第145話 面と向かっては中々言えないけど……

 そしてロビンは床に座って、俺に昔の話をしてくれた。


「元々我はな、歌が好きで歌手を目指していたんだ。だから学生の頃はバンドを組んだりもしてたし、オリジナル曲を作ったこともあった……もちろんその時はVTuberのことなど、全く知りもしなかった」


「へぇ……」

 

 俺は興味深そうに頷く。あれだけ上手に雑談配信とかしているロビンが、VTuberのことを知らなかったのは驚きだな。


「それで……周りからも持て囃されて。我も歌唱力に自信があったから、成功すると信じて疑わなかった。だが、現実はそうそう上手くいかなくてな。バンドは伸び悩み人気も出ず、金銭的にも苦しくなり……最終的には大喧嘩して解散したさ」


「そうなのか」


 贔屓目に見なくても、ロビンは相当歌が上手いと思うんだけど……やっぱりそれだけで売れるほど、甘い世界じゃないんだな。


「それから我はソロで活動することにして。バイトをしながら、音楽活動に取り組んでいた。だが、そこでも思うような結果は出ず、苦しい日々が続いていた……そんな時に出会ったんだ。スカイサンライバー所属、第一期生の音崎ソラシと」


「へぇ……どうやって知ったの?」


「とあるアーティストの曲を聞こうと思ってな。そしたら彼女がカバーした動画が出てきて。さほど期待はしていなかったが、いざ聴いてみると度肝を抜かれてしまってな……我が嫉妬も出来ないほど彼女は歌が上手で。何度も聴いては……救われていた」


 ロビンは胸に手を当てながら、優しげな口調で言う……いつもおちゃらけているロビンも、本当は脆い部分もあるんだな。それを俺に見せてくれたのも、多少なり信頼してくれたってことなのかもしれない。


「そして……そのうち歌だけじゃなく、彼女にも興味を持ち始めて。配信も見るようになった。彼女の話す言葉、仕草、全てが癒やしで。毎回の配信が楽しみになって。新衣装やイベントの情報に一緒に喜んで……いつの間にかマジで好きになってた」


「マジでか」


「ああ。それが恋なのかは分からない。でもまぁ恋でないとしても、それに近い何かだったんだろう。VTuberに恋をするなんて、恥ずかしい話だが……いつの間にか我の夢は歌手から、彼女と歌うことに変わっていたのだ」


 そして照れくさそうにロビンは笑いながら、自分に指を差して。


「だからスカサンのVTuberになった」


「簡単に言ってるけど、すげぇな……」


 棚ぼたでライバーになれた俺が言うのもなんだけど……この事務所は簡単には入れないらしい。いぶっきーも言っていたけど、ここに入りたいと思っている人は想像以上に多いのだ。


 だから厳しいオーディションなんかがあるわけで……そう思うと、つくづく俺は異端な存在だな。あの時は何も知識無かったから、流れで加入しちゃったけど……今の知識持っていたら、どうなってたか分かんないなぁ……。


「それからはな。彼女とコラボも出来て、一緒に歌も歌えた。我の好意にも気付いていただろうが、軽くいなされていた。それでも我は……とても幸せだった」


 目を閉じてロビンは言う。きっと彼の大切な思い出なのだろう。


「それからしばらくして……彼女が引退するという話を聞いた我は、一生分泣いた」


「一生分なんだ」


「ああ。だからもう涙が枯れて、全く泣けないのだ」


「真顔で言われるとマジっぽいんだよな……」


 まぁ人生を変えるくらい影響された人なんだから、そうなるのも自然なことなんだろうけど……。


「ちなみに引退の理由って?」


「新たな夢が出来たらしい。それ以上は教えてくれなかったし、我もそれ以上踏み込むことはしなかった」


「そっか」


 まぁ引退理由を明かさない人もいるし。それだけの理由が聞けたなら、ロビンもこれ以上聞くのは無粋だと思ったんだろう……そしてロビンは続けて。


「その後は前に配信で話した通り……我が一流になったらまた会ってくれると約束してくれてな。でも、流石の我でも……ロビンまで辞めないようにと。引き止めるために、そう約束してくれたのは分かっていた」


 そして正面を向いて、宣言するように。


「それでも我はその約束を信じているし、今でも頑張れる原動力なのだ」


 そう言い切ったのだった。


「そっか……なんか素敵な恋してたんだな、お前」


「ありがとう。まぁ……まだ我は振られたとは思ってないがな?」


「あははっ。あっ、そういえば……ロビン年末のライブ出てたけど、ソラシさんから何か連絡あったのか?」


「ん、ああ。『上達していたけど、まだまだ一人前には遠いね?』とな。どうやらまだ、我を引退させてはくれないようだ」


 笑いながらロビンは言う……コイツ、素の笑顔の方が可愛いんだから、もっとそうやって笑えばいいのに。


「ふぅ……じゃあ次はルイボーイの番だな。レイ嬢とどんな関係なんだい?」


「ええ、戻るのかよ……」


 いい話だったし、ここで終わっておこうよ。ここで俺が彩花の話したら、なんか……気まずいじゃんか。色々と……まぁでも。ここまでロビンも赤裸々に話してくれたし。少しくらいは話してもいいのかなぁ……。


「……誰にも言うなよ?」


「その前置き、世界で一番ワクワクするよな?」


 それはめっちゃ分かるけど。


「はいかいいえで答えろ」


「なら、答えはイェスだ」  


「洋画じゃねぇんだよ」


 もうコイツ、俺がツッコむこと前提で喋ってるよな……はぁ。とりあえず、何から話すべきか……俺はなんとか言葉を紡いでいく。


「えっと……いやまぁ。実はレイは俺の幼馴染でさ。俺をこの世界に連れてってくれた張本人で……明るくて優しくて。アイツは俺のことを自慢しているらしいけど、本当は俺なんかよりも凄いヤツで。本当に…………大切な人だよ」


 そんな俺の言葉に、ロビンは満足そうに微笑んで。


「フフッ、そうかそうか。ルイボーイ、レイ嬢のことは好きかい?」


「どうしても言わせてぇみたいだな……はぁ。まぁ、面と向かっては中々言えないけどさ……………………そりゃ好きだよ。嫌いなわけない」


「…………」


 すると途端にロビンは黙り込んだ。なんだよ……この言葉が聞きたかったんじゃないのかよ……?


「……フフッ。ルイボーイ、後ろ」


「え?」


 ロビンは俺の背後を指差す。身体ごと振り向くと…………そこには。調理場から帰ってきたであろう彩花とカレンさんが、目を見開いて立っていたのだった。

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