第102話 陰キャ狐との邂逅

 店内に入った俺は辺りを眺めていた。中は本当に服屋さんみたいな感じで、何個も並んだマネキンには個性的な服が着せられていた。ひとまず俺は気になった黒い服に近づいて、その詳細を確認してみた。どれどれ……。


【忍者の服 防御+2 静かさUP】


「おお、これは忍者の服か……静かさがアップする服とかもあるんだな」


『ほう……』

『ガタッ』

『これ着てレイちゃん尾行しよう!』

『いや、ここはカレンちゃんでどうだ?』

『完全に事案で草』

『これ着たら他の人の物盗めそうだね!』

『誰も戦闘で使う気なくて草』


 まぁコメントは案の定と言った所か……最悪な提案がいくつも挙げられていて。


「ほんっとお前らはすぐ、良くない使い方を思いつけるよな……」


『へへ』

『えへへ』

『へへっ(無邪気に鼻を擦るジェスチャー)』

『きっとルイに似たんだよ!』

『そんなに褒めるなって』

『よせやいw』


「だから全然褒めてねぇっての……」


「あっ、類! 魔法使いの服あったよ!」


「お、本当か?」


 その声を聞いた俺は、レイの元へと歩いて行った……その彼女の眼の前には、黒色のローブを着せられたマネキンが飾られていた。ファンタジーもので魔法使いが着てるまんまの服を見れた俺は、ちょっとだけテンションが上って。


「おお! 俺らにぴったりの服だな!」


「うん! これを着たら魔法の攻撃力が上がるみたい! ……ってまぁ、類には関係無いか」


「いやいや、今後俺も魔法使うかもしれないから一概に無意味とは言えないぞ……で、これを二つ買うお金は残ってるのか?」


 そう聞くとレイは空中にメニュー画面を表示させ、所持金を確認した。そして顔だけこっちに向けて……笑いながらこう言って。


「んふふっ……全然足りないね!」


「足りないんかい……」


『草』

『草』

『何しに来たんだw』

『そらデートよ』

『まぁ下見ってことで』

『武器も買ったしすっからかんだもんな』

『今度はルイが買ってやれ』


 ああ、確かに武器買ってもらった以上、俺がレイの分まで服は揃えてやりたいが……ってかお金って、どう稼げば良いんだ? モンスターを倒したり、商売して稼げるってのはさっきレイから聞いたけど……もう一回ちゃんと聞いておくか。


「というか、お金ってどうやって貯めたら良いんだ?」


 そしたらレイは丁寧に色々な方法を教えてくれて。


「うーんと、素材を店で売るか、落ちてるのを集めるか、モンスターを倒すか、商売するか……プレイヤーから奪うかだね!」


「それは絶対出来ねぇって……」


「あっ、あとギャンブル!」


「それはマジで駄目だ……ヤバい人達、昨日見たから」


「そうなの?」


「うん」


『草』

『例の女子会組かw』

『あのチーム、ずっとギャンブル場にいたぞ』

『あいつらの拠点がカジノだぞ』

『でもちゃんと稼いでるんだよなぁ……』

『ルイが去ってからめちゃくちゃ当ててたぞ!』


 でもコメントを見る限り、結構稼いでるらしい。なんか…………悔しいな。


 ……それで「お金無いなら、次来た時に買うやつでも決めておこうよ!」とレイの提案で、俺らは他にも服を探していた。探していくと熱に強い服や寒さに強い服なんかもあって、砂漠や雪原ステージの存在も匂わせていた。これ、一週間で全部のマップを回れるのだろうか……?


