第48話 からかい上手の彩花さん
──
「それで……寝る場所はどうしようか?」
そして俺は寝床を決めようと、すぐ隣の寝室へと視線を移す。当然俺のベッドは一人用なので、二人並んで寝るのはかなり厳しいと思うんだけど……。
「……」
……どうも彩花は何かを期待してるみたいだった。いやいや、二人は流石に狭いって。それにお互いがくっついて寝るのは……もう完全に言い逃れが出来ないんだってば。まぁ……冷静に考えるのなら、二人離れて寝るのがベストなんだろうけどさ。
「うん……じゃあ彩花は俺のベッド使ってくれ。俺は床で寝るからさ」
俺がそう提案すると、彩花は強く反論してきて。
「えっ、そんなのダメだよ! 類が使って! 私が床で寝るから!」
「いやいや、客人を床で寝させる訳にはいかないだろ? だからここは大人しく、俺に譲らせてくれって」
「嫌だよ! 私、こんなに類に迷惑かけちゃってるんだから! だからせめてベッドは類が使ってよ!」
「いや、そう言われてもなぁ……」
いくら彩花に誘導されたとは言え、俺の方から家に泊まる提案をしたんだ。だから俺がふかふかのベッドで寝て、彩花を硬い床で寝させるなんて……そんな無礼なことは出来ないよ。でもこのままじゃ、彩花は一歩も引いてくれなさそうだしなぁ……。
そんな困った顔の俺を見た彩花は……もの凄い棒読みで。
「んー、あーそうだー! じゃあ二人で寝ようよー!」
「……」
……まさか、そっちからそんな提案してくるとはな。もしかして狙っていたのか? まぁ何にせよ……「ああ、良いぞ! 一緒に寝よう!」なんて言葉、俺から言えるはずがないんだよなぁ……。
「あのなぁ……お前、何言ってるか分かってるのか?」
「えっ? 分かってるよ。それに……ほら! 私達、一緒に寝たことあったでしょ? だから全然大丈夫だよ!」
「……」
信頼してくれるのは嬉しいけど、何て言ったらいいのか……それに一緒に寝たことあったって……いつの話だよ? そんなこと、ある訳が…………。
「…………あ。もしかして。それって保育園のお昼寝の時間のことか?」
──突如、頭の奥底に眠っていた記憶が呼び起こされた。ああそうだ、確か俺が彩花と同じ保育園に通っていた頃、お昼寝の時間に彩花が俺の所までやって来て……それで一緒に寝たことがあったんだ。誰からも見えないように、お互いに抱き合って。
もちろん当時は性欲も何も無かったから、ただ純粋にぬくもりを感じていただけなんだろうけど……その暖かさは、不思議と何か心地良かったのを覚えていた。
それから俺らは小学生中学生と成長したが、その話題は一切出てこなかったから、てっきり彩花は忘れたものかと思っていたし、何なら俺もさっきまで忘れていたんだけど……そのまま俺は彩花に視線を向ける。そしたら彼女はポツリと。
「……ウソ、覚えてたんだ」
彩花は恥や喜びや驚愕が入り混じった、よく分からない表情をしていたんだ。まさか言い当てられるとは思っていなかったのだろう……ま、流石に何十年も前の話だから、意図とかは聞いてやらないでおくけどさ。
「……はぁー。とにかく。あの頃と違って俺らは成長してるから、二人でベッドで寝るとなると絶対に狭いぞ? 分かってるのか?」
「狭いのが嫌なら、私が床で寝るから!」
「いや、だから……俺が床で寝るって言ってるだろ? 何なら床で寝ることだって、日常的にやってるから、本当にお前は何も気にしなくて良いんだぞ?」
「じゃあ私も床で一緒に寝る!」
「それはもう訳分かんなくなってるって!」
ツッコミを入れた俺は頭を抱える……はぁ。彩花はどうしても譲らないつもりらしい。一度こうやると決めた彩花は、てこでも動かないのを俺は知っているから……ここは俺の方から折れてやるしかないみたいだ。
「はぁ……あー、分かったよ。お前がそこまで言うなら、一緒に寝てもいい……でも!! そういうアレなことは絶対無しだからな!! 分かったか!?」
渋々承諾した俺は、そう強く彩花に釘を刺しておいた。聞いた彩花は笑いながら。
「分かってるよ。それにこういうことって、普通女の私から言うものじゃない?」
「いや、まぁそうだけどさ……」
もちろん俺だって性欲が一切無い訳じゃない。何ならある方に分類されると思う。ただ……もしも彩花とそういった一線を超えてしまったら、絶対に関係がおかしくなってしまうのが目に見えているから、ここまで強く言っているわけで。それは彩花も分かってくれているとは思うんだけど…………多分。
そんな俺の心情を理解してるのかしてないのか、彩花はまた微笑んで。
「ふふっ、よし! じゃあ類のベッドが二人に耐えられるか検証しておこっか!」
「いや検証せずとも、二人くらいなら大丈夫だと思うけど……」
「えっ、何で分かるの? あ、もしかして……!」
「……耐荷重を前に見たんだよ。変な勘違いは止めろ」
彩花は絶対、俺が人を呼んだことないって知った上で聞いてるよなぁ……何かからかわれてばかりなのも癪だし、俺もからかってやろうかな……。
「ふふ、そっか! ちなみに何キロまで良いの?」
「確か150キロまで大丈夫だったはずだ。俺が60キロくらいだから……お前が100キロもなければ大丈夫だぞ」
そう言って俺は、彩花の身体を上から下までジロジロと眺めていった。そしてそのまま顎に手を当てて……。
「……やっぱ止めとくか」
「なっ、そんなにある訳ないでしょ! バカぁ!!」
「だガッ……!!!?」
彩花から背中を強く叩かれた。痛い。こんなのあんまりだ。
──
そして俺らは寝室まで移動して、俺はベッドの上に横になった。ああ、彩花が使うのなら、ここもちゃんと掃除しとくべきだったな……と、落ちてる髪の毛を拾い上げながら俺は思う。
「ふふ、じゃあ私も!」
ここで彩花もベッドに乗ってきた。ミシッとベッドの軋む音がして、彩花と身体が触れ合うが……そのくらいでは俺は動揺しない。何故なら俺は、素数を数えて心を落ち着かせるという方法を思い出したからな……。
「……あっ。顔近いね?」
「……ッ!?」
隣を見ると、今まで見たことないほど至近距離の彩花の顔面があった。あっ、えっ、こうして見るとコイツ、顔整ってて普通に可愛いくね……? ……いや、おちおちおち落ち着け俺!! 2、3、5、7、9……いや9じゃねぇ……!!
「やっぱり類って凄い色白だなー。羨ましい。あんまり外に出ないからかな?」
そして彩花は俺の頬に手を当ててきた。女性らしいその細い手が、とってもくすぐったくて……何か……もう……限界だった。
「……だ、だぁあああ!! もうっ!!」
叫びながら俺は起き上がる。そしてベッドから飛び降りて、その場から離れていった。
「あ、類、どこ行くの?」
「お、俺もシャワー浴びてくる!」
そう言って、俺は一度も振り返らずに脱衣所へと向かうのであった。
「……はぁ……はぁ……これ明日まで持つのかよ、俺の精神は……!?」
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