第46話 ……どうかな? 似合うかな?
「…………あっ、うん! そうさせてもらうね! ごめんね!」
ワンテンポ遅れて彩花はそう言い、急いでその場から離れるのだった。その後ろ姿を見送った俺は、掃除道具入れからほうきとちりとりを持ってきて……グラスの破片を集めながら、起きてしまった事故について考えていた。
……確かにグラスを割ったのは彩花だけど、運ぶよう指示を出したのは俺だし。恐らく足を引っ掛けたであろうコードも、俺がノートパソコンを充電するために出していた物だから……この事故は、俺が引き起こしてしまったと言っても過言では無いだろう。だから彩花が風呂場から出てきたら、ちゃんと謝らなきゃな……。
…………ん? 出てきたら?
……いや、ちょっと待て、彩花の服はびしょ濡れだった筈だ。それは俺がこの目で確かめたんだから、疑いようが無い。だからあの服はすぐには着れないし、乾かすにしたって時間は掛かるだろうし……え、じゃあどうすんの?
俺から「シャワー浴びてこいよ」みたいに言っておいて、服も何も貸さなかったらもう、やらしいどころじゃないし。それはさっき彩花が言ってた狼と、何ら変わりないし……。
「……!」
そして彩花は風呂場に入ったらしく、シャワーの音が聞こえてきた。やべやべ、とりあえず代わりの服を用意してやらないと……えー……何がある? 俺のパジャマでも着させるか? それとも学生の頃から着ているジャージでも貸してやるか……。
「…………あ」
……俺が服を探している最中、部屋に掛かっている白のカッターシャツが目に入ったんだ。いやいや、風呂上がりにシャツなんてあり得ないだろ。ゴワゴワしてるし。それに彼シャツで喜ぶ女子なんて……アニメの中だけの話だろ?
…………なのに。それなのに、どうして俺は……シャツを手にしてるんだ?
「……いや落ち着けって俺!! 流石にこの行動は言い逃れられないって!」
俺はシャツから顔を遠ざけて、独り言を叫ぶ。変なテンションになっているのは間違いなかったが、完全に冷静さを失っている訳でもなかった。でも彩花がどれ着たいかなんて、俺には分からないしなぁ……。
「じゃ、じゃあ……全部置いとくのはどうだ? パジャマとジャージと……シャツ」
三つも選択肢を用意するなんて、本当に優しいなぁ……類くんは。
「……なーんてなる訳が無いんだよな。むしろ下心が透けて見えて、引かれる可能性だって捨てきれないし……」
その考えにたどり着いているくせに、シャツを手放さないでいる俺も、だいぶ頭がおかしいんだけどな……そんなことを思いながら俺は服を持って、脱衣所の扉を開く。そしてシャワー中の彩花へと、扉越しに話しかけるのであった。
「おーい、彩花! タオルと服、ここに置いとくから使ってくれ!」
「……えっ、あっ、うん! ありがと!」
「ああ!」
そしてタオルと三つの服を置いて、そこから出ようとした時……洗濯カゴに、彩花の服が入っていたのが見えたんだ。
「……」
…………ご、ごくり。この中に……さっきまで彩花が履いていた……し、下着が。パンツが……入ってるって言うのか…………?
「…………って、いや。いやいやいや。流石にそれは駄目だろ、人として……!!」
何とか思いとどまった俺は、自分の顔を強く叩いて脱衣所を後にした……そして俺はリビングの片付けを再開したんだ。破片はもう散らばってないし、もう素足で歩いても大丈夫だろう……いや、俺の頭は全然大丈夫では無いんだけどね……はぁー。
「……それで。彩花が上がった後、どうしようか」
このまま帰らせるのは難しそうだし……かと言って、俺の家に泊まるなんて……ヤバいだろ。冷静に考えて。明日平日だし。俺はバイト休みだけどさ。彩花はどうなんだよ。何かあるでしょ。絶対。用事。
「うん……まぁ。彩花の返答次第だよな……」
これ以上一人で考えても仕方ないと思った俺は、お菓子のゴミを集め、無心で掃除を続けるのであった。
……それから数分経って、シャワーの音が止まって。風呂の扉が開く音が聞こえてきた……何で俺はドキドキしてるんだ? 変な妄想を無限に続けてしまう、自分が嫌になってくるよ。
「はぁ……」
俺はため息を吐きながら、見るものも無いのにスマホを開く。そして適当にホーム画面をスワイプして時間を潰していたんだ。そしたらペタペタと足音が聞こえてきて……その音は俺の近くで止まった。それと同時に彩花の声が聞こえてきて。
「……服、ありがとね。類」
「ああ、そんなのいいって。むしろ謝るのはこっちの方────」
言いながら俺は、スマホから顔を上げる……そこには。
「…………ど、どうかな? 似合うかな? えへへ……」
俺のシャツだけを身にまとった……いわゆる彼シャツ、裸シャツとも言われる格好をした彩花が。顔を赤くして恥ずかしそうに。でもシャツの裾を掴んでスカートのように、太ももを見せつけるようにもして……俺の前に立っていたんだ。
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