第1節

清々しい朝。目覚ましの前に起きるなんて何年ぶりだろう。今日はいいことがあるに違いない。散歩でもしてみようかと胸を踊らせながら、先生の声が響いている、空調の効いた教室で私は目を覚ま‥教室?


「おはよう、∅さん。」

「…お早うございます。」

私が想像していた朝ではなかったらしい。

寝起きで頭の機能が停止しているであろう私に、追い打ちをかけるように先生は言葉を続ける


「ご飯の後で眠いのは分かるが」

「すみません…」

朝ですら無かった。なるほど、幸せな朝の妄想は全て不正解だったようだ。状況を理解した途端、目を背けたくなる状態である筈が、何故か頭は回転を始め、視界が開けてくる。


寝てはいけない時程眠くなって、思考を停止して自分の世界に入りたい時に目覚めやがって‥


意識と反するような行動しかとらない自分のカラダに苛立ちを覚えながら、取り敢えず残りの授業に耳を傾けることにした。



「また∅っち寝てたでしょ。次の席替えは一番後ろの席を狙いなよ」

放課後。寝てしまったが故に散々だった授業をなんとか耐えた私に慰めの言葉をかけてくれるこいつは青木。


自分とは幼なじみで、よく放課後は暇人同士教室でダラダラ過ごしてみたり、ファストフード店やカラオケに行ったりと一緒にまぁまぁ充実した学校生活を送っている。暇なら部活に入ればいいじゃないかと何度も提案しているけれど、答えは決まって「NO」。長身で程よいく筋肉もあるが故、運動部に誘われている所をよく見るが、いつも断っている。何故かは知らない。あくまでも本人に部活に入る意思はないらしい。


性格は爽やかでおちゃらけもの…というかちょっと抜けてる所がある。恋愛アニメとかでよくいるいい人だけど噛ませ犬になりそうな感じ。愛され?とでもいうのだろう。


「でも、なんでお前って毎回自ら席を前に選ぶんだ?」

「…目が悪いから」

「えぇ、後ろの席はロマンが沢山詰まってるんだぞ??」

「…」


うちのクラスは一番前の席のみ自由に選べる。大体の人は一番前が嫌だからそんなことしないが、私は毎回自ら一番前の席を希望しているのだ。だって


「眼鏡かけたくないからなぁ、、似合わないし」

眼鏡をかけたくないからだ。


「誰も見てねぇって、大丈夫大丈夫。」

そうじゃない。

…いや、私の言い方だと青木の答えは正しく一般的だろう。


でも違うんだ。だって眼鏡を掛けたくない本当の理由は


ー綺麗な物を見たくない


厳密に言えば「物」のみならず出来事や感情も含む。楽しそうな人、充実してそうな人を見るのはおろか、知りたくもないのだ。


だからなぜ皆は誰かの幸せや、自分の楽しかったことをわざわざ「会話」として言葉にするのかが分らない。自分の幸せを語ったって今後実現するとは限らないし、他人の楽しそうな話や綺麗な写真だって見てもなんの得にもならないじゃないか。逆に今の自分に惨めさを感じるだけなのでは。意味がわからない。気持ち悪い。


『私は美形恐怖症だ』


そんなこと知る由もない目の前の相手は、隣の席になって授業受けたら絶対楽しいと今後起こることの無い未来への想像を楽しそうに語る。私はそれに対して適当な相槌を打つことしかできなかった。

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無見無醜 @kotosan0103

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