第52話 これが朝チュンってヤツか……

 ……それから俺らは目も覚めちゃって。夜食にカップ麺を啜りながら、二人で俺の10万人記念配信の内容について考えていたんだ。


 そこで凸待ちや歌枠など様々な案は出たが、これといった物は決まらず……そのまま俺らは疲れ果て、いつの間にか眠ってしまったんだ。記憶もあやふやだから、結局同じベッドで寝たのかすら覚えていない。


 そんな感じだから、変なことはしてないと思うよ……多分。多分な?


 ────


「…………ん。んん……」


 そして次の日。俺は小鳥の鳴き声で目を覚ました……ごめん、嘘。「これが朝チュンってヤツか……」って言ってみたかっただけなんだ。いや、実際には言ってないんだけど……って。


「……あれ?」


 ここで俺は、隣に彩花がいないことに気がついた。でもベッドのシーツには跡が残ってるから、隣にいたのは間違いないだろうけど……じゃあもう起きてるのか……? そう思った俺は身体を起こして、彩花の捜索へと出た。


「おーい、彩花…………ん?」


 ここで俺は、何かキッチンから音がしているのに気がついた。歩いて向かってみると……そこには。


「……あっ、おはよー! 類!」


 相変わらず彼シャツ姿の彩花が、菜箸片手に台所に立っていたんだ。そして彩花の正面には、火の付いたコンロにフライパンが置かれていて……俺は若干困惑しつつ、挨拶を返す。


「ああ、おはよう……何してるんだ?」


「何って、見れば分かるでしょ? 朝ごはん作ってるんだよ!」


「えっ……どうしてそんなことを?」


「だって類、前にお弁当食べたいって言ってたじゃん? だから良い機会だし、作ってあげようかなーって思って! ……あ、勝手に冷蔵庫のモノとか使わせてもらってるけど良かった?」


「いやまぁ、全然良いけど……」


 ……賞味期限とか切れてなかったっけ。卵とか結構前に買ったやつだけど……まぁ焼けば大丈夫だろうか。 


「ふふ、なら良かった! じゃあ、もう少しで出来るから待っててね?」


 そう言って彩花は、目の前のフライパンに視線を戻した。いや、このまま大人しく待つのもな……でも手伝えそうなこと無さそうだしなぁ……うん。とりあえずお礼を言っておこう。


「彩花」


「んー?」


「……ありがとな。飯作ってくれて」


 すると彩花はくるっと、また俺の方を向いて。


「ふふっ、良いんだよ! 私は類が喜ぶ顔が見たかっただけだからさ?」


 と、可愛らしい笑顔で言ってくれたんだ…………あ。やべぇ。好き。


 ──


「よーし、出来たよー?」


 そして数分後……食卓には卵焼きとウインナー、ベーコンがそれぞれ数枚乗った皿が運ばれてきた。俺の冷蔵庫の中に入ってたモノなので当然、全部俺の好物である。


「おお、美味そう! 朝ごはんなんて久しぶりだな……!」


「えー? 類、毎日朝ごはん食べないの?」


「基本な。まぁパンとかは食う時あるけど……」


 言いながら俺は、袋に入ったロールパンをテーブルに置いた。


「じゃあこれも一緒に食おうか」


「うん! いいね! じゃあ手を合わせて……いただきます!」


「いただきまーす」


 言って俺は箸を手に取り、卵焼きを口に入れた。咀嚼する間もなく、彩花の視線が俺に向けられ……そして彩花はちょっとだけ不安そうに聞いてきて。


「……味はどうかな、類?」


「うん。すごい美味いよ」


「……」


「……どうした、その『もう一声』みたいな顔は」


「えっ、そ、そんな顔してた?」


「してた」


 ……不安なのは分かるけども……いや、それとも「毎日お前の飯が食べたい」みたいな言葉を期待していたのか? それは流石に恥ずかしくて言えないけど……まぁ遠回しでなら、何とか言ってやれる訳で。


「……ま。彩花が料理上手なのは知ってたし。きっと彩花は良いお嫁さんになるだろうよ」


「…………それは」


「ん?」


「……それは『そういうこと』って捉えていいの?」


「えっ? ま、まぁ……解釈は任せるよ」


「…………」


 そしたら彩花は言葉を噛みしめるように目を閉じて、胸に手を当てるのだった……え、な、何……怖いんすけど、彩花さん?


