな赤い口腔内に向け、私はグ〇ック17を連射した。
19mmの小さな弾丸が魚の口の中を蹂躙し、真っ赤な血を噴出させた。
口を開けたまま水面へと戻っていく魚。
私は油断せずに残弾の減ったグ〇ックをマジックバッグに仕舞い、満タンのベ〇ッタを構えてしばし待った。
しかし魚を水面に浮かんだまま泳ぎだすことは無かった。
どうやら倒すことができたらしい。
「魚ゲット」
日本人なら刺身を食らえとひろしの魂がうるさい気がするが、ちょっと黙っていて欲しい。
私は日本人じゃないし、淡水魚、それもこんな怪魚をいきなり生で食えるわけがないだろうが。
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