6-お前がどうしたいのか


帰って師匠に報告しなければならない。

師匠から連絡が来る前にまとめておく必要がある。


思えば俺は普通の学校生活を早々とやめてしまい、いじめというものをついぞ経験したことがなかった。

俺の知らないところで実は起きていたのかもしれないが、少なくとも俺は認識できていなかった。


だから、されている側の本当の気持ちはわからない。

もしかしたら、変に引っ掻き回して欲しくない、とも思っているかもしれない。


だが、アレは。

見ているだけで胸糞が悪くなる。

知ってしまったが故に無視ができない。

今まで知らなかったということに対し、手が震える。

報告する内容なんて、大して多くないのに頭の中でずっと同じことが駆け巡っている。



師匠から連絡が来た。

今日の成果、凪元を観察してて起きたこと、そして能力に関しては何もわからなかったことを報告した。




「今日は凪元から能力の発現を感じませんでした。苦痛を与えたりすることがトリガーではない、あるいは、苦痛の量や質が足りなかったなどのことが考えられると思います」


「まだ考えられうる可能性が多すぎて絞りきれません。単純に使ってないだけかもしれません。最悪なのは、凪元本人には能力がなく、能力の痕跡を他人に押し付けられる、というものです」


師匠は鼻を鳴らす。


「その能力は流石に対良平に特化しすぎている能力だな」


「流石に現実的ではありませんが」


「そうだろうな。私もその可能性は消す。仮にそうだったとしても考えるだけ無駄だ」


「はい。なので、凪元が能力者だとして、明日以降も調べていきます」


「わかった」


「はい。では以上で報告は終わります」


「ああ」


師匠が了承したので、そのまま通話を終わろうとしたところ、師匠は俺を呼び止めた。


「良平、ちょっと待て」


「何でしょう」


通話を切ろうとしていた手を慌てて止める。間に合ってよかった。


「連日の報告ご苦労だった。だが、何もなかったという報告にしては、お前の考察が多く入っていたのが気になった。良平、お前は何かまだ言いたいことがあるんじゃないのか」


「……」


「どこに黙る必要がある」


俺の沈黙に対して師匠に追撃を入れられる。


「すみません。考えてもわからないことがあり、悩んでいました」


「何を悩んでいる?」


「いえ、何と言っていいか……言葉にしにくくて」


「そうか。いいだろう。今日は私に時間がある。まとまってなくてもいいから話せ」


「え?」


「え?じゃない、早く話せ。明日以降もよくわからん考察を聞かされるのは敵わん」


考察を入れたつもりもなかったが、わだかまりが無意識に長い考察に変化したのだろう。

その長い考察は師匠にとってよくないものだったが、師匠は俺が何かを抱えているのを感じ取ったようだ。


「はい。えーと、何から話しましょうか……」


「……」


師匠は黙ったままだ。これは、俺が言葉を続けることを待っている合図でもある。

師匠に相槌を打って会話を繋げようとする気遣いはない。

緊張してきた。師匠の無言の圧力は今でも苦手だ。8歳から晒されてきたものだけど。今でも身体と思考が縮こまる。

それにまとまってなくてもいいから話せ、と言われても、いつもの癖でまとめないと…という気になって焦ってしまう。



「凪元があいつらに一方的にやられていることが、気になってます」

「……」

師匠はまだ無言のままだった。ダメだ。考えてたら沈黙が辛過ぎる。もう話せるだけ話す!ついて出る言葉をそのまま言うぞ。


「凪元は反撃ができません。これは相手を敬っているとか、そういうのではなく、相手を恐れているから」


「普通はケツを蹴られたら蹴り返します。蹴られるばかりでは釣り合いません」


「ですが、凪元は蹴られるだけでなく、金銭まで要求されてます」


「一方的に搾取される理不尽な状況というのは、それなりの見返りがあってのものだと思います。

俺はよく師匠に殴られたしますが、それは愛の鞭だと」


「おい」


ヤバい口が滑った。流石に師匠が口を挟んだ。


「申し訳ありません。口が」


「私のは愛の鞭というよりも、指導だ」


そこかー!

