第69話 メリークリスマス

「えっ……!? いつの間に……!?」


 予想外の言葉に俺は驚いてしまう。だって彩花がプレゼントを買うタイミングなんて、どこにも無かった筈じゃ……!?


「自由行動の時だよ。類に気づかれないように、こっそり買ったんだ!」


「ああ……そういうことか!」


 あのタイミングで買っていたのか。ランジェリーショップに行ったんじゃないか、なんて考えていた自分が恥ずかしくなってしまうよ……ホント俺、ダメダメ過ぎない? 


 だってここで「俺もプレゼントがある」なんて言えたら、めちゃくちゃカッコよくなかったか? それが出来なかった俺は……もう、プランクトン以下……いや、反省は帰ってからにしよう。今は目の前の彩花に集中しなきゃな。


「ありがとう」


 俺はそう言って、その箱を受け取った。重量はそこまで無く、重さだけでは何が入っているか予想は出来なかった……続けて俺は発す。


「開けても良いか?」


「うん、もちろんだよ!」


 承諾を得た俺は箱を開ける……てっきり俺は、ペンとかハンカチとか安価な物を買ってくれたんだと思っていたんだ。だけど、箱の中にあったのは……。


「えっ……!?」


 シルバーに輝くクローバー型のネックレスだった。いや、これはペンダントって言うのか……? ともかく、この輝きは安物なんかじゃなくて。ちゃんとしたジュエリーショップで買った物だと直感した。じゃあこれめっちゃ高かったんじゃ……!?


「類はとっても優しいからさ……カッコいい物よりも、穏やかな物の方が似合うかなって思って。あとベタだけど、類に幸運が訪れますようにって!」


「あ、ありがとう……でも、本当にこんな物貰って良いのか?」


「どうして? アクセサリー嫌いだった?」


「いや、違う違う!! だってこれ、絶対高かっただろうし……! それに俺は何も用意して無いから、何も渡せない……」


 そこで彩花は俺の言葉を遮ってきて。


「ううん。貰ってるよ」


「えっ?」


「類からは毎日、楽しい時間を貰ってる。会う時もメッセージ送り合ってる時も『ルイ』の配信を見てる時も。今日だってそう、こんなに楽しいデートをしてくれた! 私、とっても嬉しかったんだよ!」


「そっか……で、でも! それだけじゃ、俺の気が収まらないと言うか……! 俺も彩花に何か渡したいっていうか……!」


 そんな俺に彩花は肩を寄せてきて……小悪魔的に。


「……分かった。じゃあハグして?」


「……」


「…………わっ」


 ノータイムで俺はハグをした。「何を冗談言ってるんだ」とか「人の目があるから恥ずかしい」とか、そんなことを思わなかったと言えば嘘になる。だけど……目の前の彼女がそれを求めていて、それにも応えられないようじゃ彼氏失格だ。


「こんなんでいいなら、いくらでもやってやる……ありがとう。彩花」


「…………うん。嬉しい。幸せだよ」


「俺もだ」


「……」


「……」


 …………しばらく抱き合って、ゆっくりと身体を離す。彩花の表情には照れと喜びが混ざっているように見えた。俺も同じような顔をしてるだろうか……無言のまま、俺らは顔を見合わせあった。


 そして彩花は笑って、俺の手を握って……こう尋ねてきた。


「ふふっ……ねぇ類。クリスマスの予定って何かある?」


「配信するよ」


「そっか。私も」


「……」


 あわよくば、なんて考えていたけど……お互い配信するのなら、下手なことはしない方がいいかもな。急に二人が配信を中止したら、変な勘ぐりをしてくる人もいそうだし……それで彩花も同じことを思ってくれてたのか、少しだけ寂しそうに。


「一緒にいたかったけど……両方とも配信じゃ仕方ないね。類も配信スケジュールとか言ってるよね?」


「ああ、言った気がする」


 俺の配信は結構気まぐれでやるが、クリスマスは配信するってどっかのタイミングで言っちゃった気がする。彩花の方は毎週、配信のスケジュールをつぶやいたーに載せていて、来週の分ももう上げてた気がするから……今からの変更は止めとくのが賢明だろうな。


