2話-6 戦慄する旋律
――遡ること五分前
「随分と探しましたけどいませんね……」
いないと気づいてもう十分くらい探し回っていた。杏香も英美里も一旦諦めて庭園に帰ってきたということだ。
「姫奈ねーちゃどこ行っちゃったんだろ」
英美里が寂しそうにしているので、いよいよ早く見つけ出したいところだった。
「ホント自分勝手な人ですね」
悪態を吐く杏香はスマホを取り出して、ダリアに電話をかける。
『はぁ〜い。どうしたのかしら?』
ザっと音が鳴ると抜けたような声色が耳に飛んでくる。
「あ〜ダリアさん。姫奈がどこにいるか探してくれませんか?」
今思えばダリアもどこにいるのか不明だったが杏香は構わず尋ねる。
『う〜ん……言っていいのかしらコレ』
嫌な予感を察知した杏香はさらに問い詰める。
「私たちに隠れて何やってるんですかあの人は!」
突然声を荒げたせいか、英美里がビクッとして恐る恐る杏香の方を見る。
少し間が置かれると、スマホの電話がプツっと切れると、杏香の頭の中に声が響く。
『……はぁ。わかったわ。というか目標もそっちに近づいてるし、姫奈ちゃん、いやアインスは間に合いそうにないし。
「分かっています」
杏香は淡々と感情を順番に排除していくことで、エインヘリャルとしての『アンジュ』に近づいていく。アンジュは意図的に通信を英美里にも共有する。
『じゃあ、目標の画像をミッショングラスに転送しておくわ。右側に表示されている地図の点、既にその辺りに目標がいるはずよ。死体三つも預かってるからどこまでできるかわからないけど、でも出来るだけのバックアップはするから頼みたいことがあったら言うのよ』
杏香――いや、アンジュは吹き抜けた空間の真っ暗いデッキがある最上階を見上げる。距離にして四十メートル弱程度。そこから撃つなら射程距離と自分の射撃精度的に手持ちのグロック17でも全く問題はない。唯一の不安要素があるとしたら、あとは自分を信じれるかどうかなのである。
「英美里さん、少し協力してください」
「アンジュ、私はどうすればいい?」
英美里は頷いて自分の役目を尋ねる。
「簡単です。
突然何を言い出すのかと思ったが、意図を理解した英美里は不敵な笑みを浮かべて頷く。
「わかった。アンジュ……ううん。杏香ねえちゃんのことを信じる」
「ええ。杏香ねえちゃんが助け出しますから。しっかりここ、撃ち抜いて見せます」
自分の頭に指さして、アンジュもまた不敵な笑みと約束を残してエスカレーターの方へ駆け上がる。
英美里はスマホを取り出して、顔と服装を頭に入れる。あたりを見渡し、それらしい人を見つけると子供のように走って男にわざとらしくぶつかる。男は予想だにもしない攻撃で思わず上着の中に手を突っ込む。英美里はそれを見逃さなかった。
「いっ……コラガキ!前向いて歩けよ!」
「お、お兄さんごめんなさ……ってそれって、じゅ、銃ですか⁈」
上着の銃が携帯されていると思しき部位を指さしてあからさまに大声で叫ぶ。それを聞いた周囲の目線が男の方へ集中し始めると、英美里を睨みつけて走りよる。
「チッ……ガキがァ!」
英美里の実力なら追いつかれることはないが、わざとらしくこけて見せて、男に首根っこを掴まれる。
「きゃあッ!」
「警察は呼ぶな!呼べばこのガキを殺す!」
周囲の人間がどよめき始めると、天井目掛けて一発放つ。
「騒ぐな!近づくな!近づいたやつから殺す!」
その頃、アンジュは最上階デッキから状況を見下ろしていた。彼女の考えが正しければ、彼は仲間が到着するのを待ってここにいる人を全員人質にする予定なのだろうが、それが叶うことはアインスのお陰で、お生憎とありえない。そして、幸い目標が近づくなと言ってくれているお陰で周りに人がいないので、流れ弾の心配をしなくてもいい。
アンジュは支給品でありグロック17を取り出し、ハンドガンスコープを取り付ける。ミッショングラス内蔵の暗視機能をオンにすると、一気に視界が明るくなる。
グロック17をスコープを覗き込めるくらいの距離まで顔に近づける。目標も人間であるので、一箇所で固まるということは無く揺れ動いている。それを撃つ訓練は幾度となくやっているが、なんとなく引き金を引き辛い。殺すのを躊躇っているのではなく、英美里の命を預かっていると思うと緊張するのだ。
今一度グロック17を握りしめ、最後の決意を固める。
「……ッ!」
タイミングを測り、引き金にかかっている指をグッと力を込める。
パンッ!
