9.魔王城の進化

 持っていた魔石をすべて端末に吸い込ませると、MP(魔石ポイントなのか魔王ポイントなのかわからない)は362となった。

 基本コマンドすべてを追加することはできないが、1000ポイントの上層階追加以外はすべてやってしまえるだけのポイントだ。

 私はコマンドをタップし、先に10ポイントのものをすべて追加してしまった。


「見事にワンルームマンションみたいだ」


 玄関で靴を脱ぎフローリングの上を歩き回ると、まるでひろしが大学時代に住んでいた安アパートの一室のような気がしてくる。

 バスルームとトイレ、ミニキッチンの分だけ広さ的には最初よりも狭くなっているのだが、温かみがあっていい部屋になったと思う。

 玄関は最初の広さにプラスされる形になったのか、間取り的に出っ張っている。

 外から見たら平坦な小屋だったものが玄関だけ出っ張った小屋になっていることだろう。

 それはそれで可愛いから良し。

 

「あと302ポイントか。何に使おうかな」


 部屋の広さはもうこれでいいような気がしている。

 私一人で暮らすのにこれ以上の広さは必要ない。

 ひろしの大学時代もなんだかんだで狭い部屋を楽しんでいた。

 私もしばらくは狭い部屋を楽しみたい。

 狭い部屋に飽きて広い部屋が欲しいと思った時にまた魔物を狩って追加すればいい。

 この302ポイントはもっと別のことに使いたいな。

 例えば結界。

 基礎コマンドの一つに、初級結界追加というものがある。

 タップすると詳細情報が出た。


初級結界

 魔王城の周囲5メートルほどを覆うように真球形の結界を形成します。初級結界は維持のために年間12ポイントのMPを消費します。結界内は魔王城管理者の許可が無ければ侵入することができなくなります。攻撃を受けるとダメージに応じたポイントを消費します。瞬間ダメージが100を超えると破壊されます。

 

 これは絶対に追加しておくべきものだろう。

 年間12ポイント、月間にすると1ポイントの維持費がかかるが、魔王城に誰も入ってこれなくなるのはとても嬉しい。

 初級なので絶対の防御ではないみたいだけど、ゴブリンくらいならおそらく絶対に入ってこられないだろう。

 これを追加すれば中で暮らす安心感が大違いだ。

 私は迷いなく初級結界を追加した。


「あとは、ちょっとトイレとお風呂の感じを見てから決めよう」


 暮らしていく上でトイレとバスルームは重要な要素だ。

 どんなに部屋が狭くてもトイレとお風呂が綺麗なら快適に暮らすことができる。

 逆に広い家に住んでいてもトイレがボットンだったりお風呂がカビだらけだったりすると、毎日お風呂やトイレに行くたびに不快な気分になって楽しく暮らせない。

 孤児院のトイレはボットン以前の問題だったし、お風呂なんかは存在していなかったけれど、ひろしの記憶を得た今ではもうあの環境に我慢できる気がしない。

 私はまずお風呂のドアを開けて中を確かめた。


「ああ、バスルームなだけでお風呂があるわけじゃないのか」


 中は狭い脱衣所とその先のシャワールームに分かれていて、シャワールームもネットカフェにあるような大人一人くらいしか入ることのできない狭いものだった。

 浴槽が無かったのがちょっとショックだ。

 夏はシャワーだけでもいいかもしれないけれど、季節的に今は秋ごろでこれから寒い冬が来る。

 身体の芯から温まりたいときは浴槽が無いと辛そうだ。


「バスルームはグレードアップしよう」


 私は端末のバスルームグレードUPをタップした。

 ちょっと眩暈がしたような感覚があったが、それは私の頭がふらついたわけではなかった。

 空間のほうがゆらいだのだ。

 ぐにゃりと周りの景色が歪み、作り直されていく。

 やっぱりSランクアイテムは不思議だ。

 狭い脱衣所とシャワールームは、あっという間に一般家庭にあるようなバスルームに変化した。

 大人が入っても余裕のある浴槽とシャワーの付いた洗い場、大きな鏡がある。

 脱衣所にも洗面台が付き、洗濯機まで出てきた。

 100ポイントも使うだけあってかなりのグレードアップだ。

 石鹸やシャンプーなども完備されていて、それらはMPを消費することで補充が可能なようだ。

 あと結界と同じように維持費もかかる。

 私が見逃していただけで照明やトイレ、ミニキッチンにも維持費は存在していた。

 元々のバスルームの維持費は年間3ポイントだったのだが、今は倍の6ポイントがかかるみたいだ。

 お湯や洗剤を使いすぎれば追加のMPも必要になる。

 基本料と超過料金みたいなものだ。

 魔王城は金食い虫ならぬ魔石食い虫だな。

 新しい設備を追加したりグレードアップさせるたびに維持費は高くなっていくというシステムらしい。

 何も無いところから石鹸やシャンプーが出てくるよりは理解できるけどね。

 さて、この分だと基本コマンドのトイレもそれほどいいトイレではないだろう。

 私はバスルームを出てトイレに向かった。

 トイレのドアを開けるとそこには和式便器が鎮座していた。

 一応水洗だった。

 どう考えても以前この家に住んでいた魔王というのが和式便器で用を足していたとは思えないのだが、おそらくそのへんは私の中のひろしの記憶を参考にしたのだろう。

 端末を起動したときに最初出てきたのは見たこともない文字だった。

 それが一瞬のうちに日本語に最適化されたように、魔王城はどうやら管理者の記憶をもとに色々なものを構築しているらしい。

 私の中の最低限のトイレといえば当然孤児院のトイレなのだが、魔王城はそれだけは許せなかったようでひろしの記憶の中にあった和式便器になったみたいだ。

 和式便器については綺麗ならばそれほど悪い物ではないと私は思っている。

 ひろしは足腰が貧弱な現代人代表だったので緊急時公園のトイレに入って和式だと和式かよとか思っていたようだが、私は東京大阪間を歩きで移動するのが当たり前のような世界の孤児だ。

 温水洗浄便座付き洋式トイレはポイントに余裕のあるときに体験すればいい。

 今はこのトイレで十分だな。

 私はトイレのアップグレードをやめ、代わりに結界を中級へとグレードアップした。

 維持費は倍の24ポイントになったけれど、これで瞬間ダメージ500まで耐えられる頑強な結界となった。

 瞬間ダメージ500がどんなもんなのかは追々試していこう。

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