第51話 もう一回ちゃんと言って?

 シンプルだけど、そのまっすぐな言葉はちゃんと俺に伝わった。そうだ……本当は俺だって気づいていたんだ。彩花が俺に対して好意を向けていたことに。そして俺自身も彩花が好きだということに。


 ……でも。気づかないフリをした。見えないフリをしたんだ。関係が変わってしまうことに怯えて。このままの関係が一番丁度いいって、自分に言い聞かせて。


「……」


 ……だけど彩花は今、勇気を出して言ってくれた。だから俺も返事をしなきゃ……真剣に向き合わなきゃいけないんだ。


「…………ああ。ありがとう、彩花」


「……!」


 握る手が次第に強くなる。言わなきゃ……俺も彩花のことが好きだって。ちゃんと伝えなきゃ……!! 


「…………俺もっ、彩花のことが────」


『ピポパピポポポン』


「……ッ!!??」「……!?」


 突然の音に心臓が飛び出そうになる。何の音が鳴ったか、俺はしばらく理解出来ずにいた……それが電話の着信音だと気づいた時には、俺らはちょっと冷静になっていて……繋いでいた手も離れていた。


「なっ……で、電話…………?」


「わっ、私のじゃないよ? だって着信音が違うから……」


 ってことは……俺のスマホが鳴ってるってこと? そのまま音の鳴る方にゆっくり視線を向けると……机の上でスマホが光っていたのが見えた。確かにそのスマホは、俺のあいほーんに間違いなくて……。


「……」


 ……おい。おいおい類よ……何でこういう時に限って、おやすみモードにしてねぇんだお前はぁ……!! バカぁ!! 俺の大バカぁ!! 


 だが後悔しても時は戻る訳もなく、無慈悲にコールは鳴り続ける……そして彩花はちょっと気まずそうに。


「…………あ、出ていいよ?」


「い、いや……そういう訳には……」


 だがこれを無視したからと言っても、さっきの雰囲気に戻れるとは思えないし……どうしよう。ガン無視するか、無理やり電源切るか、ぶん投げるか……。


「……いいから出なよ。こんな時間に掛けるってことは、大事な連絡かもよ?」


「…………ああ。そうだな。ごめん」


 彩花の正論に何も反論が出来なかった俺は、彩花に詫びを入れて……素直に机に置いてあったスマホを手に取った。そして画面を見ると……そこには『根元マネージャー』の文字が表示されていたんだ。


「……ネモさん?」


 ネモさんとは定期的に仕事の連絡を取り合っていたが、こんな時間に掛けてくるのは初めてのことだった。まさか何かトラブルでもあったのか……? 俺は少し不安になったまま応答した。


「……もしもし?」


 そしたらいつも通りのネモさんの声が聞こえてきて。


『あ、夜分遅くにすみませんルイ君。今大丈夫ですか?』


「あ、はい……大丈夫ですけど……」


『本当ですか? 声に覇気がありませんけど……ちなみにさっきまで何かしてました?』


 ……彩花と一緒に寝てました、なんて死んでも言える訳がないんだよなぁ。


「…………トレーニングです」


『ああ、もしかして筋トレ的なことですか?』


「……はい、そうです」


 どうやら上手いこと解釈してくれたみたいだ。まぁ間違ってはないだろうけど……それでネモさんは、ここでひとつ咳払いをして……この雰囲気を一変させるくらい元気な声で、意気揚々と言葉を発したのだった。


『まぁ、前置きはこのくらいにしておいてですね。改めまして……ルイ君! チャンネル登録者数10万人突破、おめでとうございます!』


「…………えっ。えっ?」


 予想外過ぎる発言にどんな反応をしたらいいか分からなくて、俺は困惑してしまう……そしたらネモさんは不思議そうに。


『あれ? ルイ君、もしかして気づいてなかったんですか?』


「えっ、いや、ちょっと調べてみます…………うわ、マジだ!?」


 通話を繋いだまま俺は『ルイ・アスティカ』のチャンネル画面まで飛んでみる……そこには。確かに『チャンネル登録者数10.0万人』の表示があったんだ。


 いや、嘘だろ……!? 流石に早すぎないか……!? だって俺がデビューして、まだ一ヶ月ちょっとしか経ってねぇんだぞ……!?