最後の一押しで、弾は放たれた。アンジュは銃声音と共に、着脱を確認することなくすぐさま奥の方へ隠れる。ミッショングラスに映し出されている監視カメラを確認すると、ショックで倒れたりしている人を確認する。地面に脳みそが飛び散ったらしいことを確認すると、どうやら目標の無効化に成功したようで安堵のため息で力が抜けて座り込む。
『……無茶したね』
それなりに暗闇の空間で姫奈の声だけが頭の中に響いた言葉に対し杏香は頭を横に振って応答する。
「いえ?意外とすんなりいけましたよ。相手が相手だけに」
自分でも驚くほど躊躇いがなかった。訓練の時に姫奈はよく、「最初の一発が重要だ」と言っていた。これが中々時間がかかる人が多いのだそうだが、やはり憎い相手を殺すというのは得体の知れない快感であった。
『……そっか。まぁ、これで見習い称号は取り払いかな』
「正規隊員に昇格ってことです?」
「そういうこと!」
背後から突然姫奈の声が飛んでくる。
「……見てたんですね」
杏香は肩に乗せられた手をはらって立ち上がる。
「手伝ってくれたってよかったじゃないですか」
「あの状況でどう手伝えと……」
杏香は姫奈から目を逸らし、目を細める。
「やはり、いくら復讐とはいえ人殺しは……」
テロリストを抹殺した手を開き、そして握ってみてこのドロっとしたような感触を確かめる。
「……慣れそうにありません」
それを聞いて姫奈は安心したように笑みを浮かべ、天井から差し込む光を見る。
「それでいい。
まるで
「ええ」
そう一言短く返すと、ダリアから全員合流の指示が入った。
「杏香ねえちゃんすごかったよ!」
警察に身柄を保護された英美里を引き取り、トランクの中に詰めていた死体三つを《掃除屋》に持っていってもらうと車の中の雰囲気は行きよりも明るくなっていた。
「スコープ付きハンドガンでの訓練をしておいた甲斐がありました……」
姫奈は少々不機嫌そうにダリアに視線を向ける。
「言わないでって言ったじゃんダリア」
運転中のダリアは視線を前方から逸らすことなく応答する。
「いつかくる実戦だし?英美里の能力を信じての作戦だったわけよね?」
「ええ。万が一私が失敗しても英美里さんが目標の腹を蹴り飛ばすか、手に持ってた銃を奪って撃つくらいのことはしてくれるかなって」
「んなことになった暁には両方消えてもらうからなー?」
姫奈は冗談めかしくそう言って見せると、英美里もダリアも笑い飛ばした。
「ま、とはいえお手柄だったんじゃないの杏香?」
「ええ。姫奈さんにそう言って貰えるといれしいですね」
まだまだ他人行儀な杏香に対して顔を近づける。
「姫奈さんじゃなくて姫奈!それでいいのにさ?」
「ダメですよ。立場はハッキリさせとかないと」
杏香にキッパリ跳ね返されると、姫奈はふんっと窓の外を向く。
「真面目だなぁ」
「姫奈さんほど仕事気質でもありませんよ」
高度な煽り合いが始まったところで、姫奈は思い出したように杏香に再び顔を向ける。
「あ、そうだ!なんか欲しいもんある?」
「欲しいもの?突然なんです?」
「うん。報酬はいるでしょ?なんでも言ってよ」
さっきと打って変わったような態度に少々困惑しつつも、杏香は一つ思いつく。
「……私が殺したテロリストが使ってた銃。あれが欲しいです」
それを聞いた姫奈は自分のハンドバッグの中に携帯されているもう一丁の愛銃、ベレッタ92を思い浮かべる。姫奈にとっては思い入れの深い銃で、自分の大切なものを奪い、そして自分が初めて人を撃った銃でもあるからだ。
「わかったよ。《掃除屋》さんが回収した銃火器は警察に持ってかれるけど
おそらく杏香もそういう意味があるのだろうか、姫奈は同情して約束するが、目標が持っていた拳銃の機種を見て驚く。
「珍しいんですか?」
完全に無知な杏香とダリア英美里は同じように姫奈のアンサーに耳を傾ける。姫奈ははいはいと言わんばかりに答え始める。
「一九八八年にワルサーが作った自動拳銃なんだけど、高くてどこにも正式採用されなかったんだよ。んで、九六年生産やめて以降はコレクターの間で高値で取引されてたらしいよ」
「骨董品ね」
「言うて私のM92も似たようなもんでしょ」
――ワルサーP88
杏香は胸の内でそう囁く。
その名の銃が今後自分の愛銃であり、自分が最も相手を殺す手段として使うモノであるということを頭に刻む。
再び手のひらを見つめ、また握りしめる。
――あの感触を忘れないため。
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