第33話 俺が女の子だったら惚れてたな……
それから俺はスキマ時間を見つけるなり、安藤先生の理科準備室……略してアンリカを視聴していた。穏やかで気品のある安藤先生と、不思議ちゃんで自由気ままなもちさんの掛け合いは、非常に惹かれるものがあった。
「これに出れると思うと、めちゃくちゃワクワクするなぁ……!」
第10回アンリカを視聴する頃には、すっかり二人のファンになっていた。
──
そして番組当日。俺はネモさんから送られていたスタジオへと足を運んでいた。
「うわ、やっべぇ……緊張するなぁ……」
もうVTuberの活動は結構慣れたものだと思っていたが、まだまだ俺も新人だなぁ……あ、ちなみにネモさんは他ライバーのマネージャーもやっているらしいので、一緒に現場に来るとか、そういったことはあまり出来ないらしい。
でも困ったらいつでも連絡していいとは言ってくれてるので、そこまで不安では無いけど……できる限りこういうことは、自分だけで何とかしたいよな。思いながら俺は、楽屋が並んでいる廊下を歩いて行く……こっちで合ってるよな?
「……ん?」
そして何歩か廊下を歩いて行った先に……部屋の前に『安藤和夫様』『市ヶ谷もち様』そして『ルイ・アスティカ様』の張り紙が貼られていたのが目に入った。
「……芸能人か?」
こんなのテレビでしか見たこと無いんですけど……とりあえず場所はここで合ってるみたいだが。入って良いんだよな? いやでも誰か先にいるかもしれないし……ノックするべきだよな……え、ノックって2回目だっけ? 3回だっけ!?
「お、落ち着けルイ……」
確かノックは少ない回数より多いほうが良いって、誰か言ってた気がするから……うん、ここは4回だ!
\コンコンコンコン!/
「し、失礼しまーす……」
そしてノックの後にゆっくり扉を開けると、中に男性が座っていたのが見えた。見たところ20代後半から30代前半くらいだろうか。白のジャケットを羽織った黒縁メガネの彼は、絵画になりそうなほど様になっていた。
だっ、誰だこのイケメンは……? メイクさんとかか……? いや、VTuberである我々には必要ないだろ!? じゃ、じゃあまさか……!? 俺が結論づける前に、彼は入り口の方に視線を向けて。
「ああ、こんにちは。ひょっとして君がルイ君ですか?」
「あっ、はい……って、もしかして貴方が……安藤先生ですか!?」
俺の問いかけに、彼は微笑みながら……自分の胸に手を当てて。
「ええ、如何にも。僕があの安藤ですよ」
「えっ、マジですか!! あのっ、俺、今日のためにアンリカ見てて! めちゃくちゃファンになったんです! 第14回のタイムリープ回はホントに神回でした!!」
俺はオタク特有の早口で、感想を伝える……ちなみにその14回のタイムリープ回は、ただ通常回かと思ったら途中でもちさんが暴走してしまい……化学薬品を調合して爆薬を作って、理科準備室を爆破させて。安藤先生が番組冒頭にタイムリープしてしまうという回である。
最終的に安藤先生はもちさんが髪型を変えたことに気づいて、それが似合っていると褒めて暴走のトリガーを押さえて、ループから脱するというオチである……今思うとこれもうボイスドラマの粋じゃない?
そんな俺の感想を聞いた安藤先生は、恥ずかしそうに頭を掻いて。
「あはは。あれを神回と言われると、ちょっと恥ずかしいですね……でも嬉しいです。実はあれ、当日の朝にもちさんから『今日はこんな回にしない?』と提案を受けて、私が台本を書き上げた回なんですよ」
「ええっ、凄っ!?」
まさか台本を書いたのが安藤先生だったなんて……やっぱりこの人天才じゃないか……!?
「……というか。よくその台本にゴーサイン出ましたね?」
「ええ。この番組は凄く自由にさせてくれるんですよ。悪く言えば、任せっぱなしとも言えますが……まぁ、彼女とのネタは尽きることがありませんからね。だから基本的に何でもやらせてくれるこの番組は、とっても好きなんです」
「そうでしたか! それ聞けたの嬉しいです! 俺もこの番組好きで、絶対に終わって欲しくないですもん!」
「ははっ。僕も同じ気持ちです」
また安藤先生は優しく微笑む……ああ。これ俺が女の子だったら絶対に惚れてたな……帰ったら安藤先生のボイス集全部買おう……寝れるまで添い寝してもらおう。
「それで……もちさんはまだ来てないんですか?」
「ああ。彼女はいつも3分前くらいに来られますよ」
「結構ギリギリっすね……?」
「彼女曰く、これでも早い方らしいです。絶対に遅刻しないのは、この番組ぐらいと前に仰っていましたから」
「そ、そうなんですか……?」
それはそれでどうなのかと思うが……まぁ自由人という言葉が似合う彼女だからこそ、許されてる所があるんだろうか。もちろん遅刻しないことが一番なんですけどね。
「まぁ、時間はまだまだあるので……良かったらルイ君、ゆっくりお話でもしませんか? 実は僕もルイ君に会えて感激しているんですよ」
「えっ……!? ホントに!? ホントですか!? すっげぇ嬉しい……!!」
「ええ。初配信から注目していましたからね」
「……」
その単語に俺の表情筋は固まる……ハツハイシン? ハツハイシンからって……。
「…………ってことは。アレも?」
俺は落語家さながら、麺を啜るジェスチャーをする。それを見た安藤先生は、口元を手で隠して上品に笑って。
「あははっ。ルイ君は面白いですねぇ……ええ。全部見てましたよ」
「あ、ああ……マジか……はっずぅ……」
何かすっげぇ顔が熱くなってきた。彩花や視聴者に見られるのとは、また違った恥ずかしさがあるよ……だって俺の尊敬してる安藤先生だもん!! ファンだもん!! 思わず俺は両手に顔を埋めた……。
「いえいえ。初回から爪痕を残し、次の配信でネタにするのは、中々出来ない芸当ですよ」
「ほ、ホントですか……!?」
「ええ。それが出来るルイ君は、きっと大成すると思いますよ」
「あっ…………安藤先生ー!! 俺、嬉しいですっ!!」
その言葉で嬉しくなってしまった俺は、思わず座っている安藤先生の肩を掴んで、軽くハグをした……刹那。後ろから扉の開閉音が聞こえてきて。
「…………あ。センセー。彼氏いたの?」
振り返るとそこには、茶髪のロングヘアに黒マスク。紺のパーカーにチェック柄のスカートを身にまとった少女が突っ立っていたんだ。俺は咄嗟にこう叫んでいた…………。
「ごっ……誤解ですぅっっ!!!!」
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