4話–3 マリー・フェザーについて聞きたい
半ばエスコートされる形で最近流行りの和風喫茶にやってきた二人。流石に土曜なのでそれなりに混んではいたが、ご時世がご時世。行列はできていなかった。
「いらっしゃいませ〜!何名様ですか?」
入口付近へやってきた店員が接客テンプレートを実行する。
「二人です」
姫奈がそう答えると、店員は外のベランダ席へ案内する。
「さてさて何にしようかなーっと……」
メニューを開くはいいが、そうは言いつつもパラパラ捲るばかりで真面目に選んでいる雰囲気はない。杏香は気になって尋ねる。
「もう決めてるんですか?」
姫奈はメニューをパシンと閉じて頷く。
「うん!和風パフェが二種あってさ、二人で一つずつ頼まない?」
そういえばと杏香も最近、茉奈と三咲を交えて四人で話したことを思い出す。
「二人ともそんなこと言ってましたね」
「そうなんよ。こういうところだから一人じゃ入りにくいし、一人で入っても二つは頼み辛いでしょ?」
めっちゃ食うなと思われるし、という続きの言葉がなんとなく聞こえたような気がしてクスッと笑ってしまう杏香は自分もメニューをパシンと閉じる。
「ですね。私は抹茶が好きですが……」
「お、私はあんこなんだ。じゃあどっちがどっちを頼むか決まりだね」
そう話していたところに、冷たい緑茶を持って注文を伺いに店員がやってくる。
「注文いいですか?」
「はいどうぞ!」
「私があんこパフェで……」
「私に抹茶パフェを」
「ご注文は以上で……はい!ではしばらくお待ちください」
屋内に帰っていくと、姫奈はお茶を一飲みして改めて言う。
「半ば私の我儘だけど付き合ってくれてありがとね」
「こちらこそですよ。今の今まで結構忙しかったですし、二人でどこかにというのも無かったので嬉しいです」
臨海施設と言うだけあって海が見渡せる綺麗な席である。海の上でぷかぷか浮かぶボートを見ていると、ちょっとイケナイ想像をしてしまってそれを振り切る姫奈。目の前の美貌に自分は似合わないと思いながらも、絶対に護りたいという意志は新たに固まる。
「お待たせしましたー!抹茶パフェとあんこパフェです!ごゆっくりどうぞー」
パフェの入れ物は透明になっていて、クリームの層と抹茶の層がハッキリ分かれているのがわかる。
「ほわぁ……」
だらしのない声であんこパフェを眺める姫奈の姿を見ると、自分も似たような反応をしていたのかと少し恥ずかしくなる杏香は抹茶パフェの写真を撮ると、姫奈の方からもシャッターの音が二回聞こえてきた。
女子高生らしいことを一通りし終えると、早速手を合わせてからひとすくいして口に運ぶ。
「美味し〜」
頬に手を当てるという典型的な方法ですら過剰に思えないくらい美味しかったのは姫奈も杏香も同じである。もう一度すくって口に運ぶと、姫奈が抹茶パフェをジッとガン見していた。
「……欲しいんですか?」
「杏香もあんこ一口いいからさ」
「ふふ、いいですよ?というかそのつもりでしたし」
杏香は姫奈のあんこパフェを掬おうとすると、既に姫奈がすくい上げて待機していた。なるほど、食べさせ合うのかと思い至り、杏香もすくうとお互いにスプーンを前に差し出す。
パクッと同時にスプーンを口で覆い包むと、口の中で甘い、ほろ苦い味が広がる。
「おいひいでふ……」
「抹茶もいいねー」
違う味を堪能すると、少しずつカップの中を減らしていく。その途中であった。
「……ねぇ、失礼を承知で聞いてもいい?」
「かまいませんよ」
姫奈が半ば遠慮する様に尋ねるので、杏香も何を質問されるかはなんとなく察した上で頷いて承諾する。
「マリー・フェザーについて聞きたい」
やっぱりという意味を込めてため息を吐いて、話し始める。
「ええ、構いません。マリーの才能については既知かと思うので、家族の話とマリー自身についての話を少しだけ」
一口食べてから、口の中が空になるまでにどこから話そうか考える。やはり小学生の頃がいいかと決めて、飲み込む。
「マリー・フェザーはフランスの裕福な家庭に誕生した少女でした。幼い頃から色々やりたいと言う好奇心旺盛な子でした。その上、大概のことは直ぐにできるようになる天才でもあったのです」
だからこそのテレビとかによく出てくる神童マリー・フェザーだった。最近のことに疎い姫奈ですら名前と顔をハッキリと頭に思い浮かべられるくらい有名な天才少女だった。
「しかし、それ故に孤独ではありましたね。私には他人の苦労がわからないし、その才能のせいで妬まれたりもしました」
「万能は辛いな?」
「人付き合いは苦労の連続でしたけど、それでも両親はずっと味方でした」
「拠り所ってやつだったんだ」
「ええ。親の用事で日本に移住することになっても、私は日本語を難なく覚えてしまいましたし、最初の頃は友人も沢山いました。でも、やはりマリー・フェザーである限りは無理なんでしょうね」
姫奈は少々絶句する。想像の数倍は壮絶で、両親がいなければもしかしたら命を投げ出していたかもしれない。
