第8話 俺の一番の才能は

 そして電話が切れてから、お互い無言の気まずい時間が流れていた……いや、何で彩花は配信で俺のことを喋っているんだ? 別に怒っている訳じゃないけど……その理由が分からなくて、ただ俺は困惑していたんだ。


「……なぁ彩花。伊吹さんが言ってたことって本当なのか?」


「……」


 彩花は何も答えず、俺から視線を逸らした……ああ、小さい頃からそうだ。彩花は言いたくないことがあったら、どれだけ待っても答えてくれないんだよな。


「教えてくれないなら調べるぞ。お前のだって、切り抜きが上がってない訳じゃないだろ……」


「……っ、ああ、もう! 分かったってば!」


 俺が言うと、食い気味に彩花は口を開いた。きっとそのことについて話すのは嫌なんだろうけど、目の前で動画を見られる方がもっと嫌だと思ったんだろうな。


 そして彩花は顔を赤らめながら……小さな声で話し始めたんだ。


「わ、私は……時々、配信で類のこと話してるよ」


「……それはどうしてだよ?」


「だって……! 類との思い出はとっても面白いものばかりだし……! 類は私の自慢の、尊敬できる幼馴染だからっ……!」


「……」


 ……前者は百歩譲るとしてだよ。俺が自慢の幼馴染って……冗談だろ?


「……うん。その目だよ……類。いっつも類は卑下するんだ。『俺なんかより凄い人はたくさんいる』って。『俺は優しい人なんかじゃない』って……そんなこと、そんなこと全然ないのにっ!」


「……!」


 俺は目を見開いた。その彩花の言葉が嬉しかったのと同時に、心のどこかが苦しくなっていたからだ。


「類はとっても凄い才能を持ってる。それをみんなに知ってもらうために、私は類とゲーム配信したんだよ?」


「彩花……」


 彩花のただの自己満で放送に誘っていたと思いこんでいた俺は、途端に恥ずかしくなってしまった……そんな俺を見てか、彩花は徐々に笑顔を取り戻して。


「ふふっ……そしたらさ、配信は想像以上に成功してさ! 事務所から声が掛かったのは、流石に私も予想外だったけど! 逆にこれは運命なんじゃないかって、私思ったんだよ!」


「運命?」


「うん! 運命! 類がこの世界に入ってくれたら、きっと色んなことが経験できてさ! 毎日新鮮なことだらけで、とっても楽しいと思うんだよっ!」


 ……新鮮なこと、かぁ。そういや毎日のように彩花と遊んでいた頃は、ずっと楽しかったよなぁ。


 あいつが新しい公園を見つけたのなら、俺が先に大きな秘密基地を作って。あいつが新しいゲームを買ってもらったのなら、俺も同じのを買ってそれを極めて。しょーもないことだけど、彩花を驚かせたいという信念だけで行動していた俺は、今よりも明確に充実していたはずだ。


 ……それから彩花と遊ばなくなってからは、学校と家を往復するだけの生活。それが今は学校がバイト先に変わっただけ……あんな過去があった以上、今の生活が楽しいとは言い難い。


 …………俺は。退屈な日常から、違う世界に踏み出してもいいのだろうか……?


「もちろん、分からないことだらけで不安もあるかもしれないけれど……類には私が付いているでしょ?」


「えっ……?」


「この超人気VTuberの私がさっ!」


 そして彩花はわざとらしく、女児アニメに出てくる決めポーズを取った。そのポーズが……幼い頃の彩花の影と、ピッタリ重なったように見えたんだ。


「……ははっ。あははっ! ……ああ、そうだな。俺にはお前がいる。これは俺の持っている、一番の才能かもしれないな」


「え、えへっ!? いやぁ……それは大げさなんじゃないかな……!?」


「いいや、大げさなんかじゃない。これなら俺は胸を張って言えるよ」


 そしたら……さっきより何倍も顔を赤らめてしまった彩花は俺に背を向けて、置いてたクッションに顔を埋めるのだった。


「……~っっ!!! ああーもう……!! 類ってホントズルいなぁ…………!!」


「何がだ?」


 言うと、置いてあったもうひとつのクッションで顔面を叩かれた。


「いてっ」


「……まぁいいよ!! これで類がVTuberになるのに、納得してくれたってことでいいんだよね!?」


「うーん……まぁ、そういうことになるのかなぁ」


「ふふっ、よーし! 言ったね! それじゃあマネージャーさんに伝えとくから!」


「ま、マネージャー……? え、お前そんな人まで付いているのか!?」


「そうだよ! 聞きたいことがあったら、大体はマネージャーさんに連絡するんだ!」


 VTuberにマネージャーなんているのか……もうそれ、マジのタレントと変わらないんじゃないのか……?


「芸能人みたいだな……」


「ふっふっふー。類ももうちょっとで、その芸能人の仲間になるんだよー?」


「……なんかもう緊張してきた」


「大丈夫だよ! こんな私でも、何とかやれてるんだから!」


 そう言って彩花は俺の背中を叩いた。この瞬間、俺は彩花のことを心強いと本気で思ってしまったんだ。


「そうだな……分かった。少しくらい彩花の言葉を信じてみるよ」


「うんうん、それでいいのっ! 類はもう少し楽観的に生きてみるべきだよ!」


「ああ、だな」


 俺の言葉に彩花は笑みを浮かべる。数分前の表情とは段違いだ。


「よーし! じゃあ時間もあるし、今日もコラボ配信しよっか?」


「それはしない」


「えー何でさー!」


「もう少しと話したいからな」


「……も、もぉっー!! いつから類はそんなカッコつける人になったのっ!?」


「え、別にそんなつもりないんだが……」


 そんなに変な言い方だったか? VTuberとしてじゃなく、普通に喋りたいってニュアンスだったんだけど……まぁ何か彩花、嬉しそうだしいっか。


 …………それから俺は彩花からVTuberの話を色々と聞かせてもらって。そして帰る時に彩花の母が作ってくれたポテトサラダを頂いて、彩花の家を後にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る