3話-3 私は反対です

「っしゃー着いた!」

 ようやっと着いたアインスはヘルメットを脱いでバイクの上にポンと載せると、3-Pトリプルピーの服装が他と異なった部隊員の一人を呼び寄せる。

「なんでしょうかッ!」

「お前後で仕置きな?」

「えっ⁈」

 突然理不尽にそんなことを宣告されてしまい、限界困惑する隊長。その反応を見てアインスはふははははといかにも悪魔らしい笑いを飛ばしてデコピン一発を食らわす。

「私の休暇台無しにした仕置き。人質救出のknow-howを学び直してくれよ?」

「はっ!しかし……」

 やけに発音が良かったノウハウ学び直せを繰り出すと、隊長は敬礼するも弁解しようとする。

「しかし?」

「ええ、しかしです。人質と目されていた者がのです」

 その情報を聞いてアインスは眉をピクっと上げて少々驚きの反応をする。

「ストックホルム症候群かな?」

「可能性はあります」

「相わかった。後はDAとアタシら特殊作戦群に任せて?」

 再びビシッと敬礼した隊長は続ける。

「はっ!指示通り、指揮権を委譲します!」

「はい、受け取りましたっと。あ、バックアッププランは用意しといてねー」

 そう言い残してヘルメットを被り、再び発進すると前線拠点へと向かった。

 百年ほど前に噴火したという御嶽山麓もしっかり自然にいるのだから、やはりナチュラルパワー凄いわけだなとしみじみ思っていると簡易のテントが見えて来る。

「お、ラゲナにダリアよーっす……ってどしたの?」

 めちゃくちゃに睨まれているので、心当たりが全くないアインスは少し焦る。

「え、え、私なんか悪いことしました……?」

「「うるさい」」

 そう言われて、さっきの大笑いを思い返すと冷や汗が出てくる。主に、恥ずかしさが原因で。

「ごめんなさい……」

 素直に謝るもなんで謝っているのかわからなくなり、余計に混乱した。

「いや、そんな話じゃないわ。さっさと作戦決めよう」

 ラゲナとダリアもサササッとマッピングされた電子図面を開いたり準備が始まる。その間、アンジュにも共有を図ろうと考え首輪チョーカーの通信機能をアンジュに繋げる。

「アンジュ今どこー?」

 まるで集合時間に遅れている友人に、今何処か、と問うが如く尋ねる。

『あと数分で到着します。前線拠点フロントベースへ直接向かっていいんですね?』

「うん。して、通信機能はオンのままで」

『了解です』

 簡易的な卓も一瞬にして司令所仕様――一帯の電子図面へと変化し、現在わかる範囲での敵の位置とSFの隊員たちの配置も示されている。

「人質はどうする?」

 ラゲナはいきなりそれを話題に出すと、アインスは腕を組んで考え込む。

「『AUNに関わる者は一切の例外なく排除する』が私らの信条だからね?」

 わざわざパージ合意の契約文を引き出してくるのだから、アインスは本気なのだろう。

「ということは……」

 ラゲナもやはり、自分の予想通りかとアインスの方に目線を向ける。しかし、ただ一人反論を上げる者がいた。

『私は反対です』

「はぁ……やっぱりそういうと思ったよ。アンジュと直接話をするから、彼女の到着を待ちます。いいね?」

 アインスはため息を吐くと、アンジュの到着を待つよう指示をする。

 予告通りものの数分後に一つの大型バイクが前線拠点に直接乗り込んできた。

「ただいま到着しました。ラゲナさん、アインスさんと話しがしたいので機材の用意、お願いできますか?」

 到着するや否やどこか静かな怒りを纏って、背負っていたものを手渡しアインスに詰め寄る。

「もう一度言いますけど、私は反対です」

「でもそれが私たちの規則なんだ」

「彼らは自分の命を守るためにアイツらの味方になってしまっているだけです!言うなれば洗脳状態に近いはずです!それでも殺すと言うのですか⁈」

 捲し立てるように詰め寄りそう言うとアインスは落ち着いて返す。

「人質だろうがなんだろうが国際テロ組織に関わったが最後。私たちは殺すよ」

「いいえ、正確にはですよね?」

 驚いたように目を見開いたのは一瞬、すぐさまアンジュから目を逸らす。

「……今更だよ。もう何人もったんだから」

 これから何人殺そうが同じだ。アンジュは続きの言葉をそう勝手に保管すると、怒りでいっぱいになり胸ぐらをガッと掴む。

「AUNの言いなりになったら殺されるって知っていればあの人たちが味方につくこともなかったかもしれないでしょう⁈」

「んなことわかってるんだよ!」

 SOUという組織の非道な部分につけ込んだアンジュにアインスは思わず言い返してしまう。すると、アンジュは何かを察したようにみるみる表情を和らげていく。

「……誰にも指摘されなかったんですね。その上あなたは立ち上げ構成員の一人でもあるから、規則を生み出した者の一人ということですか」

 なんとなく、ようやくだがアンジュ――杏香には氷嶺姫奈という少女の孤独さがわかってきた。同年代の人がSOUの指揮官にいない上、こんな組織だろうからきっと秘匿事項の一つや二つはあるに違いない。それを共有できる相手がいないということもまた、姫奈をさらに孤独にしているのだろう。

 そして、この容赦のない規則を生み出した者のうちの一人という意識があるようだ。しかし、当時八歳だった彼女にそんなものを決められる知能はなかったはずだ。

 それらの考察を踏まえて、姫奈の両肩を掴む。

「今までとこれからは違うはずです。私たちは過去を捨てて未来を生きる者でしょう?なら、もう一度過去を捨てましょうよ」

 自分にとっての過去は八年より前のこと。その頃の自分のことなんて正直何も覚えていないし、家族と大切な人を殺されたくらいのことしか覚えていない。アンジュの説得がどこか詐欺じみているのはわかる。超理論だということもわかる。

「……姫奈はそれでいいんですか?」

 突然何を言い出すのかと言うような表情でアインスはアンジュを見つめる。が、仕事場における雰囲気のそれではない――つまり杏香であることを瞬時に理解する。

「エインヘリャルのアインスではなく、氷嶺姫奈という一人の人間の意志が欲しい」

「私は……」

 ラゲナもダリアも杏香の指摘を重く受け取ったためか姫奈から視線を逸らす。当の姫奈本人は、目を瞑り決意を固め始めた。

 これから信頼しようとしている相手を一度信じてみるには、今この瞬間が好機だと感じたのだ。

「……よし!」

 頬をパシンッと叩くと、アインスのような機械的な眼ではない、精一杯の姫奈を杏香に向ける。

仕事復讐はちゃんとこなすけどなるべく殺さない!」

 それを聞いて口角をキュッと上げて、最大限の笑みを浮かべる。

「じゃあ、その方針でいきましょうか……え?」

 手を差し出してくる姫奈にやや困惑する杏香。しかし、なおも手を差し出す姫奈は満面の笑みでよりググッと前に差し出す。

「ホラ。よろしく、相棒」

 姫奈は困惑する杏香の表情を楽しみつつ、本心でそう言う。同じ年で対等に言い合える存在と出会い、なんなら相棒になって欲しかった。彼女が一番信頼をおきたい人になった。

「……仕方ないですね。ちゃんと私のこと信頼してくださいよ、相棒アインス?」

 杏香もその願いと意図を汲み取り、手を重ね合わせる。

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