「――いいご両親だったんだね」
「ええ。同年代からは理解されず、私が志したピアノの世界では妬まれ、大人たちは稼ぎ道具としかみない。そんな中で両親だけがいつだって私の味方でした」
姫奈は自分もかなり異常な部類だと思っているが、異常度は杏香の方が上だと気付かされる。それか、両親に途轍もなく依存していたか。いずれにせよ、こんなにも辛い人生を歩んで一度も挫けなかったという事実に驚かされる。
「やっぱ、ご両親が自分を庇って亡くなった時は飲み込めなかった……っていうか、そうか。目覚めた時には……」
「ええ。悲しむ間もなく、羽野杏香になっていました」
姫奈は唇を噛み締めて、あの日の失敗を後悔と共に振り返ってみた。
東京スカイツリー爆破テロ事件。事前に察知していたはずの
裏で色々な事がが蠢いているのは確かであったので、不信感を持ちながらも救助したマリーをウォーターゲートへ運び込んだら、なんと全くの別人として現れたのだ。当然、夏樹に抗議したがボカすばかりで埒が開かなかった。
「……そう思うと悪いことをしたなって」
「何度も言ってますよね?両親を失った私には別人として生きるか、死ぬしか選択肢がなかったんです」
そう意味では感謝している、とは言わない。結局生きる道は自由に選べなかったのだから。
「でも今は
「そう言ってもらえたら嬉しいよ」
杏香の気遣いを素直に受け取る姫奈も、今度は自分の番かと身構える。
「じゃあ今度は私だね。杏香だけに話させるわけにはいかないよ」
「……ええ、是非とも聴きたいです」
姫奈は頷くと、生前のことを思い出そうとする。するのだが。
「……あれ?」
「どうしたんですか?」
「うーん……八歳より前のこと、全く思い出せないなぁ」
一つずつ整理していっても、第一次全世界同時多発テロが起こったあの日の惨劇以前のことは全く思い出せない。
「大丈夫です?顔色悪いですけど……」
杏香は心配そうにしてハンカチで姫奈の額の冷や汗をぬぐう。
「あ、ありがとう」
もう一度思い出してみるが、両親の顔を含めて全く思い出せない。
「……まぁ、そんなもんか。普通は覚えていないもんかな?」
「え、ま、まぁそうですかね。そうですかね……?」
二人ともよくよく考えてみれば、そんな昔のことなど覚えているはずがないと思い至る。
「んー……じゃ、世界貿易センター最上階占拠事件についてちょっと話そっかな」
「知ってますよそれ。二十一世紀最後の年に再び起こった大事件でしょう?」
杏香は少し身を乗り出して興味ありげに尋ねる。
「うん。私、あの時に作戦指揮をとってたんだ」
その時のことを思い出しているのか、ほくそ笑むと続ける。
「アメリア・ルーズベルト大統領に、何がなんでも事態の解決をって言われてたんだよね」
「そりゃそうですよ。二度と倒す訳にはいかない場所ですからね」
「うん。して、色々な策を練ったけど要求値が高すぎて突入隊員のこと結構怪我させてんだよね」
「確か突入部隊の死者が数人で百数人いた人質の中からは十数人の命が失われたと」
「うん。なんだけどさ、私が現地入りした段階でアメリカ支部の隊長かな、AUNにノックを忍ばせて人質を撃たせるよう命令してたんだと」
「――は?」
杏香は耳を疑う。つまり、犯人グループの混乱を招かせるためにそういうことをしたことになる。到底許されざる行為であるのは明白だが、世間に話が出ていないどころか、AUN犯人グループがやったことになっているのはまさか、と思い至ったところで手首を掴まれる。
「それ以上はダメ」
姫奈の目が鬼気迫るものだったので、怒りを堪えて素直に引き下がる。
「歴史は一側面しか切り取られないものだからね」
「常に清廉潔白という訳にはいかない、ですか?」
杏香が八十年前のロボット映画のセリフを引用してそう言うと、姫奈は頷いて続ける。
「流石にうちらでも問題になったよ。その司令官は後に死刑措置がとられ、骨の一片も残さず焼かれたらしい」
「……ジャンヌ・ダルクさながらですね」
シャルル七世に利用され、用済みになれば敵に売られて燃やされた今では聖女の結末を想像させる。
「一人の犠牲で百数人の命を救ったと言えるっちゃ言えるけどね」
杏香はますますわからなくなる。罪のない一人を百人のために殺すのは容認し難かった。しかし、もしかしたらそれが正しい時がやってくるのかもしれない。その時に自分は切り捨てる覚悟があるかと言われたら、絶対にない。
「なるだけ努力はしなければですね」
「うん、そうだねっと!」
いつの間にか空になっている器の前で手を合わせると、伝票を持って立ち上がる。
「会計、済ませちゃおっか」
「ええ。お代は……」
「あ、私が持つよ」
杏香は姫奈を制止する前に追跡を振り払うが如く会計に行ってしまった。基本自分が払いたがるあの癖はなんなのだろうと少々疑問に思ったが、どうせ深い理由は無いと考えるのをやめて姫奈を追いかけることにした。
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