第88話 みんな期待してるでしょ?

 動画を上げてから何日か経って。いつものように彩花は俺の家に遊びに来ていた。だけど何だか少し、様子がおかしくて……。


「よ、よーっ、類! 遊びに来たよーっ!?」


「……どうした? 喋り方おかしくない?」


「べっ、別に!? 上がるよ!?」


「ああ……」


 そのまま彩花は俺を押しのけるようにして上がり、カクカクした動きでリビングまで歩いていった……まぁ。察しの悪い俺でも、こうなった理由はなんとなく分かっていて。俺もリビングに戻り、コップにジュースを注ぎながら彩花に尋ねてみた。


「もしかして、俺の動画に言いたいことでもあるのか?」


 そしたら彼女は静かに頷いて……。


「……うん。うん! そうだよ!! 私の配信を使って企画を作ったのは、とっても面白い発想だと思ったけど……あんな内容だとは思わないじゃん!?」


「まぁ……」


「ウキウキで選んでたお便りが、まさかいぶっきーの罠なんて思わないじゃん!?」


「そりゃそうだ」


 そんなごもっともな意見を聞きながら、俺は彩花にジュースを手渡した。


「ほい」


「あ、ありがと…………んっ、んっ」


 飲み物飲んでる時は静かだなぁ……と至極当然のことを思いながら、様子を眺める。なんだか小動物みたいだ。


「ちなみに全く気づかなかった?」


「うん、確かに似てるなーとは思ってたけど……まさか本当に類のこととは思わないじゃん!? 私、気づいた瞬間すっごい恥ずかしくなったんだよ!?」


「そうか……あとな、念の為に言っておくけど。俺はお前の何倍も恥ずかしい目に合ったんだからな。収録中も編集中もマジで地獄だったんだからな?」


「じゃあ全部カットすれば良かったじゃん!!」


「それはいぶっきーに脅されて出来なかったんだって!」


 俺だって出来るならそうしたかったし、何ならお蔵入りにしたかったくらいだけど。いぶっきーとカレンさんを巻き込んでいる以上、そんなことは出来なかったのだ……そして彩花はため息を吐きながら、悪い顔を見せてきて。


「はぁーあ……こうなった以上開き直って、私達の関係、公表しよっか?」


「あほう……それは早まりすぎだ」


「でも前に隠さずに接するって言ってなかったっけ?」


「公表するとは言ってねぇよ……」


 半年近くこの世界に居て感じた事だが、やっぱり女性VTuberをアイドル視してる人も少しは居て、男の影が見えることを嫌う人も少なくない。


 でもルイとレイはガチみたいなネタはかなり浸透してるし……実際につぶやいたー上で『ルイとレイは付き合って何年目なの?』みたいなコメントも何件か見たことある。それがネタとしてでも認められてるってのは、かなり凄いことだと思うんだ。


 まぁ……まだ公表する勇気は無いんですけどね。


「あっ、それでね類、今日遊びに来たのは理由があってね!」


「理由?」


「うん! 実は明日、誕生日なんだ!」


「……ん? いや、いち、にー……お前の誕生日は明々後日だろ?」


 俺は指を使って数えるが、彩花の誕生日は3日後であった。俺が間違えてるのか、はたまたそういうボケなのかを考えてると……彩花は首を横に振って。


「違うよー! それは私のじゃん!」


「じゃあ誰のだよ?」


「レイのだよ!」


「……あー」


 一応解説しておくが、VTuberの誕生日は運営から決められるので、実際の誕生日と同じではない。(もちろん同じ人もいるかもしれないが)でも彩花みたいに、偶然近くなったりする人もいるのだ……とりあえず俺はお祝いの言葉を発した。


「おめ」


「ありがと! ……じゃなくて! 明日私、誕生日凸待ち配信するからさ、最後の方に凸して欲しいなーって思って!」


「凸待ちって、電話するやつだっけ?」


「うん、そんな感じ! 掛けて、一言おめでとーって言うだけで良いから!」


「ああ、それぐらいだったら良いけど……何でわざわざ俺に頼むの?」


「だって類、言わなきゃ絶対来ないでしょ?」


「それはそう」


 多分明日になってレイが凸待ち配信やっているのに気づいたとしても、きっと俺は何かしら言い訳を作って行かないだろうからな……その辺の性格を彩花はよく理解している。腐っても俺らは幼馴染なのだ。


「それに……あんな動画が出た後なんだし、みんな期待してるでしょ?」


「……俺とレイの絡みを?」


「そう!」


 彩花は計算高いから、俺が来たら視聴者が盛り上がるって分かってるんだろうな。こういう所はちゃっかりしているのだ、こいつは。


「……でも、期待されてるようなことは何もしないけどな?」


「それでも良いよ! 来てくれるってことが大事なんだから!」


「分かったよ。じゃあ明日な」


「あっ、あとね……」


「ん?」


「彩花の方の誕生日も期待してるからね! 類!」


「……はいはい」


 俺がそう言うと彩花は綻んだ笑顔を見せた。ホント、こいつは何歳になってもお祝いごとが好きだよなぁ。


「ふふっ! 楽しみにしてるね!」


「……」


 ……まぁ。俺も嫌いではないけど。

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