「……まぁ、俺らはいつだって会えるんだし。クリスマスなんか、何日か遅れてやったっていいんだよ。いつでもいいから、クリスマスパーティでもやろうな?」


「うん! そうだね!」


 俺の言葉に彩花は明るい笑顔を見せてくれた。そうだ、クリスマスなんか単なるイベントの一つだ。俺らはいつだって楽しむことが……愛し合えることが出来るのだから。


「じゃあ帰ろっ、類!」


「ああ、そうだな!」


 そして手を繋いだまま、俺らは駅へと向かうのだった。俺らの歩幅がいつもより少しだけ狭いような気がしたのは……きっと気のせいなんかじゃないだろう。


 ──


 ……それで結局、帰りの方向は同じで。駅から出た俺は、彩花を家まで送っていくことにしたんだ。ペンダントを片手に、俺はもう一度お礼の言葉を呟く。


「プレゼント、本当にありがとな。大切にするよ」


「うん、嬉しい! ……私ね、ずっと類にお礼がしたかったんだ」


「お礼?」


「うん。私の勝手な行動で、類をこんな世界に連れて来て。ワガママ言って図々しくコラボして、デートまでさせちゃって。楽しいけど……申し訳ないなって気持ちも、ちょっとくらいはあるんだよ?」


 ああ……彩花もそんなこと思ってたのか。そんなの全く気にしなくていいのに。


「いや、確かに説得はされたけど、俺がこの世界に入ったのは自分の意志だし。それに今回のシュプラ勝負の罰ゲームだって、俺が行きたかったからお前を遊びに誘ったんだ。だから……お前が申し訳ないとか、そんなの思わなくていいんだっての」


「そっか……でも、私が言わせたみたいなものだけどね?」


「いいから俺の言葉を信じろって……それとも何だ? 罰ゲームで、もっと過激な命令でもしてほしかったのか?」


「…………」


 すると彩花は足を止め……手を伸ばして、俺の頬をつねってきた。


「だぁっ、いたぁっ!」


「はぁー……やっぱり類は類だね? ま、どうせ配信中だったし……そんなこと言う勇気、無かったと思うんですけどー」


「……」


 いや、それはそうだけど……ってか、今思い出したけど。俺が彩花を……レイを遊びに誘ったことはもう視聴者全員に伝わってるってことだよな? あの時は混乱してたから深く考えてなかったけど……。


「……ど、どうやってみんなに誤魔化しゃいいんだ……?」


「えっ? 今回の罰ゲームのこと?」


「ああ……あれ、絶対切り抜かれてるよな? あのシュプラ配信以来、俺まだ配信してないんだけど……荒れないかな? レイファンにキレられないかな!?」


 そんな風に俺が不安になっていると……彩花は平然とした様子で。


「んーでも、もう隠さなくても良いんじゃない?」


「えっ、えっ!?」


「だって類が遊びに誘ったのは事実だし、下手に隠したり誤魔化そうとした方が変な憶測が飛び交いそうだよ。まだ『てぇてぇ』とか言われてる方が健全じゃない?」


「あ、そっか……いや、でもしかし、うーん……」


 納得したような、してないような気持ちで頭を悩ませてると……彩花は、俺を安心させるように。


「そんなに深刻に考えなくても良いんだよ。一応私らの事務所って男女所属してるし、男女カップリングに理解のある人は多いと思うから大丈夫だよ?」


「……ホント?」


「本当だって。こないだのみんなのコメントも見たでしょ?」


「まぁ……」


 確かにみんな応援してくれたと言うか、祝福してくれた感じではあったが……それを信じても良いのだろうか……?


「とにかく! 類は心配しなくて大丈夫だって! 何かあったら私とかマネージャーとか、いぶっきーとか! 誰に頼っても良いんだって!」


「……そっか。何から何までありがとな」


 ……まぁ。そこまで言ってくれるのなら、俺もみんなのことを信じてみようかな。配信でもいつも通り接した方が、面白くなるのは目に見えてるしな。


「じゃあ……これからはあんまり隠さずに接していくことにするよ。それでいいか?」


「うん!」


 ……そんな会話してると、彩花の家がもう数十歩先に見えてきた。ここで別れるのを察した俺は足を止め、伝えたかったことを全部伝えておくことにしたんだ。


「なぁ……彩花」


「んっ?」


「……また遊び行こうな。次はもっと楽しめそうな場所考えておくから!」


 聞いた彩花は嬉しそうに頷いてくれて。


「うんっ! 期待してるよ! ……じゃあ、この辺でバイバイだね。またね、類!」


「ああ──」


 次の言葉は「またね」じゃなくて……きっとこっちの方がオシャレだろう。


「……メリークリスマス、彩花」


「ふふっ、メリークリスマス、類!」


 …………これにてちょっと早めのクリスマスデートはおしまいだ。色々失敗も多かったけど、彩花が楽しんでくれたなら良かったよ。次は俺からのプレゼントも用意しとかなきゃな……何がいいだろうか。指輪……とか?


「……それだと特別な意味を持っちゃうよな」


 まぁ……ゆっくり考えておこう。そんなことを思いながら一人になった俺は、長い長い帰り道を歩いていくのだった。

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