4話–5 Everyday of Lily → the eve
――ウォーターゲート ダリアの仕事部屋
「どうだ?」
夏樹はダリアの肩を持つと画面を覗き見る。
「苦労したけどちゃんと引っかかったわよ」
ほくそ笑みを浮かべて眺める映像は神戸港、ポートアイランドのコンビナートの一部だった。
「随分と遠いな」
「ええ。それに、反社会勢力と武器取引している可能性が高いわね」
カメラをズームすると、奥の方に写っているのは正にマシンガンそのものだった。
「……いつも思うが、AUNはどこから武器を調達しているんだ?」
立案可能な仮説はかなりの数にのぼるだろう。例えば武器商人が融通しているとか、若しくは独自の生産ラインを持つか。後者は限りなく可能性として低いが、なにせ人間爆弾を思いつくような組織だ。何が裏で動いているかわからない。
「その辺は私の専門外よ。でも行動は早急によ?」
「いや、その必要は無さそうだ」
ダリアは夏樹の一言に目を向ける。
「大阪支部が既に掴んでいたらしく、いまバンシーが対処行動を実行中とのことだ」
夏樹はスマホのホットラインチャットの画面を見せる。
「へぇ。なんか先をこされた気分……先?」
ダリアは何か思い至ったように二次元キーボードをたたっと叩くと、カメラのズームを別の場所に狙いを定める。そこに写っているものを見てダリアは目をカッと見開いて叫ぶ。
「今すぐ撤退させて!」
「……な」
「爆弾よ!
夏樹は直ぐにスマホに耳を押し当てて、現場の舞台に連絡をつける。
「こちら根岸!今すぐ撤退を――」
しかし、返事の代わりに画面に《No signal》の文字とスピーカーからノイズが返ってくる。夏樹は空かさず、大阪支部に連絡をつける。
「こちら根岸。直ちに追加の追跡行動を」
予測を予測されてた、という考えに若干の違和感を覚えたダリア。おそらくそんな生易しい話ではなく、誘い出された上にやられたのではないかと思い至った。というのも、誘い出して始末するというやり方を好む指揮官がAUNにいることは知っていた。その名は――
「ニール・クリステンセン……」
画面に写されるそのヨーロッパ的な顔立ち。嘗て日本国で幾度となく事件を引き起こした男にして、AUNの指揮官の内の一人だ。初代AUNの頃から所属しており、国際指名手配中であるにも関わらずその身を隠すのは非常に上手いと言われている。あくまで目標の暗殺しかしない構成員もいれば、一般民衆にも被害を与えて主張する者もいるのがAUN。ニールは間違いなく後者の人物だ。
夏樹が退室した際、開いたドアの向こうから画面に表示されたニールの顔を見て眉を顰める男、ラゲナがいた。
――十九時二十分 ウォーターゲート武器庫
(ニール・クリステンセン……)
その名を唱えるたびに、心に
ベレッタ92を調整しながら、そんな考え事をしているのを見抜かれたのか杏香が背後から肩を叩く。
「大丈夫ですか?」
「ん、あ、ああ。大丈夫だけど」
杏香は心配そうにして姫奈の手を取る。
「何か心配事があったら言うんですよ?」
姫奈のベレッタを持っていた方の手を掴んで銃を調整台に置かせると、その手も取る。
「私はあなたの
姫奈は驚いて、身を少し捩って俯いて言う。
「……ぶっちゃけ、不安」
「何がですか?」
杏香はできる限りの優しい声でそう尋ねると姫奈は妙にしおらしい声で目を逸らして語る。
「……杏香がどこか行っていなくなっちゃうんじゃないかって」
どこか拍子抜けな理由だったのか、思わず微笑んでしまう。
「どこがおかしいのさ?」
上目遣いに、弱気に抗議すると杏香は姫奈の頭に手をポンと手を乗せる。
「意外と寂しがりやなんですね?」
まるで妹を見るような目線でそう言うから、姫奈は少し頬を赤らめて無性に頷く。
「なら、それは杞憂ですよ」
「……ほんと?」
杏香はコクりと頷いて続ける。
「ええ。私はどこにも行きませんし、貴女から離れるわけもありません。これからも、叶うならずっと一緒です」
それを聞いて姫奈は嬉しそうに頷いて、抱きつく。
「いいパートナーを持った!」
「ええ。私たちは世界一のベスト・パートナーです」
杏香は姫奈の背をさすると同時に、少し気になることに気づいてしまう。
英美里と会話している時も、あたかも同じ年の友達と遊ぶように気が合っているし、こうやって母親か姉のように包み込むように甘やかした時にも子供らしくなる。
どんな秘密を抱えているのかますます気になってしまう。それはきっと、姫奈ですら知り得ない秘密なのだろうから自然とそうなるのだろう。
「……ん、ありがと」
いつものトーンで姫奈はそう言って杏香から離れる。
「甘えたくなったらいつでも言ってくださいよ?」
杏香は少々の意地悪味を含んでそう言うと、それに頷いて姫奈は応えた。
杏香は自分自身の装備の点検を終えると、武器庫を後にした。
一方、姫奈はどうしようもない不安感に襲われていた。不明な理由が、それに拍車をかけていたのであった。
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