第49話 修学旅行かよ

 ──


 ……それから俺はシャワーを浴びて、いつもの寝巻きスタイルへと変身した。一人でいる時はそこまで気にしていなかったが、ダボダボな紺色の服と穴の空いたズボンは誰かに見られるとなると、ちょっと恥ずかしくなるな。


「……まぁ、彩花の方が何倍も恥ずかしい格好してるか……」


 そう呟きながらタオルを手に取り、頭を拭いて脱衣所を出る。そのまま寝室に向かうと、そこには……。


「……え、ええ……?」


 ベッドで仰向けになったまま、目を閉じている彩花の姿があったんだ。彼女は無防備にも何も羽織らず、大きく足を広げていた。


「おい彩花……寝てるのか?」


「……」


 彩花の反応はない。更に近づいてみると、さっきまで留まっていたシャツのボタンが、ひとつ開いていることに気が付いたんだ。もっと近づけば、その彩花の(控えめな)谷間でも拝めるかもしれないが……。


「…………」


 ……絶対にこれは罠だ。俺の中のライトくんが例のポーズでそう言ってる。だってさっきまであんなにはしゃいでた彩花が、こんな短時間で眠るとは思えないし。それに寝息がわざとらし過ぎるもん……ほら、もう「すぴーすぴー」言ってる。こんなはっきり言葉にして言うの、アニメキャラくらいしかいないよ。


 うん、ここから考えるに……俺が少しでも変な行動をしたら、その瞬間に彩花は目を開けて捕まえて、ひたすら俺をからかうつもりだったのだろう……だが、名探偵ルイの前では寝たふりは通用しないのだ。残念だったな。


「……ふー」


 ここで俺は冷静に、横にあった毛布を彩花に掛けてやって……ポツリと呟いた。


「あー。彩花は寝ちゃってるみたいだし。仕方ないから床で寝ようかな」


「……えっ! それはダメだよ!」


「やっぱ起きてんじゃねぇか」


 俺のツッコミで彩花は身体を起こす。そして俺と目が合って……「はっ、しまった!」みたいな表情をしたまま、手で口を塞いだのだった。


「はぁ……何で寝たふりなんかしてたんだよ?」


「えっと……類がどんな行動するかなーって思ってね?」


「……さっきも言っただろ。そんなことはしないって」


 まぁ……口ではこんなこと言ってるが、彩花が起きていると知っていたから、こんな紳士的な行動を取った訳で。もしも彩花が本当に寝ていると知っていたら、俺はどんな行動を取っていたか……分からないんだけどね?


 それで彩花はちょっと申し訳なさそうに、顔を俯かせたまま。


「そっか……ごめんね? 試すようなことしちゃって」


「……別にいいけど。でも絶対、俺以外の奴にそんなことすんなよ?」


 そしたら彩花は食い気味に反応してきて。


「分かってる。類だからやったんだよ?」


「……」


 うん……前も言ったと思うけど、彩花は俺のことを信頼し過ぎてるというか、何と言うか……少し心配になるよ。それとも俺が変に意識してしまっているだけなのか?


「ふふっ……じゃあ。ちょっと早いけどもう寝よっか、類」


 そして彩花はそんな提案をしてきたんだ。彩花の言う通り、寝るには少々早い時間だけど……このまま起きてても変に緊張してしまうだけだし。俺が俺でいるうちに、早いとこ意識を失うのが最善なのかもしれないな。


「ああ……そうだな。寝るか」


 彩花の提案を受け入れた俺はそう言って、ベッドに腰掛けた。そこでちゃんと俺の服装を見たらしく、彩花は俺の袖を優しく引っ張ってきて。


「何だかこうして見ると類の格好、新鮮でカワイイね?」


「あんま見んな……それよりお前の格好の方がヤバいからな?」


「えっ? あ、あはは……」


 俺の言葉に彩花は笑って頭を掻く。どうやら照れという概念はまだ残っているらしい……安心した。


「……つーか今ならまだ間に合うから、下履かないか? 恥ずかしいどうこうの前に寒いだろ?」


「大丈夫だよ。部屋暖かいし。それに……こんな格好二度と出来ないだろうから、存分に楽しみたくて……ね?」


「あ、そう……じゃあもう好きにしたら良いんじゃないすか……」


 半分呆れたまま俺は横になって……電気のリモコンを手に取った。


「じゃ、電気消すぞ?」


「うん!」


 そして彩花も横になったことを確認した俺は、ボタンを押して部屋を暗くしたんだ。彩花の姿もぼんやりと見えなくなるが、隣りにいる彼女の温もりは確かに感じていた。


「……」


 ……ふと、俺は思う。横になってこっち向きで寝てるってことは、彩花と顔を合わせているってことだよな……そんなのムリムリムリ、意識し過ぎて寝れないよ。


 そう思った俺は彩花に背中を向けるように寝返って、落ちるギリギリまで彩花と距離を離したんだ。


「あー類、毛布引っ張らないでよ!」


「……」


「それに、そんな離れると落っこちちゃうよ?」


「……」


「……ま、類が寝やすい体勢で良いけどさー」


「……」


「もー類。何か言ってよー?」


「……寝るんじゃなかったのか?」


 俺の言葉に彩花は「えへへっ」っと笑って。


「布団に入ってからが本番でしょ? こうやってくらーい部屋で、二人で天井見上げて……そこで顔も動かさず、声だけでお話するのが一番楽しいじゃん?」


「修学旅行かよ」


「類は好きな人いる?」


「だから修学旅行かって……」


「……私はいるよ?」


「…………はっ?」


 予想もしなかった彩花の言葉に、一瞬時が止まる…………えっ、だ、誰だ? 


「…………」


 その言葉が……言えなかった。喉元まで出かかったが……出なかった。怖くて。何がってそれは……が出てくることが、だ。


「…………」


 …………な、何だよ。どうして俺は焦ってるんだよ? 彩花は俺の大切な幼馴染じゃないか。そんな彼女に好きな人がいるのなら、応援してやるのが当然じゃないのか? 頑張れって言ってやるのが、本当の友達なんじゃないのか……?


 ……なのに。それなのに……どうして、こんなにも俺の呼吸は苦しくなっているんだよっ……!? 


「……」


 ……彩花は何も言わない。待っている。返答を待っている。俺が聞かなきゃ、何も喋ってくれない……いけ。勇気を出せ。動揺してるって悟られないように、平常心で聞いてみるんだ……声を出すんだ……類!!


「…………それって……誰だよ?」














「類だよ?」

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