第7話 レイがお世話になってるようで……

 ──そして彩花の母に呼ばれた俺らは部屋を出て、数年ぶりに俺は羽石家の食卓にお邪魔することになったんだ。彩花の母親は小さい頃から俺のことを知っているため、快く晩ごはんを振る舞ってくれたんだ。


「久しぶりねー類ちゃん! 来てくれてホント嬉しいわぁ!」


 彩花の母は笑顔で言う。食卓には彩花と母しか見当たらなかったが……おそらく他の家族はまだ帰ってきていないのだろう。確か俺の記憶では、父と妹もいたはずだ。


「あはは……すみませんね。急に彩花に呼ばれたので、来ちゃいました」


「もーホントごめんねぇ? うちの子、類ちゃんのこと大好きだから……小さい頃は類くんと結婚するーって、ずーっと言ってて……」


「言ってない!!!! 捏造しないでよ、ママ!!!」


 そしたら机を強く叩いて、彩花が反論をした。その内容はともかく……彩花ってまだ母親のことママって呼んでるんだね。いや、全然いいんだけどさ。


「はいはい……それで類ちゃん。今、彩花って変な活動やっているみたいなんだけど、類ちゃんは知ってるかしら?」


 変な活動? ああ……もしかしてアレのことだろうか。


「VTuberのことですか? それは少し前に聞きました」


「ああ、やっぱり知ってたのね! 彩花は『絶対に誰にも言わない』って言ってたけど、類ちゃんにはちゃんと伝えてたのね!」


 彩花の母は嬉しそうに言う……それで彩花は少し俯き気味に。


「そりゃまぁ他の人には言えないし……類以上に信頼出来る人なんていないし……」


「ふふ。やっぱり彩花、今も類ちゃんのこと……」


「だぁぁああぁああうるさいっっ!!!! あとね、ママ!! 類もVTuberになること決まったから!!!!」


「ええっ!??」


 思わず俺は声を上げる。いや何だそのカウンターは! そもそもそれはカウンターになってるのか!? ……そして、そのことを聞いた彩花の母はまた嬉しそうに。


「あらーそうなの! それじゃあ次に類ちゃんが来るときは、お寿司でも取らなきゃね!」


「そう! 特上のやつ取ってよね!!」


「いや、待て待て待て!! 俺はまだなるなんて一言も……!」


「えっ、類はお寿司食べたくないの?」


「寿司で釣られるほど俺は弱くないぞ……!?」


 確かに寿司は俺の好物であるが……それくらいじゃ、俺の意思は変わらないぞ……!?


「ふふっ、何にせよまだ彩花と仲良くしてくれて嬉しいわぁ……あ、類ちゃん。冷蔵庫に余ったポテトサラダ、タッパーに詰めてるから、帰る時持って帰ってねー?」


「え、マジですか!? めちゃくちゃ助かります!!」


「いいのよー。それにこれは彩花も手伝ってくれたから……残さず食べちゃってね?」


「だからいちいちそんなこと言わなくていいからぁ、ママぁ!!」


 ──


 そして夕食後。


「……強烈だったな、お前の母親」


「まぁ……久々に類と会えて、嬉しかったんだろうね……ごめん」


 彩花の部屋に戻って来た俺らは、若干テンション控えめで会話をしていたんだ。きっとお互い疲れてしまったのだろう……。


「それは全然いいんだけどさ……俺はVTuberになるとは一言も言ってないんだが」


「……ふーん。まだなる気ないんだね。それだったら私にも考えがあるよ……!」


 そう言って彩花はスマホを取り出した。そして画面をポチポチといじった後、それを耳に押し当てたんだ。


「えっ? お前何を……?」


「…………あ、もしもし、いぶっきー? 今大丈夫?」


「……!」


 まっ、まさかこいつ……!? さっき見た動画のVTuber、基山伊吹に電話を掛けてるというのか……!?


