第50話 今度は誤魔化さずに言うから

「なっ────!?」


 きっ、聞き間違えじゃ……ないよな? 確かに彩花は俺の名を言った……つまり、彩花は俺のことが好きって─────


「…………あと、それとー。カレンちゃんでしょ、いぶっきーでしょ、もちちゃんでしょー。リリィちゃんに来夢ちゃん……あ、ロビンくんも!」


「…………え?」


「これが私の好きな人かな!」


「…………」


 …………俺は。……頭が真っ白になった。な、何だ……上手く思考が出来ない……今の気持ちを例えるのなら……そう。丁寧に積み上げたジェンガを、目の前で思いっきりぶっ壊された時のような……そんな感情だ。


 い、いや……たしかに彩花は『好きな人』とは言ったけどさ……!! この流れは流石に『Love』の方の好きだと思ってしまうじゃないか……!? 勘違いしたけど、俺悪くないよな……!?


「あ、ああ……なんだ。俺、てっきり……」


「てっきり?」


「…………何でもない」


 ともかく……早とちりしてしまったのは間違いないらしい。クソぉ……思わせぶりなこと言いやがってぇ…………だけど。どこか落ち着きを取り戻した自分がいたのも確かだったんだ。だってこの理論で言えば、彩花は友人として好きな人しかいないってことじゃないか……? それは逆に喜ぶことなんじゃないのか……!?

 

「そっか。類は?」


 そして彩花は俺にも聞いてきた。彩花の言う『好きな人』が『友人として好きな人』だったら、俺も簡単に答えられる訳で……。


「ああ、俺も……みんな好きだよ。確かに癖が強い人は多いけど、関わってくれた人はみんなとっても優しくて。VTuberだけじゃなくて、マネージャーやスタッフ、塩沢さんも合わせて感謝してるんだ。俺はこの世界に来れて本当に……良かったよ」


 俺は自然とそうやって口にしていた。このVTuberになってから過ごした一ヶ月は、贔屓目に見なくても人生で一番大変で……そして人生で一番楽しかった時間だったからだ。そう思えたのはきっとVTuberのみんなと仲良くなれたから、スタッフさんの協力があったから……そして視聴者からの声援があったからだろう。


 まぁもちろん……目の前にいるコイツの存在が一番大きいんだけどな。


「ふふっ、そっか! 私、類の言葉が聞けて良かったよ!」


 彩花は笑ってそう言った……そのまま彼女は小さな声に変わってって。


「……何回でも言うけどさ。私、類がこの世界に来てくれて本当に嬉しかったんだ。幸せだって、心から思ったんだ」


「そんな大げさな……」


「ううん。大げさなんかじゃないよ」


「……」


 真面目なトーンで否定されて、俺は何も言えなくなってしまう……そこから沈黙が何十秒か続いて。次に口を開いたのは、また彩花だったんだ。


「…………あのね、類。私さ。今日、嘘ついちゃったんだ」


「……嘘? それって……VTuberになったきっかけの話か?」


 心当たりがあった俺は、そうやって彩花に聞いてみた。そしたら彩花はちょっとだけ呆れたように笑いながら。


「……ははっ、あーあ。ホント類は変なところだけ鋭いんだから」


 と。そして時間を掛けて、彩花はそのことを認めたんだ。


「…………そうだよ。私がVTuberに応募した理由はちゃんとあったの」


「そうだったのか」


「……」


「……」


「……えっ、聞かないの?」


「隠すくらい言いたくないことなら、無理には聞かねぇよ」


「でも、さっき好きな人のことは聞いてきたのに……」


「……」


 ……うるさい。何なら好きな人のことは聞いてくるの待ってただろ。俺をハメる気満々だっただろ。


 ……それで彩花も思うところはあったのか、それ以上の追及はしてこなくて。


「……まぁ。類には聞いてほしいから、言わせてよ」


「分かったよ……理由は何だ?」


「寂しかったからだよ」


「……えっ?」


 予想外の答えに俺は一瞬固まってしまう。えっ、寂しかったって……。


「どういうことだよ? 別にお前、友達いない訳じゃないだろ?」


「まぁ……全くいないとは言わないけど。何でも話せる親友のような人はいなくてね?」


 そんなの俺もいないって。


「いやいや、親友なんていない人の方が多数だろ? それにお前……中学の頃イケイケのグループに所属してたじゃないか」


 俺の発言に彩花はクスッと笑って。


「いつの話してるの、類は。しかも中学の時のグループなんて、全然仲良くなんかなかったし」


「えっ、いつも群れてたのにか?」


「女の子には色々あるんだよ」


「……」


 ああ……そうだったのか。今になって、女子グループの闇を知るとは……そして彩花はちょっとだけ物憂げに。


「……そんな訳で、唯一私が心を許せるのが幼馴染の類だったんだけどさ。いつからだったかなー。類はどんどん私と距離を置くようになってさ。学校で話しかけても、すぐどっか行くし。高校は全然聞いたことない遠い所に行っちゃうし。私に何も言わず、実家からも出ちゃってるしさ」


