3話-1 私をパシるとは……

先日のテロ未遂事件後、それに呼応するかの如く事件が頻繁に起きていた。単なる模倣犯なので姫奈たちが出る幕は無かったが杏香は違った。3-Pトリプルピー特務隊員として事件の鎮圧に奔走していたのだ。

 姫奈はソファで寛ぎながらタブレットの電子新聞をパラッと捲ると、黒ヘルメットで顔を完全に覆った人物が載せられていることに気づく。

「……やっぱ仕事熱心だなぁ」

 感心しながら呟くと、机の上に放置してあったスマホを手に取る。最近は頭を酷使していたせいかボーッとしがちであり、手に取ったスマホもホーム画面を見つめるだけで何をしようとしたか忘れてしまう。英美里は学校、ダリア、ヒペル、ラゲナも仕事でいないこの水門ウォーターゲートでいい加減休めと夏樹に諌められてこの体たらく。

「あー外で思いっきり遊びてぇー…………めんどくさ」

 口では言ってみるが、外に出ることすら億劫になる自分を顧みると、ある程度馬車馬でも悪かないと思う今日この頃である。

 しかし、今は午三つの刻。飯は食わねばいよいよ動けなくなるので、流石に身体をソファから持ち上げカップ麺でも食べることにする。お湯を注ぎ三分待つ間に、色々なことが脳裏を走馬灯のようによぎる。

 潰しても潰しても湧いて出るAUN。それをイタチごっこのように追いかけ回すSOU。世間から見ればAUNを抹殺しているのは3-Pトリプルピーだが、SOUの功績によるところが大半を占めている。それはSOUが非公開の組織であるために仕方のないことではあるのだが、気になるのは何度も湧いて出るAUNである。今のAUNは既に二代目であり、前組織はSOUが総力をかけて抹殺した。なのに、残党勢力が出どころ不明な金で再び組織を大きくしているのだ。それに、抹殺直前の初代AUNは組織力が無く指導者がバックれたのではという見解がなされたほどだった。

 実際のところは不明ではあるが、おそらく今のAUNを潰しても新たに湧くに決まっている。

 スマホがビビビっと三分経たことを知らせてきたので、手に取ってオフにする。

「お、ええ匂いですなぁ……」

 ややエセ臭い関西弁でそう言って見せると、折角立ったのに座るとまた寛ぐので立ちながら頂きますと一言。ずずっとひと啜りしながらスマホの方に目線を向ける。

「そういやまだ解決してないのか……」

 一週間前、御嶽山の麓、油木美林にある山荘で人質立て篭もり事件が起こり現在も解決されていないのだ。浅間山荘以来で長期の立て篭もり事件であるが、日本の警察も3-Pトリプルピーも有効策を取れずにいるらしい。犯人の顔などからAUNによる犯行ということがわかっており、そこそこの装備で籠城しているらしい。

「そろそろ私らに回ってくる頃合いじゃねぇかな」

 AUN関連だと、3-Pトリプルピーが優先的に駆り出されるのだが、解決困難とされると即時殺害権限を持つ自分達に出動がかかる。

 そう懸念しながらずずっとひと啜り。カップ麺の味を知るとレーションなぞ食えなくなるというのだから、魔の食物である。

 食べ終わると容器をサーっと水洗いしてゴミ箱に投げ捨てる。ここのゴミ箱は法律上公共ゴミ箱扱いで、下にはベルトコンベアーがゴミを処処理場まで直接運ぶのだ。これの普及はゴミ収集車という概念を無くすことになるが、工事に金と時間がかかるせいか東京でしか実現していない。

 昼食も摂ったことだし、射撃の訓練でもしとくかとベレッタ92に弾倉を込めて地下の大規模防音施設へ向かおうと思った矢先であった。

 首輪チョーカーに呼び出しのコールが入った。

「はーい?御嶽山荘に行くんですかわかりま――」

『話が早くて助かります。こちらが指定する装備を用意して待っていていただけませんか?』

 通信相手は別の仕事をしていたはずの杏香――アンジュだった。

「アンジュさん、私をパシるとは……」

『ウォーターゲートに貴女しかいないんですから文句言わないでください。指定した装備はミッショングラスに送ってあるんでそちら参照で。あと十分程で着くので、着替えも済ませといてください』