「えっ、本当! 良かったぁ! それじゃあちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな?」


『はい。レイがそんなこと言うなんて珍しいですね。何ですか?』


 途中で彩花はスピーカーにしたらしく、彼女の声がここまで届いてきた。その声はさっき動画で聞いたそれと、全く同じものだったんだ。


「うん! あのね、近いうちにスカサンから新ライバーが登場するらしいんだけど、それが私の幼馴染なんだよ!」


『へぇーそうなんですか。それは面白いですね……でも何でそれ、レイが知ってるんですか?』


「幼馴染が私の配信に出て、それを見た運営さんがスカウトしたんだよ! それで……」


『あの今更ですけど、私が聞いて大丈夫なやつですか? それって、まだ世に出てない情報ですよね?』


「…………あー」


 彩花は『やっちまったなぁ』みたいな顔をして俺の方を向いてくる……それ普通に情報漏洩じゃねぇか……いや、別に俺はVTuberになるつもりなど微塵もないんだけどな……?


『……まぁ。私は誰にも言うつもりありませんから、大丈夫ですけど』


「そ、そう? だったら通話が終わったら、全部忘れたことにして!」


『分かりました』


 いや続けるのかよ……そして彩花はまた口を開いて。


「それでね、スカウトされたんだけど、その幼馴染がVTuberにならないーってずっと言ってて! だからどうにか伊吹ちゃんに説得してほしいなって思ってさ!」


『……なるほど』


「あ、今私の隣にいるからさ、変わるね!」


「えっ、お前……!?」


 そして彩花は無理やり俺にスマホを渡してきたんだ。俺は今すぐそれをぶん投げたい衝動に駆られたが、流石にそれは踏みとどまった……しかし、このまま黙っているのも相手に悪い……そうやって色々と考えた結果、俺は大人しくその電話を取って、応答することにしたんだ。


「も、もしもし。えっと…………レイがお世話になってるようで……」


『こちらこそです。お名前は?』


「あ、類って言います……」


『そうですか、類さんですね』


 電話の相手、基山伊吹は音声ガイダンスのように淡々と話すのだった。いや、切り抜きで見た時よりもクールなんですけど……!


 それで……しばらく俺が何も言えないままでいると、向こうから話しかけてくれたんだ。


『……まぁ。レイからああ言われましたが、私は無理にVTuberなんてならなくていいと思っています。未だ偏見の目で見られることも少なくないですし。絵を被ってるからって、馬鹿にしてくる人もまだまだ存在してますからね』


「そ、そうですよね……!」


『ええ。それにこのグループに入りたくても入れない人だって、数多くいるんです。そんな中イヤイヤやるような人が加入したら、みんなの士気が下がります』


「……!」


 その言葉に俺はハッとした。それはそうだ……そのスカイサンライバーに入りたくても入れない人だって、絶対にいるはずなんだ。俺はそのことを全く考えられていなかったんだ。


『言葉が強くなってすみません。ですがそうなるのが見えてしまったので、言わせていただきました……類さん。レイの説得は私がしますので、安心してください』


「あ、はい……すみません……」


 電話越しなのに、俺は頭を下げた。生半可な気持ちで彼女はVTuberをやっていないってことを、強く感じたからだ。


 ……そして、数十秒の静寂の後。また伊吹さんが言葉を発したんだ。


『……それで。これは個人的な質問なんですけど、どうして類さんはVTuberになりたくないんですか?』


「えっ? そ、それは……自信がないから……かな」


 考えればいくらでも向いていない理由は出てくるが、一番大きな要因はそれだろう。俺が人を楽しませるなんて所が……どう頑張っても想像出来なかったんだ。


 そしたら伊吹さんはポツリと。


『…………類さんはレイの配信、見たことないんですか?』


「えっ?」


『レイは雑談配信で、よく貴方のことをお話してるんです。エピソードトークでは、大体貴方のことが出てきます』


「ちょ、ちょっと!? 伊吹ちゃん!?」


 俺の隣で彩花が焦ったような声を上げるが、伊吹さんはガン無視で続けて。


『身バレを避けるため色々と嘘の情報も入れてるでしょうが……多分全部類さんのことです。レイはその幼馴染のことを「頭がいい」「ゲームが上手い」「困った時すぐに助けてくれる」など、べったべたに褒め倒しています』


「伊吹ちゃん!!!??」


『配信見れば分かることだし、隠す必要もないでしょう……まぁ、ですから。レイがそこまでして類さんを誘う意味というものも、少しだけ考えてみてもいいかもしれませんね』


「意味…………ですか」


『はい。私からは以上です。それでは動画の編集があるので、この辺りで失礼させていただきますね』


「……」


 伊吹さんはそうとだけ言って、ブツッと電話を切るのだった。

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