「……え、えーっと。それでさ、彩花。昨日の話なんだが……ちゃんと決めなきゃいけないことが、ひとつあるんだけど」


「…………結婚式の日程?」


「いや、飛躍し過ぎだって!!」

 

 び、びっくりしたぁ……色々と段階すっ飛ばし過ぎだって!!


「……まぁでも、当たらずも遠からずって感じなんだけどな。俺らの関係についてなんだが……まだ付き合うとか、そういったことはやめとこうな?」


 俺がそう言うと、彩花の目のハイライトは一気に消え去って……。


「え…………じゃあ、昨日の発言は嘘だってこと……?」


「いや、違う違う違う!! 落ち着けって彩花! 大前提として、俺らはVTuberだろ? それも企業に所属するVTuber……そんな俺らが付き合うことになりました、なんて公言したら大変なことになるだろ!?」


「それは……まぁ……そうだね」


 そのことは想像出来たのか、彩花は渋々頷く。目のハイライトもちょっと戻ったみたいだった。


「だからさ……少なくとも俺らがVTuberである間は、付き合うことは出来ないんだよ! ……まぁ禁止されてるかは、正直運営に聞いてみなきゃ分からないけど。多分ストップが掛かると思う」


「……隠れて付き合うのは?」


「それも考えたけど……彩花が隠し通せるとも思えないんだよなぁ……」


「……で、出来るよ! そのくらい!」


 そうやって彩花は反論してくるが……難しいだろうなぁ。


「だって視聴者はおろか、他のVTuberやスタッフにも絶対にバレちゃいけないんだぞ? 職業上、俺らは常に生配信をしている……そんな中、迂闊な発言やチャットなんかをたった一度でも、一瞬でも表示させてしまったら、それがネットに一生残ってしまうんだぞ?」


「…………」


「それを踏まえて……本当に隠し通せると思うのか?」


 彩花は考える素振りを見せる……そして出した結論は。


「…………それは、厳しいかも」


「だよな。俺だって無理だ。何せ、初回にヤバすぎる放送事故起こしたし。彩花よりヘマするかもしれないんだ」


「……」


 聞いた彩花は悲しそうな顔をする……でももちろん俺だって、彩花と付き合いたくない訳じゃないんだ。


「だからさ……ルールを決めよう。俺らがまぁ……恋人というか、それっぽい関係になるのは二人きりの時だけ、そして完全に配信外の時だけだ。リスク回避のため、恋人っぽいメッセージや電話は原則禁止にしておこう。それで……どうかな?」


 そう言うと、彩花は徐々に笑顔を取り戻していって……。


「うん……良いと思う」


「良かった。もちろんこのことは誰にも言わないで……匂わせとかも絶対厳禁な? ファンって恋人関係の話になると、マジでFBI並の捜査力持つからさ」


「うん、分かった!」


 最終的にいつもの彩花へと戻っていったんだ。


「ああ。だいぶ窮屈な関係になるけど……ごめんな、彩花?」


「ううん、大丈夫だよ。もう類が私のこと大好きだって知ったから!」


「……お、お前なぁ……」


「えっへへー?」


 彩花はイタズラっぽく笑う。今じゃ、その顔を見るだけで俺もつられて笑顔になってしまうよ。


「……ま。俺たちがVTuberじゃなくなった時かな。そこで正式に付き合おうな、彩花?」


「うんっ! 楽しみにしてるよ!」


「ははっ……じゃあ彩花も朝ごはん食べようぜ。とっても美味しいからさ」


「へっへー。だって私が作ったんだもーん?」


 そして俺らは笑い合って……一緒に朝ごはんを食べたのだった。この時間が、今までの人生で一番楽しい朝食の時間だったのは、間違いないだろう。

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