第47話 怪我の功名?

「あっ、彩花!? お前、し、下は……!?」


「……何も履いてないよ。だってパンツも濡れちゃったもん」


「…………!!???」


 ……絶句。握りこぶしでも入りそうなほど、ぽっかりと開いた俺の口は何十秒も塞がらなかった。だって……だって、この薄いシャツ一枚の下には……彩花の……裸体が…………!?


「いや、お前!! 流石にそれはマズいって!! 駄目だって!! ヤバイって!!」


「……でもシャツを置いてたってことは……期待してたんでしょ?」


 ……図星。だが「はいそうです、彩花の彼シャツ姿を期待してました」なんて、口が裂けても言えるはずがない。そんなの恥ずかし過ぎて自害モンだ。


「ちょ、と、とにかく服を……ズボンを履いてくれ! ノーパンでも良いから!!」


 一周回って、更に変態チックなことを要求しているようにも見えるが……これは彩花のことを思っての発言だった。「じゃあ何でお前はシャツ置いたんだよ」なーんて指摘も入りそうだが……だってマジで着てくるとは思わないじゃんか!! なぁ!!


 そして……彩花はギリギリ俺に聞こえるかどうかの小さな声で。


「……私は大丈夫だよ。それに……こういうのちょっと憧れてたし……」


「彩花が良くても俺がマズイんだってば!!」


 だってどこ見て喋ればいいか分かんないし!! それにほら……俺だって男の子な訳ですし……!! ……生理現象は止められないというか……あ、これ『ダイヤモンドは砕けない』で韻踏めるね……いやいいから落ち着いてくれって、俺!!!!


「とりあえずほら!! これ羽織って!!」


 パニック状態の俺は、すぐ隣の寝室から薄い毛布を取ってきて、それを彩花にぶん投げた。毛布を受け取った彩花は、ちょっとだけ不服そうにしながらも……水泳のバスタオルのように全身を包み込んで、ペタンとその場に座り込むのだった。


「はぁ……あーびっくりしたぁ……」


「……」


 とりあえず彼シャツ姿を隠してくれたことで、俺は多少落ち着きを取り戻す。そして彩花は毛布を羽織ったまま、無言で俺の方を向いてきたんだ。何だ……何が言いたいんだ……? ともかく、何か喋らないと……。


「えっと……彩花も簡単にそんな格好しちゃ駄目なんだぞ? いやまぁ、シャツを脱衣所の真ん中に置いた俺が何言ってんだって感じだけどさ……?」


「…………だからだよ」


「えっ?」


 前半部分が聞き取れなかった俺は聞き返す。適当にはぐらかされると思ったが……彩花は顔を隠すように毛布を口元まで上げ、微かな声で。


「……類だから……だよ?」


 …………え。え、えーっ? なっ、何て返すのが正解なんだよ、ここは……?


「そ、そっか……ありがとな?」


 いや、絶対違うって!! ……でも。彩花は満更でもなさそうな顔してるし……もしかしてこれが正解だったのか? まぁ……答えは彩花のみぞ知るってね……。


「えーっと、それで……彩花。今からお前の服を洗濯して、乾かしてってすると時間は掛かるだろうけど……どうする? お前が良いなら、今から洗濯するけど……」


「私は、明日になってからでも大丈夫……だよ。これ以上類に迷惑かけられないし……」


 ……明日? じゃあ今日はどうやって過ごすんだよ……? ……って、めちゃくちゃ聞いてほしそうな顔してるんですけど……!? ……だあ、もう分かったよ!! 聞いてやるよ!!


「……あ、彩花。明日って何か予定、あったりするか……?」


「……何もないよ?」


 その間が気になるんですけど……念のため、俺はもう一度問いかける。


「本当に大丈夫なんだな?」


「うん、大丈夫」


「そっか……ならさ。今日は俺の家……泊まってけよ?」


 我ながら何とも下手くそな誘い方だ。でも彩花はこの言葉を待っていたんだろう。特に気にする素振りも見せず、ちょっとだけ首を傾けて俺に聞いてきた。


「……いいの?」


「ああ。でも視聴者にはもちろん……ロビン達にも内緒にしてくれよな?」


 このことがバレたら、変な誤解を生むかもしれしれないし……いや、確実に生むな。そしてどれだけ弁明しようとも、信じてくれない人は信じないだろうから……絶対にこのお泊りのことは、誰にも知られてはいけないのだ。


 そのことは重々理解しているのだろう。彩花はゆっくりと頷いて。


「うん。分かった。二人だけの秘密ってことだね?」


「……ああ。そうしてくれ」


「……………………」


「えっ、どうした?」


 突如、彩花が泣きそうな表情になっていることに俺は気づいた。また俺が変なことでも言ってしまったのかと焦っていると……彩花の方から口を開いてくれて。


「…………あのね。私、とっても最悪なこと思っちゃった。類のグラス割って良かったって、一瞬でも思っちゃった自分がいたの! ホントに……最低だよね?」


「……」


 ……ははっ。ああ、何だ、そんなことかよ。安心した。俺は彩花に近づいて、正面に座った。そして軽く彩花の額を小突いてやって。


「わっ……?」


「……バーカ。そういうのは『怪我の功名』って言うんだよ。全部ラッキーだって思わなきゃ。それに……お前がグラス割ってくれたお陰で、俺だってこんな格好の……彩花を見れたしな?」


 冗談交じりに俺はそう言う。そしたら彩花は徐々に笑顔を取り戻してくれて。


「……ふふっ。ははっ、あははっ! …………類のえっち」


「なっ……!?」


 急に梯子を外された俺は、途端に恥ずかしくなってしまった……そんな俺を見て、彩花は更に笑ってくれて。


「えへへっ! ……でも。類のそういうとこ、ホントに優しいよね。ありがと」


「あ、ああ……」


 ま、まぁ……元気づけられたのなら良かった……のか? そして彩花は一歩前進して……着てるシャツの胸元を引っ張りながら。


「……んふふっ。じゃ、そんな類のために……ここのボタン、もう一つ開けてあげよっか?」


「だ、だからぁ!!! そういうことするなって言ってるだろ!!!??」

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