『もー、しっかりしてくださいよ、ルイ君。ルイ民の方もつぶやいたーで沢山お祝いしてくれてますよ?』


「え、そうなんすか……!? ……後で、お礼言っておきます!」


『はい、ぜひそうしてください……あとルイ君。ずっと言いたかったんですけど、収益化の申請もしておいてくださいね? もうとっくに出来るはずでしょうから』


 収益化? ……ああ、それってもしかして。


「スパチャとかのことですか?」


『はい、それも含まれます。他にも広告収入とかもありますね。収益化をすれば、ルイ君のお給料だって増えますし……ルイ君にお金投げたいって人も多くいますから、良いこと尽くめなんですよ?』


「ええっ……? そんな人いるんすか……?」


『もちろんですよ。自覚ないかもしれませんが、ルイ君はもう人気VTuberの一員なんですよ? だからこんなペースで10万人も突破したんです』


 そっか……いや、別に配信見てくれるだけで俺は嬉しいんだけどね? でもまぁお金は貰えるに越したことはないけども……。


『……では。伝えたいことは伝えたので、この辺りで切らせていただきますね。これからも活動、頑張ってくださいね?』


「あっ、はい、ありがとうございます、ネモさん!」


『はい。失礼します』


 そうして通話は切れた……そのまま彩花に視線を向けると、彩花はずっと俺の方を見てたらしく、バッチリと目が合うのだった。


「…………聞いてた?」


 俺の言葉に彩花は頷いて。


「うん。もう10万人いったんだね。凄いよ。こんなペースは中々見ないもん」


「そうなのか。でも、これはみんなのお陰だよ。コラボや番組の力が大きいだろうし……」


「ううん、類の力も絶対にある。周りだけの力じゃ、こんなにすぐ10万人はいかないよ。そのことは私が一番知ってるから」


「……」


 彩花はそうやって言い切った……ああ、そうだな。彩花は配信者として、伸びるための努力は欠かさないヤツだ。そんな彩花がそう言ってくれるのなら……それを素直に受け止めるのも大事かもしれない。過度な謙遜も必要ないのかもしれないな。


「……ああ、そうかもな」


「うん。そうだよ」


「……」


「……」


「…………あ、そうだ。10万人って。アレ貰えるんじゃないか?」


「アレって……銀の盾のこと?」


「あー……そうそう。そんなやつ。あれカッコいいから、家に欲しいんだけど……」


「ああ……盾はみんな事務所に飾ってるみたいだよ?」


「え、そうなの……? 残念だな……」


「……運営さんに言ってみたら? 特例でくれるかもよ?」


「いや……そこまでするほど、欲しいわけじゃないんだけど……」


「……」


「……」


「…………ふふっ」


「…………ははっ」


「あははっ!」「えへへっ!」


 ここで俺らは顔を見合わせて、大いに笑いあった。この瞬間、お互いに緊張の糸が切れたみたいで……本当に幼い頃に戻ったみたいで。無邪気に笑いあったのが、凄く楽しくて。何だか……とっても心地良かったんだ。


 そして俺はまた、ベッドに飛び乗って……彩花の隣に寝っ転がった。


「あー……!! あははっ、何だかサイコーな気分だ……!」


「ふふっ、やっぱり私の幼馴染は凄いよ! 私も鼻が高いもん!」


「いやいや、それほどでも…………あるかー!」


「…………あるのかー?」


「いや、お前から言ってきたんだろ?」


「……」「……」


「「あははっ!」」


 俺らはまた笑いあった。こんな馬鹿みたいなやり取りが……本当に楽しかった。クサイセリフだけど、こんな時間が一生続けばいいなって、俺は本気でそう思ってしまったんだ。


「…………ねっ。類、もう一回」


「えっ?」


「電話に遮られちゃったからさ、もう一回ちゃんと言って?」


「……何をだ?」


「…………」


 そしたら彩花は無言で、俺の二の腕を強く摘んできた。


「だぁ!? 痛い痛い痛い!!!! 分かってる!! 分かってるってば!!」


「……じゃあそんな意地悪しないで?」


 そう言って彩花は、摘んでいた手をパッと離してきた…………はぁー。やっぱり俺の可愛い幼馴染にゃ敵いませんな……。










「…………ああ。…………好きだぞ、彩花」


「んふふっ、にへへっ……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る