「…………そ、それは……」


 痛い所を付かれて、俺は何も言えなくなってしまう……そんな俺を見かねたのか、彩花は優しげな声に変わって。


「……ま、別に責めたりしないよ。全部類が決めたことだし、いつまでも過去に縋って、類のことを思ってた私が悪いんだ」


「彩花……」


「……でもね。そんなこと絶対にないのに。類は私のこと嫌いになったんじゃないかなって、当時は思っちゃったんだ」


「……」


「だから類に会えなかった。なかなか電話も出来なかった。たまにメッセージ送るのが精いっぱいだった。それでも、類から返事が返って来ないことも結構あったしさ」


「……ご、ごめん……」


 思わず俺は謝っていた。確かにあの時の俺の行動は、そう勘違いされてもおかしくないものばかりだった。ああ、俺は本当に酷いことしちゃってたんだな……。


「……でね、そんな時にさ。VTuberのオーディションの話を知ってね。当時はVTuberって概念が発展してる真っ只中で、私も存在は知ってて。もしも自分がVTuberになったら、何かが変わるんじゃないかって。親友が見つかるんじゃないか、寂しくなくなるんじゃないかって思って、応募してみたんだ」


「……」


「我ながらとってもヒドイ動機だと思うよ。でも何でかね、オーディションは順調に進んじゃって……VTuberになれちゃったんだ。そして世界はこんな私を受け入れてくれて、ちょっとだけだけど人気も出ちゃって。いぶっきーやカレンちゃんみたいな親友も出来たんだ。とっても楽しかったし、今も凄く楽しいよ。だけどね…………類のことは忘れられなかった。類の代わりなんかいないんだって、思い知ったんだ」


「……」


「そんなある日ね、思いついたの。企画として、類を家に呼んで放送しようって」


「……何でだよ?」


「VTuberになったことを類に知らせたい、類のゲームの腕を視聴者のみんなに知ってもらいたい、マンネリ気味だった放送を盛り上げたい……色々あるけど、とにかく類と会うきっかけが欲しかったの。だから私は勇気を出して、類を家に呼んだんだ」


「……そうだったのか」


 俺は彩花から遊びに誘われたことを軽く考えてたし、彩花の様子も特におかしい所は見当たらなかったから、何とも思っていなかったけど……そんなに葛藤していたんだな。ああ、俺の鈍感が憎すぎるよ……何で早く気づいてやれなかったんだ。


 俺は後悔で唇を噛みしめる。でも、彩花のトーンはどんどん明るくなってきて。


「……でもね。家に来てくれた類を見て、私はすぐに安心したんだ。だって類は全然変わってなかったんだもん。『ああ、全部私の勘違いだった』って思って。そして放送が終わった後に類が『久しぶりに遊べて楽しかった』って言ってくれて。その時私、本っっ当に嬉しかったんだ!」


「…………!」


 彩花の言葉に、思わず俺は泣きそうになってしまう。だけど泣いちゃ駄目だ……だって……ずっと泣きたかったのは、彩花の方なんだから……!!


「そっか……ごめんな。勘違いさせて。避けてばかりで。あの時は……お前と一緒にいることをからかわれて、恥ずかしかっただけなんだ。だから…………お前のこと嫌いだとか、そんなの思ったこと一度もねぇよ」


「あっ、わっ……!」


 言葉だけじゃ全て伝わらないと思った俺は、ここで彩花の手をギュッと握ったんだ。俺の行動に彩花はちょっと驚いたみたいだけど……。


「……嬉しい。良かった。本当に良かったっ……!!」


 すぐに受け入れてくれて。彩花はその手を自分の胸へと抱き寄せてくれたんだ。俺はその触れてる胸の柔らかさより……彩花の心臓の鼓動の方に意識を取られた。さっきまであんなにも俺をからかってた彩花が……こんなにもドキドキしてる。俺を意識しているんだ。


「…………あっ、あのね、類。さっきはごめん……今度は誤魔化さずに言うから。ちゃんと聞いてほしいの」


「……」


 一瞬「何が?」と聞こうとしたが、止めておいた。だって彩花の声がとっても震えていたから。次に何を言うか、察したからだ。


「……ああ」


「……」


 そして長い長い時間を掛けて…………彩花はこう伝えてきたのだった。
















「私、ずっと前から類が好きだよ。もちろん異性として、だよ」

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