第74話 ルイの推しアイドルだ!!!

 ──そしてライブ開始30分前、俺らは同時視聴配信の準備を進めていた。みんなで机を動かし、椅子を並べる作業をしながら俺は口にする。


「そういや気になったんだけど、誰のアカウントで配信やるんだ?」


「えっ? 誰でも良いけど……言い出しっぺだし、あたしがやろうかな! じゃあパソコンとマイクと何か借りてくる!」


「リリちゃん場所分かる? ついて行こうか?」


「誰かに聞くから大丈夫だ!」


 そう言ってリリィは勢い良く会議室から出ていった。そして残されるは俺と七海さん……何を話せば良いんだろうか。でも七海さんはルイ民だって言ってたし、視聴者と話すノリ……とまではいかなくとも、フランクな感じで喋っても怒られはしないだろう。


 そう思った俺は椅子の設置作業を終え、それに座って……七海さんに話しかけてみることにしたんだ。


「あの、七海さん」


 そしたら彼女は、ちょっとだけ口角を上げて振り返ってくれて。


「どうしたの?」


「えっと、普段何されてるのかなって思って」


「ん、私の職業を聞きたいってこと?」


「いや、そこまでは聞いてませんけど……」


 どんな配信をしてるのかなぁってニュアンスで聞いたんだけど、ちょっと違う方向で受け取られたみたいだ。もちろんVTuberって特殊な仕事だから、あまりプライベートを探るような質問は避けたほうが良いってのは分かってたが……。


「ふふっ。ルイ君が私に興味持ってくれるの嬉しいな?」


「あっ、はい……」


 まぁ喋りたそうにしてるし良いのかな……思った俺は、それ以上何も言わずに頷いたんだ。そしたら七海さんはサラッと答えてくれて。


「私ね、声優やってるんだ」


「えっ!? 凄っ!?」


 声優さんだったのか……!? 言われてみれば確かに、聞き取りやすい声してる気がするけど……これがプラシーボ効果ってヤツだろうか?(多分違う)そして七海さんはそのままの表情でお礼を言って。


「ありがと。でも現実ってのはシビアな物でね、中々芽が出らずにいるんだ。最後に声のお仕事も貰ったのも随分前だから……自分のことを声優って名乗って良いのか、分からないくらいなんだけどね?」


「あ、そうなんですか……」


 俺は何とも言えない表情をしてしまった……ネットの情報ぐらいでしか知らなかったけど、やっぱり声優って厳しい世界なんだな。そんな俺を見た七海さんは気を遣わせない為か、続けて話をしてくれて。


「うん。それでお仕事も無くて困ってた時に、ここがVTuberを募集しててね。ダメ元で応募したらそれが受かちゃって、今に至るんだ。今ではもうこっちが本業って感じかな」


「へぇ……紆余曲折ありましたね」


「だね。でも今が一番楽しいよ。私のやりたいことやって、応援してくれる人がいるからさ。居場所が出来たってのは、大きいのかも」


 それを聞けて少し安心した。そっか、七海さんもこの場所に救われているんだな。


「そうですか、俺も今がすっごい楽しいですよ。これも全部……」


「レイちゃんのお陰?」


「……はい。面と向かってじゃ言えないけど、アイツのお陰で俺はこんなに楽しい日々を送れていて。毎日が……幸せで。アイツのためなら何だってしてやりたいって思ってるんです。だってアイツは俺の光なんですから」


「……」


 そう言うと七海さんは袖で口元を抑え、プルプルと震えながら後ろを向くのだった。えっ、どうしたんだろうか……?


「七海さん?」


「……いやぁ。ルイ君の言葉で疑惑が確信に変わっちゃって、ニヤニヤを抑えようと頑張ってるところかな」


「えっ、どういうこと……?」


「分からないならいいよ。その鈍感さも、きっとルイ君の才能だからさ?」


「は、はぁ……」


 そしてこっちに向き直った七海さんは、わざとらしく話題を変えてきて。


「それで……ルイ君が年末ライブに出なかったのは、新人さんだったからかな?」


「ですね。まぁお誘いがあっても、参加してたかは分かりませんけど……七海さんは何か理由があって参加しなかったんですか? 忙しかったとか?」


 逆に俺も尋ねてみた……そしたら七海さんは首を横に振って。


「ううん、単に私はワガママなだけだよ。ライブの練習する時間を配信に割きたいって思って、断っちゃった」


「ああ、そうなんですか。でも別にそれも全然ありだと思います。やっぱりライバーって配信で楽しませてこそですもん」


「だよねー……あ、もちろんライブを頑張ってる子を否定するつもりは無いよ? 普通に音楽は好きだし、見たくなったから今日もここに来ちゃった訳だしさ」


「分かってますよ。それで……同時視聴配信はこのメンバーで確定ですかね?」


「んーかもね。これ以上は増えないんじゃないかな……」


 ……と言った所で扉の開く音と……息を切らした『彼女』の声が聞こえてきて。


「お、遅れてごめんね!! すっごい道混んでて……あ、みんなの飲み物も買ってきたよ!」


「なっ……!!?」


 そこには彩花の姿が……ってお前、今日来るとか一言も言ってなかったじゃないか……!!?


「わっ、レイちゃんだー。来てくれたんだね?」


「ああ、七海ちゃん! 久しぶりだよー!」


 呆然としてる俺をよそに、彩花は七海さんにハグをする……そんなスキンシップをしている後ろから、更に機材を両手に持ったリリィが現れてきて……。


「持ってきたぞ……って、あれっ?」


「あっ、リリィちゃん……だよね? 直接会うのは初めてだよね、こんにちは!」


「……」


 そんな彩花の言葉には返事をせず、リリィは大きく口を開け……俺の方を見て。


「リリィちゃん?」


「……ルイの推しアイドルだ!!!」


「えっ?」


「いや、誤解なんだって!!!!」

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