第86話 レイガール二人とデリカシーゼロ男

 そしてバレンタイン当日。また俺ら三人は、事務所の一室に集まっていた。


「前回の撮影から時は流れて、本日レイの配信日。忙しいだろうに、二人とも集まってくれました……本当にありがとうございます!!」


 俺は改めてお礼を言う……そしたら二人は「いえいえ」と首を振って。


「大丈夫ですよ! とっても楽しみにしてましたから!」


「私もです。楽しみで、昨日はあまり眠れませんでしたもの」


「へぇー、いぶっきーでもそんな乙女みたいな現象起きるんだ……」


「……」


 ……その発言に何か思う所があったのだろうか。いぶっきーは無表情のまま、俺に視線を向けてきて。


「どう見ても乙女じゃないですか。骨折りますよ?」


「乙女はそんな物騒なこと言いません……って、マジで殴ろうとしないで!! 怖いって!!」


 俺が喋っている最中に、いぶっきーは拳を振り上げるような素振りを見せた。それに対して、俺は頭を抱えてビビってしまう……そんな様子を見ていたカレンさんは、口元を隠しながら笑ってみせて。


「ふふっ! ルイさんってデリカシーないんですね!」


「カレンさん……それは笑顔で言うことじゃないと思う」


「……あ、ほらデリカシーゼロ男さん。もうすぐでレイの配信が始まりますよ?」


「遂には名前ですら、呼んでくれなくなった……」


 呟きながら俺は、正面に置いてあるノートパソコンの画面に注目する。そこでは、レイの配信の待機画面がループで流れていて。


「こんな風にみんなでレイの配信を見るの、新鮮ですね」


「はい、ドキドキしますね……! あと一分くらいでしょうか?」


「そろそろだ……あっ、始まった!」


 丁度そのタイミングで待機画面から配信画面に変わって、BGMが流れ出し、レイのアバターと部屋のイラストが現れた。同時にコメントが流れる速度も早くなって……それを確認したレイは、アバターを揺らしながら挨拶をするのだった。


『やぁやぁみんな、ハッピーバレンタイン! レイです!』


「なっ……!? 特殊挨拶ですよ!?」


「マジのファンじゃん」


 まさか挨拶一つで、ここまで驚くとは思わなかった……そしてついでと言わんばかりに、いぶっきーが補足を加えて。


「まぁこの挨拶は去年もしてたので、二回目ですけどね」


「……その補足いる?」


「いります!」


 ……やっぱりこの二人、ガチのファンじゃん。いつものノリでレイのことイジったら、両サイドからボコボコにされそうだ……そんな俺がプレッシャーを抱えていることなどつゆ知らず、画面の中のレイは軽快にトークを進めていて。


『いやー今日外に出たんだけど、街は赤色のバレンタインに染まってたよ! 私はイベントごと好きだからテンション上がったけど……そうじゃない一人ぼっちのレイガール、ボーイたちは蚊帳の外みたいで、ちょっと寂しかったんじゃないかな?』


「分かります!!」


「ええ、その通りです。街は……いえ、世界はイベント事に踊らされすぎです」


「……」


 二人は画面の中のレイと対話を続ける。それがちょっと面白かったので、俺は一歩後ろに下がって、二人の様子を眺めていた。


『というわけで、今日はちょっと変わった企画を用意したよ! その名も「架空の恋人のエピソード聞かせて!』配信!』


「わーっ!」「わー」


 そしてレイは、ここで詳しく企画の説明していった。それは俺が事前に聞いていたものとあまり違いは無かったので……動画にする時はここカットかな。


『じゃあ早速行くよー! まずはトップバッター、モルモルもっとさんから頂きました! 私の彼氏は5人組アイドルグループのリーダーです! 一緒にテレビを見ている時、彼のライブ映像が流れたのを見て、私が「このコンサートどうだった?」と聞くと「この時めちゃくちゃ腹痛くて大変だった……」みたいな貴重な裏話を話してくれます……』


 説明が終わったレイは本題に入り、レイガールのお便りを読み上げていった。慣れてるのか、噛まずにスラスラと話すレイの姿に、俺は少しだけ驚いてしまった。


「初っ端からすげぇぶっ飛んでるな……ってか裏話がそれで良いのか?」


「それぐらいが丁度いいんですよ。リアル過ぎるとちょっとアレですし……私達ももっと設定を盛るべきだったでしょうか?」


「……はっ! 普通に楽しんでました!」


 ……そんな感じでレイは何通かエピソードを読んでいった。選ばれていたエピソードはどれも個性的で、強豪揃いだったから、ワンチャン誰のお便りも読まれないんじゃないか……と思っていた刹那。


『次は……べっきーさんから頂きました!』


 ……そこでガタッっと音を立て、いぶっきーは立ち上がり。


「私です、立ちます……!!」


「『お前じゃねぇ座ってろ』の逆バージョン!?」


「選ばれるなんて凄いです! 伊吹さん!」


「ありがとうございます……これ、想像の百倍嬉しいですね?」


 まさかのいぶっきーが応募した『星雲坂隼人』が採用されていたんだ。それで三人でやいのやいの盛り上がっている間に、レイはそのお便りを読み上げ、感想を語って……。


『……なるほど、草食系男子って感じだね! でもただ大人しいだけじゃなくて、気を引こうとしているのが愛おしいね……! このべっきーさんの丁寧な文章から、とっても相性が良さそうだってことが伝わってくるよ!』


「流石です、レイ。よく分かってます……今度紹介しますね?」


「……いないからね?」


「はぁ……そういうのを無粋って言うんですよ。ノン・デリカシさん」


「ルイ・アスティカ、みたいに言うの止めて!!」


「あーほら、お二人とも! 次の人が読まれるからお静かに……!」


 と言った所で、レイは次の人のお便りを読み上げて……。


『次はレンカさんから頂きました! 彼の名前は……ふふっ、犬光シャイニー!』


「あっ」「あ」


 その名前を聞いた瞬間、さっきまでの委員長ムーブは何処へやら……カレンさんは大きな声を出し、喜びを最大限に表現するのだった。


「きっ、来ましたぁ!!!! 私、やりました!!!」


「……おめでとう」「おめでとうございます」


 俺らの声はもう届いていないのだろう……カレンさんはパソコンに耳を押し付けるほど近づき、レイの声をダイレクトに感じて。


『……うんうん、なるほど! シャイニーが虫を逃がすのが上手いってのが良い! 小学生の頃はめちゃくちゃモテてたんだろうなーってのが想像できるね!』


「はい、そうなんです!! シャイニーはモテてたんです!!」


『休みの日はキャッチボールやフリスビーをしています……健康的で良いね! きっとシャイニーはとっても健気で、レンカさんを元気にさせてるんだろうなーのが伝わってくるよ!』


「そうなんですよ!! レイさん!! 今度シャイニーと一緒に挨拶行きます!!」


「……だからいないからね?」


「ちょっと静かにしてください! ノン・デリカシさん!!」


「いやそれ流行らせないで!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る