「……ねっ、類! 来て来て! 凄いもの見つけちゃった!」


「ん?」


 興奮気味のレイに呼ばれて近づくと、眼の前にはショーケースが置かれていて……その中には、一枚の白い羽が展示されていた。


「これは……アクセサリーアイテムか?」


「うん! これを装備したら空を飛べるようになるんだって!」


「ええっ!? それは欲しいな……って1万ゴールドもするのか!?」


 効果の次に値段に驚いてしまった。ちなみに魔法使いの服や忍者の服は500ゴールドである……これを手に入れるのは、かなり時間が掛かりそうだ。


「コツコツ貯めなきゃだねー」


「だな……じゃあそろそろ帰るか」


 そして店を出ようとしたら……何かを見つけたのか、レイは方向転換して。端っこに置かれているマネキンへと駆けて行った。そのまま、それを指さして。


「わぁ! この服とってもカワイイ! 狐の女の子が付いてるよ!」


 言われて俺も見てみる。確かにその服にはケモ耳を生やした女の子の絵が描かれていて、とても可愛いらしい感じだったが……どこか違和感があった。何というか、他の服と雰囲気が違っていたのだ。


 俺はその服の詳細を見てみると、タイトルには『クリエイト服』と表示されて。ああ、もしかして……?


「ひょっとしてこれ、誰かライバーが作ったんじゃないか?」


「えっ?」


「多分ここで服を作成出来るんだよ。それで作った服をここに並べて売れる仕組みがあるんだと思う……例えるならほら、どぅーぶつの森の服屋みたいな」


 その例えにレイはピンと来たようで。


「ああーなるほどー! 私、作ったセーラー服を島民全員に着させたことあるよ!」


「何してんだお前……」


『草』

『草』

『草』

『草』

 

「それで、誰が作ったんだろう?」


「調べてみるよ……えーっと……」


 そして詳細画面を更に調べてみると、作成者の欄が確かにあって。そこには『狐野いなり』と書かれていた……ああ、確かこのライバーの名前の読み方は。


狐野このいなり……さんだな」


 その名前を聞いたレイは大きな声を上げて。


「ああー! いなりんが作ったのならこのクオリティは納得だよ!」


「いなりん?」


「いなりちゃんのことだよ! 類はいなりんのこと知ってるよね?」


「ま、まぁ……」


 ……名前だけは。でも正直にあまり知らないと言うのも、知ったかぶりするのも印象良くないよなぁと思っていたら……それを察してくれたレイが、いなりさんについて軽く説明をしてくれたんだ。


「いなりんはね、狐の格好をした女の子で、アニマル組の一員で……絵とか裁縫がとっても上手なんだよ! 本当に女子力高いんだから!」


「へぇー、そうなのか。もっと作品見てみたいな」


「つぶやいたーに上げてるから、今後見てみて! びっくりするから!」


『正直いなりんはイラストで食っていけるレベル』

『いなりんの話してくれてウレシイ……ウレシイ……』

『いなりはほとんどコラボしないもんな』

『まぁ……陰キャ狐って言われてるくらいだし……』

『ってかクラストに参加してたの今知ったよ!!』


 コメントでいなりさんの人となりが伝わってくる。上手く解説してくれたレイには感謝しかないな……で、そんな彼女は、物欲しそうな瞳でその服を眺めて。


「せっかくだし買っちゃおうかな? ……って、お金が足りないや! 類、お金持ってる?」


「持ってないから武器買ってもらったんだろ……とりあえず今日は諦めよう」


「ええっ、そんなー! 他の人に見つかったら、売り切れちゃうよー!」


「お金無いなら仕方ないだろ……って、何か物音聞こえないか?」


「えっ?」


 その物音が聞こえた方を向いてみると、何個か試着室が並んでいて……お誂え向きに、一つだけカーテンが閉まっていた。


「……誰かいるのか?」


「着替えてるのかな?」


「いや……メタいこと言うけど、服はアイテム欄から装備するだけで着れるから、試着室なんか必要ないんだぞ」


 だからこの試着室なんてのは、言ってしまえば形だけあるもので……。


「じゃあ何で閉まってるの?」


「さぁ……入った後に放置してるのか……」


 ……と言った所で、勢いよくシャーっとカーテンが開けられて。


「あっ、あのあのっ! 値下げしますから、買ってくれると嬉しいなって……!」


「あっ」「わっ!」


 狐耳と大きな尻尾を生やした茶髪セミロングの女の子が、視線を下げたまま俺らの眼の前に現れたんだ。

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