第2話 配信始めるよ!

「それで、お前のことなんて呼べばいいんだ? 彩花じゃマズいんだろ?」


「そりゃそうだよ! 私のことはレイって呼んでね!」


「分かったよレイ……うーわ慣れねぇ……」


 急に幼馴染の呼び方を変えるなんて初めてのことだし、うっかり本名が出てきてしまいそうだ。でもたった一度のうっかりで、ネットに一生名前が残ると思うと恐ろしいよな。


「つーか今更だけど、俺がVTuberの配信なんか出ていいのか? 俺男だし……設定とかも色々あるんだろ? よく分かんねぇけどさ」


「それは大丈夫! 事前にみんなに言っているし、類とは魔法学園で会った友達ってことにしておいたから!」


「余計ややこしくなってない?」


 魔法学園なんて俺行ったことないよ? って……いや。こいつもそうだよな。彩花は魔法学園なんかじゃなくて、地元の大学に通ってるはずだもんな。


 まぁ……VTuberってのはテーマパークのキャラクターみたいなもので、夢を与える職業なんだろう。中身がどうとか、そういう議論はきっと無粋なんだろうな。


「一応類の立ち絵も描いたし、大丈夫だよ! 後はノリで合わせて!」


「そんな適当な……」


 言いながら彩花が描いた絵を見るが、それはレイと似た感じの美化されたイケメン風のキャラクターだったんだ。ああ、そういやこいつ絵も上手かったな……もちろん俺とは似ても似つかないんだけど。


「まぁ類のキャラは絵だけだから全然動かないけど……あ、類のことは類って呼んでいい?」


「別にいいけど……」


 どうせ一回だけだから、俺の方は本名でも構わないだろう。それに俺の名前はちょっとアニメっぽいもんな……って何でこっちが世界観の心配してるんだ?


「よーし、それじゃあもう配信始めるよ!」


 そして配信開始のボタンか何かを押した彩花は声のトーンを一段階上げて、マイクに向かって話しかけるのだった。


 ────


「やぁやぁ、みんなこんにちはー! 闇属性魔術師のレイ・アズリルだよっ!」


 彩花が言うなり、コメント欄には『こんれいー』と文字が続々と流れてきた。統率され過ぎてて何か怖いな……それともVTuberってみんなこんな感じなのか?


「今日はそう、特別企画ってことで私の友達を呼んだんだ! 早速紹介するよ……類ー! こっちに来てー!」


 そして手招きしている彩花を見た俺は、その通りマイクに近づいて……分からないなりに、何とか喋っていったんだ。


「ど、どうも、類です。えっと、レイ……に急に呼ばれて来たから、何も分かっていないんですけど。よろしくお願いします」


 俺の声を聞いたコメントは『いい声』だの『新人さんキタコレ』だの『レイはもう帰っていいぞ』だので埋まっていた。おいおい……まぁ流石にこれらはお世辞だろうが。多少なりとも歓迎されてることを知れて、ちょっと安心したよ。


 ……つーかレイちゃん、結構視聴者からいじられてない? こんな可愛い見た目してるのにネタキャラなの? まぁ素の彩花を知っている自分からすれば、そうなるのも自然な気はするが……。


「よーし、じゃあ早速ゲームするよっ! 類!」


「いいけど、何をするんだ?」


「それはね……これだよ! 『まりもカート』!」


 彩花の言葉にコメント欄は盛り上がりを見せる。


『うおおおおおおおお!!!!』

『きたあああああああ!!』

『レイせっこ』

『あー友達減ったわ』

『草』


「……何かコメント盛り上がってるけど、どうしたんだ?」


「ふふふ、隠しても仕方ないね……そう! 私はここ最近、タイムアタックの練習していたんだよ! レイボーイらとも戦って鍛えてもらってたんだ!」


「レイボーイ?」


「私の視聴者の呼び名だよっ! 女の子はレイガールって呼ぶんだ!」


「へぇー……」


 驚くほど興味ないけど、まぁそういうのもあるんだろう……ちょっと痛いなって思ったのは内緒な。


『ルイ君興味無さそうで草』


 でも、視聴者にはバレているらしい。


 そして彩花はゲームを起動させ、キャラ選択画面まで移動させたんだ……説明も必要ないと思うが『まりもカート』(以下「まりカ」)はアイテムなんかをレース中に使用出来る、パーティー要素の強いレースゲームだ。


 まぁパーティーゲームと言っても、定期的に大会も行われているようだし。ガチれば結構奥が深いゲームなのである。


「よし、私はこの『まりピオ』を使用するよ!」


 彩花は準軽量級のまりもヘッドのキャラクターを選択し、羽の生えたマシンを選択した。そういや彩花、昔からこのキャラ好きだったよな……。


「じゃ、俺は『まりイージ』で」


 一方俺は準重量級の脚長のキャラクターを選択した。マシンは当然、花の生えたヤツで。


『ん?』

『あっ』

『あ』

『あっ……(察し)』

『流れ変わったな』

『いやー流石にレイの勝ちだろ。風呂入ってくる』


 察しの良い視聴者は気づいているらしいが、あえて俺はそれに触れないでおく。


「おっ、類もそのキャラ好きなの? レイボーイとやった時も、そのキャラ人気でさー!」


「ああ、そうなのか?」


 俺は適当に相槌を打つが……まさかこいつ、やり込んでる癖に知らないのか? このキャラとマシンが、最強の組み合わせだと言われていることに……。


『ルイくんに3万ペリカ賭けます』

『バカ、レイだって上手いだろ! 緑まりもに当たるのが!』

『でも実際レイはそのへんの人より上手いから、どうなるのか期待』


 ……まぁ、こんなコメ欄なら教えてくれないのも普通なのか……?


「じゃあやるよ! もちろんCPUは無しで! 私らだけのタイマンだよ!」


「ああ、分かった……」


 ……いや、違う! こいつの視線はずっとゲーム画面に向いてるから、ほとんどコメントを読んでないんだ!! それ、配信者として致命的じゃないのか!?


「コースはどうしようか!」


「ああ……全部、レイが決めていいぞ」


「よし、言ったね! 絶対後悔しないでよねっ!」


『かわいい』

『かわいい』

『即落ち期待』


 でもこの小物感が、視聴者にウケてるんだろうか……? 


「それじゃあコースは……まりおっ、まりモールだぁっ!」


「そこ噛む?」


『素材助かる』

『さっきの耐久誰か作ってくれ』

『かわいい』

『不覚にも萌えてしまった』


 まぁ……その辺も含めて彩花が愛されてるのなら、俺も少しだけ嬉しいよ。そんなことを思いながら、俺は触り慣れたコントローラーをカチャカチャっと鳴らすのだった。

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