第42話 それぞれのきっかけ

「……」


 俺は何も言えなかった……ロビンに何て声を掛ければ良いのか、分からなかったんだ。彩花やカレンさんも俺と似たような表情をしていたから、多分同じようなことを考えていたんだと思う。


「……いや、何だこの空気は!? もっと笑ってくれたまえよ!?」


 焦ったようにロビンは言うが……その反応が面白かったので、俺は黙ったままでいることにしたんだ。そしたら彩花は両手で顔を隠しながら、オーバーに。


「し、知らなかったよ……ロビンくんがそんな思いを抱えてたなんて……!」


 ……続けてカレンさんもバッグからラムネ菓子を取り出して、優しい表情で。


「ロビンさん……お菓子、食べますか?」


「いやいや! 謝るな! 気を遣うな! 我はな! その人の連絡先も知っているから、完全な別れをした訳でもないのだよ!」


「何だ、そうなのか」


 てっきりもう会えない関係になっているのかと思っていたよ……そしてロビンは「んんっ」っとひとつ、咳払いをして。


「それにな、この話には続きがあって……いつか我が大きなステージに立ってな。一流のVTuberになったと彼女が認めてくれたら、また会ってくれると約束してくれたのだよ。だからそれを目標に我は活動を続けているし、別に悲しい訳でもモチベが無い訳でもないのだよ!」


『へぇー』

『そうだったのか』

『ロビンにそんな過去があったなんてな……』

『それで結局誰のことなんだ?』

『一期生の「音崎ソラシ」かと』

『あの伝説の人だな!』


 コメントに出てきた、音崎ソラシ……俺はその名前に聞き覚えがあった。俺がこの世界に入る前に知っていた、数少ないVTuberの一人だったからだ。スカサンの第一期生として活動した彼女は、VTuber配信の基盤を作り、スカサンの知名度を上げる立役者として大活躍したのだが……一年前ほど前に引退をしているのだ。


 引退した理由までは知らないが……調べたら出てくるだろうか? ……そしてロビンは、配信中の俺のノーパソを覗き込んできて。


「うむ……コメントでも出てるし、憶測が飛び交っても迷惑がかかるだろうから、明言しておくが。我は音崎ソラシさんのファンだったのだ……いや、今もだな」


「じゃあ連絡先は知ってるけど、それ以来ソラシさんとは会ってないってことになるの?」


「うむ、その通りだ。我が大スターになるその時まで、会わないと決めているのだよ……そうでないと、感動も無くなってしまうだろう?」


『か、かっけぇ……』

『初めてロビンをかっこいいと思ったわ』

『エモじゃん』

『エッッッモ!!』

『応援するぜ、ロビン!!』


「わぁっ……! 何だかロマンチックなお話ですね!」


「○クマンにそんな話あったな」


 正確に言えば違うが……まぁ。意外なロビンの一面を見れたのは良かったかもしれないな。そしてロビンはマジシャンのように両手を広げて。


「……さて、我に時間を取らせてしまって申し訳ないな。次は誰の番だい?」


「あ、じゃあじゃんけんの続きしようか」


 ロビンの次に言う人を決めていなかったことを思い出した俺らは、ロビンを除いた三人でじゃんけんをした。次に負けたのは……カレンさんだった。


「あっ、私ですね」


 そしてカレンさんはちょっとだけ考える素振りを見せて、こう語ってくれた。


「えっと。私はロビンさんみたいに明確な理由が合った訳では無いのですが……私は人と触れ合うことが好きでですね。ボランティアとか、地域の清掃だとか色々な活動に参加してたんですよ」


「ほぇー。それは凄いや」


 一同は感心しつつ、頷いてみせる。


「それで……ある日、VTuberのことを動画サイトで知って。動画を見て、彼女らに元気づけられたのと同時に思ったんですよ。インターネットのこと忘れてたなって、インターネットだったら多くの人と関われるかもって。普段なら出会えないような人とも会えるかもって思ったんです!」


「なるほどー。それでVTuberになったんだね!」


「はい! そしてVTuberのことを調べて、オーディションを受けて……採用の決め手は、あまりインターネットに詳しくないところって言われました!」


「まぁ……そのピュアさは貴重だと思うからね……?」


 ここまで心が綺麗な人は、中々いないと思うからな……特にネットの世界では……そしてカレンさんは少し恥ずかしそうに、身体をくねらせて。


「……あ、あと、恥ずかしくて言ってなかったんですけど。その、元気づけられたVTuberってレイさんのことなんです……えへへ」


「えっ、カレンちゃん……!? すっ……好き!! 結婚しよ!!」


『あら^~』

『てぇてぇ』

『てぇてぇなぁ!』

『イチャイチャ助かる』

『場所がルイの家だということを思い出すと、一層笑いが出てくる』


 ……てぇてぇ光景に歓喜してるコメントをよそに、俺はカレンさんに尋ねる。


「……ってことはカレンさんは、レイより後に入ったってことなの?」


「はい! そうなんですよ!」


「フッ、実は初期のオーウェン組は我とレイ嬢しかいなかったのだよ?」


「へぇーそうなのか!」


 それは知らなかった。


「じゃあ……これから増える可能性もあるってことなのか?」


「それは運営さんだけが分かることですね!」


「め、メタい……」


 そしてカレンさんの話が一段落したということで、残った俺と彩花でじゃんけんをしたんだ。結果は……俺の負けだった。


「じゃあ次は俺だな……つっても、俺が一番きっかけがおかしいんだけどな? レイと遊んでたら、いつの間にかここに立ってたって感じで……未だに意味が分からないけどな?」


「ふふっ! 社長も見る目あったね!」


「……でもレイ、VTuberになる前の俺を配信に出したことで、マネージャーか誰かに怒られもしたんだろ? ホントよくそんな炎上ギリギリのことしたよな?」


 そう言うと彩花は、ちょっと困ったような表情を見せて……。


「…………まぁ、結果良ければ全て良しだよ! だってあれが無かったら、類はここにいないもん!」


「はぁ……まぁそうだけど。一応みんなに言っておくけど、俺はVTuberになるつもりなんか無かったし、レイも俺をVTuberにさせるために呼んだ訳じゃないからな? 説得力無いかもしれないけど……これは本当だから信じてくれよ?」


『でもなっとるやん』


「でもなっとるやん……ってまぁ、そうだけど! 色々あったんだってば! 喋れば長くなるけど!」


『草』

『草』

『そうだぞ! レイに黒魔術かけられてたんだからな!』

『く、黒魔術www』

『黒魔術使って、また最初期のルイが見てみたいな?』


「だぁああああ!! もう! 黒魔術のこと掘り返すの止めろ!! 俺だって必死に設定を考えてたんだからな!!」 


 初配信の頃を思い出して、俺は顔が赤くなってしまう……そんな俺を見て、ロビンは笑ってみせて。


「ハハハ、まぁルイボーイと同じ方法でVTuberデビューする者は、後にも先にも生まれてこないだろうからな?」


「それは言えてますね!」


「そうでないと、大変なことになるからな……うん、よし。最後はレイだな……そういや俺も、レイがVTuberになった理由って知らない気がするや」


「私もです!」


「我もだ」


 そして三人の視線は彩花に向けられる……すると彩花はタイミングを見計らったように口を開いて。


「んーと、私はね。あまり理由は無いんだけど……強いて言うなら退屈だったから、かな?」


 と発した……のだが。


「なるほど。実にシンプルだな」


「でも、それもいいきっかけだと思いますよ!」


「……」


 ……その彩花の目は、どうも嘘を言っているように見えたんだ。

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