俺の失言にブチ切れた訳じゃなかった。言葉選択の指摘だった。


「はい。師匠のは俺のことを思っての行動だと俺はわかっているつもりですし、俺は師匠のことを慕っていますし、だから、理不尽も受け入れられます」


「……」


また黙ってしまった。理不尽、という言葉は流石に言い過ぎてしまったか。


「あいつらにはそういう信頼関係があるのかというと…ないと思います。それが、俺は……うーん、そう、俺と師匠の関係とは違います」


「あれをいじめと断じてもいいくらいだと俺は思っています。ただ、そう、アレを止めるべきなのかどうなのかについては、俺は、わかりません」


「凪元は、恐らく能力者です。その能力を使用する瞬間を俺は発見し、事情を調べるべきだとも思っています。

けど、俺はアレを…。見ていることに関して……」


「わかった。それで、そんなもどかしそうな訳か」


「え?あ、はい。」

もどかしい。確かにもどかしい感じではあった。

というよりも口をついて出てくる言葉をそのまま述べたことだから、必死になっていて、もどかしいのかどうかもわかっていなかった。


「お前はどうしたいんだ?」


「え?」


「えっ?じゃない。お前はどうしたいのか、と聞いている」


「……任務を果たしたいと思っています……」


はぁ、と師匠の息遣いが、聞こえた。何か気に触ることを言ったのだろうか。

そのまま師匠は言葉を続ける。

「お前にとって初めてだから仕方ない。私から確認する。

お前は今、やらなければいけないことと、自分がやりたいと思ってることの2つの間で揺れ動いてる。

任務を遂行するために手を出さず観察した方がいいだろうと考えているのが、やらなければいけないことだ。

後もう一つは、いじめをやめさせたいという欲求だ。


お前はこの2つが相容れないものだと考えている」


「はい」

師匠がこのように立て続けに話すのは、俺に指導しようとする時だ。いつもは迫力に圧されるような言葉ばかり吐いているが、こういう面もある。この時、俺は師匠の言葉をしっかり聞かなければならないため、はい、という頷きが必然的に多くなる。


「この葛藤の中からお前はどうするのかの最終決定を下すことができない」


「はい」


「私はお前の自主性を育てると言った。

私はお前が学校でどう動くのか、そしてお前が選択するものを尊重したいと思っている。

自分で選び取ること自体が訓練だ。

そしてその結果どうなってもいいと私は思っている。重要なのは選択した結果ではない。

その結果に対してお前がどう責任を取るのか?というのが重要になる。


お前が何をするのか、そして、どう責任を取るのか、それら全てを含めて訓練だ」


「はい」


「今までは私がお前の行動を指示して許可をしてきた。だから、お前は戸惑っているように感じる。

考える時間が欲しいか?」


師匠にしては俺に余裕を持たせる話し方をしている。

でも、時間なんて俺には必要なかった。

心はもう決まっている。


「いえ、大丈夫です。俺は凪元を助けたいと思っています」


俺は先ほど言われた「どうしたいか」を選択した。


「そうか。長丁場になるかと思ったが、案外すぐだったな。それで、どうするんだ」


「え?」


どうするって、凪元を助けようと……。

自分の気持ちを師匠にはっきりと述べ、気持ちの整理ができたと思ったところに、思わぬ方向からカウンターが飛んできた。


「え、じゃない。具体的な方策がないと動けないだろう。いつも言っていることだ。お前、いくらなんでも戸惑いすぎじゃないか」


「申し訳ありません!」

すぐさま謝罪を入れる。確かにこの師匠の意図は汲めないとダメだった。

どうするって凪元を助けるんだけど、みたいに思っていたのは愚の骨頂だった。

何がカウンターだ。

真っ向からのストレートだった。


「俺は師匠に呆れられたくありません」


急に言葉が出てしまった。凪元とは関係がなかった。

自分の気持ちを正直に言うモードはまだ続いていたようだ。

これは俺の本心からの言葉なんだろう。



「わかっている。だから、お前はさっきまで自分が選びたい選択肢の理(ことわり)を高めようと、私を説得にかかっていたんだろ」


師匠は、俺の脈絡のない言葉もしっかりと受け止めてくれた。

そして、俺が自分で認識している以上に俺の行動のことをわかってくれている。


そうか……俺の考えがまとまらなかったのは……

師匠を納得させようとして。だけど自分の言葉では師匠を納得させるための言葉が出てこないと思ったからだったのか。


「本当にまずい時は私がフォローする。そのためにお前が動く前に細かく報告をさせている。

お前は安心して考えて報告して、そして失敗をしろ」


師匠は平然といってのける。

失敗をしろという最後の言葉は、その言葉の意味に反して優しかった。

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