8.魔王城

 森の中をひたすら歩くこと2週間ほど。

 なんだかよさげな湖のある場所にたどり着いた。

 湖の広さは向こう岸が見えないほどで、船を浮かべたり釣りを楽しんだりできそうな大きな湖だ。


「ここをキャンプ地とする」


 元道民であるひろしの記憶を持つ者としては、このセリフだけは言っておかなければならないような気がした。

 実際にはキャンプ地というか魔王城の設置場所なのだが。

 私は虹色に輝くカプセルを取り出し、広さ的に問題のない場所で開封した。

 レンガと木で作られたお洒落な小屋が出てくる。

 シャンゼリゼ通りでパン屋でも営んでいそうな可愛らしい外見からは全く魔王城という感じがしないのだが、アイテム鑑定ではしっかり魔王城と記されている。

 そもそも魔王っていうのはいったいなんなのだろうか。

 ひろしの世界でもよく創作物で出てきて勇者に倒される運命だったりするのだが、私はそんなものをこの世界で聞いたことがない。

 この世界はスキルもあれば魔法もあるし、ドラゴンだってどこかにはいると聞いたことがある。

 しかし魔王というのは聞いたことがない。

 同時に勇者も。

 この魔王城というのはかつて魔王が住んでいたらしいのだが、いったいどこの世界の魔王なのだろうか。

 私はガチャというのは自分の知る世界のアイテムがランダムで出てくるスキルだと思っていた。

 ひろしの世界のアイテムが出てくるのも、私がひろしの記憶を得たからだと思っていたのだ。

 だけど、どうにもそれだけじゃあ考えられないアイテムがいくつか存在している。

 Sランクの魔王城をはじめとして、Bランクの空飛ぶほうきニャンバス2020、同じくBランクの大賢者ムラムラス著『ゴーレムの作り方』などだ。

 空が飛べるほうきを作るニャンバス社なんて会社は知らないし、大賢者ムラムラスも誰それって思った。

 もしかしたらこの世界の違う大陸にはそういった会社や人物がいるかもしれないが、さすがに魔王城はないと思う。

 まったく謎の多いスキルだ。


「魔王城、中はどうなっているのかな」


 魔王城の中に入るのは初めてだ。

 おどろおどろしいその名前から中に入るのがなんとなく怖かったので、外観を確認してすぐにカプセルに戻していたのだ。

 でもここに住むにはいつまでも怖がっているわけにはいかない。

 私はまず、魔王城の周りをぐるりと一周回ってみた。

 裏側や側面の外観を確認するためだ。

 魔王城の側面には何も無く、ただ壁材のレンガと木の枠組みが見えているだけだった。

 裏には窓が一つあった。

 丸みのある枠にガラスがはめ込まれた可愛い窓だ。

 外から窓を開けようとすると、何か不思議な力に阻まれて開けることができなかった。

 やっぱり普通の小屋とは少し違うらしい。

 外から無理やり開けることができないというのはセキュリティ上かなりうれしい。

 私は正面に戻り、玄関の扉に手をかける。

 今度は阻まれることなく、普通に開けることができた。

 ギイギイ音のする少し古めの木製扉だ。

 今度油を差しておこう。

 中に入るとそこは外観から見たとおりの狭い一室だった。

 高級テントのように中には見た目と違って広い空間が広がっているのかと思っていたけれど、これは意外だった。

 魔石を吸収させることで成長するようなので、これからの成長に期待ということだろうか。

 だけど魔石というのはどこに吸収させたらいいのだろうか。

 魔王城の中には本当に何もなく、壁は外観どおりのレンガ造りで床はタイル張り。

 灯りの魔道具なども見当たらないので夜は真っ暗なただの小屋になってしまうだろう。

 一通り室内を見回り、入口に戻ってくると扉の内側に何やら四角い端末が取り付けられているのに気が付いた。

 これが何やら怪しい。

 端末は私が触れると勝手に扉から剥がれ、私の手に収まった。

 もう一度扉に当てると最初そうなっていたようにくっついた。

 磁石とも違うようだけど、どうやってくっついているのだろうか。

 私はしばらく端末を扉にくっつけたり剥がしたりして遊んだ。


「あ、そうだ魔石……」


 私はここに来るまでかなりの数の魔物を倒した。

 ほとんどがゴブリンだったので魔石は小さなクズ魔石だが、ひろしの国には塵も積もれば山となるということわざがある。

 ゴミクズゴブリン魔石であろうと、魔王城を成長させる養分くらいにはなってくれるだろう。

 私は砂利のように小さなゴブリンの魔石を取り出し、端末に当ててみた。


『Κάστρο δαιμόνωνΣύστημα』


 魔石がぬるりと端末に吸い込まれると画面が光り、何だかわからない文字が表示される。

 孤児の私は文字の読み書きができない。

 有用なスキルを持っていることがわかった子供は教育を受けることができるのだが、私はスキル鑑定後すぐに売られてしまったので勉強する時間がなかったのだ。

 だから私にわかるのはひろしの国の母国語である日本語と簡単な英語くらいだ。


『言語を最適化』


 記憶が読み取られたのだろうか。

 端末に表示される文字がひろしの母語である日本語に変わってしまった。

 

魔王城管理メニュー

  保有MP:1

基本コマンド

  室内照明追加:10MP

    玄関追加:10MP

床フローリング化:10MP

 バスルーム追加:10MP

   トイレ追加:10MP

ミニキッチン追加:10MP

    寝室追加:100MP

  初級結界追加:100MP

   上層階追加:1000MP

拡張カタログ

       玄関拡張:20MP

        床畳化:20MP

バスルームグレードUP:100MP

  トイレグレードUP:100MP

 ~以下略~


 これはすごい。

 何をするにもポイントが必要ではあるものの、どんどん部屋を改築していくことができるようだ。

 一応城なだけあって、外壁や防衛用兵器なんかもある。

 そんなので武装したら本格的に魔王城になってしまいそうだ。

 そこに住む私は魔王として勇者に倒されなければならないのだろうか。

 そんなの嫌すぎる。

 勇者が来たらさっさと魔王城を畳んで逃げるよ、私は。


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