4話-2 やはり服には無限の可能性が……ッ!
数分後、各々準備を終えた姫奈と杏香が玄関前で落ち合い、臨海部の複合施設へと向かったのである。
「さてと。買うとこはもう決まってるんだよね」
「どこなんです?」
「それは見てからのお楽しみだよん」
目的地が決まっているおかげか、足取りが軽い姫奈にとことこついていく杏香。
「ほぉーここが」
「ええ!私がサブスクしてるお店なのです!」
EMOTIONと書かれた店名看板をくぐり抜けると、それなりに人気店なのか人が賑わっていた。
「さぁ選んで!」
姫奈が手をいっぱいに広げて笑顔でそう言うが、杏香は半ば困惑気味だった。
「どれにしましょう……」
顎に手を添えるとか、それなりに真剣に悩みながら服を眺める杏香に姫奈が肩をトントンと叩く。
「気になるやつはいっぺん取ったら?それに一着じゃなくていいしさ」
確かにと頷いた杏香は早速カゴを手に取って放り込み始める。興味本位でカゴを覗き込むと、割と清楚なイメージのカジュアルな服から杏香のキャラに合わなさそうなギャルっぽい服まで入れ込む。それなりに高級店なので、カゴの中身を全部合わせたら値は十万は届きそうな勢いだと思っていた頃合いに、杏香は手を止める。
「取り敢えず色々なジャンルのものを選んでみたんで、後は合わせるだけですね」
そういうわけで試着室。扉の向こうでは杏香がどの服を最初に着るのか、姫奈は半ばそわそわした気持ちで待つこと二分。
「お待たせしました。どうです?」
足の丈の膝小僧くらいまである黒いスカートに白いシャツと更に黒いジャケットで単色系の大人っぽいコーデに、姫奈は少しばかり絶句する。
「元プロはちげぇわ……」
「でしょう?単色に落ち着いたコーデは大人らしい感じになりますよね」
得意げにそう言うと、思わず姫奈はスマホを取り出してパシャっと一枚撮る。
「お、いいですね。後で参考までに見せてくださいよ」
「いいよ〜?私も参考にさせてもらうし……」
「そうしてくださいな」
そう一言残して、またもやガチャっと扉を閉じる。次はどんな服かと思いながら二着目、三着目と続いていく。
最後の服はかなりラフな感じで、これはまた意外に似合うものだった。しかし、杏香本人はあまり納得していないようで直ぐに扉を閉めてしまった。
「えー……決まりました」
「お、やっぱ一着目のやつ?」
「ええ。イメージに合うかなと」
残りの服は店員に預けると、今度は杏香が姫奈の手を掴む。
「え?」
「姫奈は可愛い系が好きなんですよね……?」
「う、うん。そうだけど……」
少し困惑しながらも頷くと杏香にしては珍しい表情でグイッと顔を近づける。
「カッコイイ系もいけると思うんですよね……?」
「え、杏香さん?杏香さん?なんかやけに積極的……」
「私がコーディネートしてあげるんで開拓してみましょうよ」
やはり、少しぐいぐい攻めにくる杏香に驚きつつも姫奈は嬉しかった。
「わ、わかった!杏香がそう言うんなら……!」
承諾すると、杏香がギリギリ声になるくらいの喜びの意志を示すとササっと衣類売り場へ消えていった。あの様子では、どうやら既に目をつけていた服があったようでどうせ直ぐに戻ってくるだろうと姫奈は思っていると、やはり高速で帰ってきた。
「ストレートジーンズにトップはインで、上から長くて黒いカーディガンでも羽織ればそれっぽく見えます。所謂ボーイッシュコーデってやつです」
下も上も白い衣服を渡されると、姫奈は試着室に少し緊張した面持ちで入っていく。杏香はカーディガンを持って待機しながら心待ちにすること二分。姫奈の出来上がった姿に思わず目を見開いてカーディガンをバサっと着せる。すると、杏香の中で名状しがたい感情で溢れかえり、ついにおかしな一言が出る。
「は?カッコ良すぎて死ぬ」
今の杏香のあり得ざる一言で姫奈の脳細胞が破壊されたのは秘密だが、それはそうと鏡の中に立つ自分の姿を見て思わず惚れそうになった姫奈もいた。
「え、普通に私か……?」
別人なのではないかと思い始めていたところ、背後から杏香が肩にがっついていつもの真顔で言う。
「買いましょう」
「だね」
全ての感情を総括した結果その一言に落ち着いた杏香と、同じく同意しかない姫奈の息ぴったりな会話劇なのであった。
目的を果たすと、早速店の試着室を借りて買った服を着ることにする。姫奈はクールにボーイッシュに、姫奈は大人な女性に変身である。
「やばい、心もキリッとしてきた……」
服の魔力を改めて実感していると、杏香も割と同じことを思っていた。
「ですね。やはり服には無限の可能性が……ッ!」
半ば
「お、んなこと言ってたらもう三時かよ」
「なんかスイーツでも食べません?」
口角が震えてニヤニヤを隠しきれておらず、余裕どころか隙だらけになっている杏香の心を見抜いた姫奈は彼女の手を掴む。
「ふぇ⁈」
「連れてってあげるから、行くよ!」
こうなってから杏香は驚くほど後悔した。この女にカッコいいコーデをしてはいけないと。男装美少女に死ぬほど弱いことも、否が応でも気づかされ始めていたのであった。
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