「はいはい」

『では後ほど』

 短いやり取りで事務的な会話を済ませると、その辺に放置していたミッショングラスをかけ、情報を確認する。

「えーっとどれどれ……ってAMR対物狙撃銃じゃん。しかも、EG82って電磁対物狙撃砲レールライフルだよね」

 それ以外にも通常の狙撃ライフルなどがラインナップされており、これだけのガチ装備のから政府的に事件を早々に解決して人質を解放したいという思惑が見え見えである。

 ささっと武装保管庫へ走り、諸々の装備の調整と点検を苦労なく終わらすと、革製のライダースーツを取り出す。履いてた服は全部脱ぎ、ロッカーにしまい込むとラインがしっかり見えるが動きやすく、これぞ仕事着と言わんばかりの衣装を纏う。その上から機能性抜群のファスナーだらな革ジャンを羽織ると、ちょうど似たような格好の女、アンジュがフルフェイスの羽のステッカーが貼られた黒いヘルメットを脱いで入ってくる。

「用意はちゃんとしといたよー」

「……ええ、抜かりないようですね」

 用意された装備をざっとチェックし、異常がないことを確かめるとそのまま車庫のバイクの荷物置きに載せて縛る。

「じゃ、そろそろ行こうか?」

 姫奈はEG82のパーツの半分が入ったライフルケースをアンジュに差し出すと、受け取って背中に背負って胸の下あたりでカチャッと締める。姫奈も同じようにし、《1》のステッカーが貼られたヘルメットを取り出す。

「行きましょう。ラゲナさんもダリアさんも待機しているはずですので」

 バイクに跨りヘルメットを被るとシャッターが開き、大型の流線形状のバイクが二つ国道に乗って走り出す。

 

 法定速度ギリギリを攻めながら国道を翔ていると、ヘルメット内蔵のスピーカーからアンジュの声が聞こえてきた。

「アインスさん。作戦、どうしますか?」

「んー……現場の相手側の配置とか分かんなかったら決めようがないなー」

「たしかに」

「現場は私の指揮下に置くから。SセキュリティFフォースの連中もコキ使うよ」

「SF……確か独立治安維持組織でしたか?」

 アインスは誰にも見えない顔で顰めっ面を作り、その組織への反感を露わにする。

「ふん!未遂犯のための殺し屋だよ」

 アンジュは静かに嘲笑して返す。

「全然防げてないじゃないですか」

 アインスはそれを聞いて一つため息を吐きして返す。

「頭おかしいから。ソ連のKGBとかナチのゲシュタポとか、内閣情報局だっけ?あの辺とかとなんも変わらんよ」

 それらの組織は最初は不安定な社会情勢を維持させるために生まれたというのはアインスだってわかる。しかし、それを自身の権勢維持のために言論統制なぞしてしまっては二三〇〇年前の焚書坑儒と何も変わらない。経験を積み重ねるのが人間の利点なのに、悪いことばかりを学び滅びの道を進むのだから自業自得だと諦観じみた思考を張り巡らす。

「ま、根本的な外道力は私らのそれとなんら変わらんて」

 アインスがなんの躊躇いもなくサラッと言って退けると、英美里を思い浮かべたアンジュは同意する様に頷く。

 

「ところでアインスさん。二人こんな姿で並走してたら流石に目立ちますから、私はもう少し国道を走って次のICインターチェンジから高速に乗って向かいます」

 アインスは一瞬自分の姿とアンジュの姿を見る。なるほど、たしかに一人ならコスプレ程度で済むかもしれないが二人なら目立ちそうだ。

「わかった。んじゃ御嶽山荘付近で待ってるよー」

 アインスはそう言い残すと高速に乗り、一人疾走するのであった。

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