2話-3 杏香ねーちゃッ!
真っ赤なスーパーカーでしっかり公道を走るとやはりこれは目立つものだ。外から妙に視線を感じるのだが、運転しているダリア本人はといえばルンルンで超絶ご機嫌なのであまりツッコまないことにする姫奈。
とはいえ、姫奈もスカイツリー爆破テロ以降は息つく暇も無かった。三ヶ月経っても杏香に慣れない、もしくは慣れてくれないし、英美里の個別訓練の回数を増やした上、自分は残党処理に追われる始末だった。ようやっとの休暇といったところなのだが、どうにも嫌な予感がする。つい先日ダリアに相談したら、職業病だと言われリフレッシュをオススメされたのでそれが今日である。
外の風景をボーッと眺める杏香を見て、どこか恨めしく感じた。この三ヶ月、AUN憎しで自分が課した過酷な訓練に耐え切って、作戦行動可能な水準まで育て上げた。
それでも姫奈から言わせてみれば、杏香はまだ半人前だ。何も恐れぬ瞳を見ればわかるものだ。
この同年代の少女をSOUに引き摺り込んだのは、単に自分の我儘もあったかもしれない。大元の理由を抜きにしても、そう考えざるを得なかった。
「……姫奈さん」
「なーに?」
英美里がはしゃぎ過ぎで船を漕いているのを他所に、杏香が話しかけてくる。ダリアはフッと笑みを浮かべて英美里を指差して、よこせとサインを送る。
「ん、じゃあよろしく……っと!」
英美里を抱き上げて、前方の補助席に移動させると仕切りがぐぐいっと伸びて後部席と前部席を遮断する。
「ん、いいよ」
「なんでそんなに陽気にできるんですか?」
「なーんか不自然な言い方だねぇ?」
「ええ。作り笑いも大概に、と言ったところです」
姫奈は少し驚いて杏香の方に目線を移すと、まだ明後日の方を見ている。
「勘いい方なんだ」
「いいえ?むしろ鈍い方です」
「適当かよー」
不満タラタラにいつもの気抜けたトーンでそう返すが、今度は返事が帰ってこない。
「そういう杏香も、心を開いてくれない理由がわからないなぁ」
「家族が頭から離れないだけです」
「……そっか。ま、そうだよね。たった三ヶ月で新しい家族受け入れろとか無理あるわな」
今度は杏香が驚いたのか目線だけ姫奈に向ける。
「バンシーじゃないもんね、杏香は」
当たり前のことをわざわざ呟く姫奈に不思議と物悲しさを覚えた。
「それはそうと、今日は私の奢りだから好きなだけ服買うといいよ」
「嫌です」
「好意は受けっとっとけ?」
「借り作るのが嫌なだけです」
確かに自分なら言いかねないと妙に納得顔の姫奈はため息を吐く。
「ま、せめてそのワンピースはあげるよ。私もいらないし」
「それはどうもありがとうございます。いつ着るかが問題ですけどね」
会話が終わって間も無く、車は一度も止まることなくスムーズに駐車場に滑り込む。
「やっぱテロ以来かしら、客足は滞っているようね」
休日なのに駐車場が思いの外スカスカなのを見てそう呟く。
「あー私が残党は大方処理しましたーって大ぴらに言えたら賑になるのかねぇ!」
姫奈はググッと伸びをしてからガチャりと音をたててドアが解錠されたことを確認すると、扉に手をかけ、よいしょという掛け声と共に上に上げる。
「姫奈ねーちゃ服買って!」
先に出ていた英美里が姫奈の袖を引っ張る。
「いいよ〜今日は私の奢りだぜ」
満面の笑みで英美里に手を差し出す。英美里もその手を握り返すと、姫奈は杏香の方を見て意地悪らしい悪魔的笑みを浮かべる。
「そう言ってるのに杏香ねえちゃんは要らないっていうんだよーどう思う?」
「姫奈ねーちゃがこう言う日って少ないから甘えるのがいいと思う!」
杏香は嫌な顔も見せれずに笑って誤魔化すが、姫奈にはバレバレであった。
「なんか欲しいのあったら言ってよ。本当に私の財布から出すから。じゃ、いこっか!」
「うん!」
姫奈が英美里の手を引っ張って猛スピードで疾走する。
「コラーッ!変な目で見られるから遠慮しなさいよーっ!」
またも取り残される杏香だったが、ダリアは笑みを浮かべて杏香の方を向いて頷く。
「ま、予想通りね。あの子たちのこと追いかけてちょうだい。私はちょっと気になることを探るから」
「え?……あ、はい」
なにか察したのか杏香も世界最速級のコンビに追いつくべくそれなりの速さで追いかける。
杏香が行ったことを確認するとダリアは車の中に放置してあったタブレットを取り出し、真っ白いアイコンをタップするとショッピングモールの監視カメラの映像が一斉に出現し、自動で数が減っていくと最終的に男女含めて五人の人物の顔写真と照合するが如く横に並べられる。
「ふぅん……やっぱりビンゴよ」
「どこ買いに行く?」
「んーっとねぇ……」
先に一回の噴水フロアに到着して地図アプリを開きながら悠々と歩いていた。
「そうは言っても、子供服を売ってるところなんてそう多くはないでしょう?」
背後から突然現れた杏香に驚く二人。それを見て呆れたようにため息を吐く杏香。
「ホント普段は警戒心皆無なんですね」
「おん」
「けーかいしん?なんのこと?」
英美里と会話が成り立たないのは仕方がないとして、姫奈に肯定されるのは予想外というか知っていたというか。
「まぁなんでもいいですけど。迷子になられたら困るんですよ」
杏香が悪態を吐くと姫奈はキョトンとして視線を返す。
「な、なんですか……あ。そういうことですか」
そこでようやく自分の頸に埋め込まれて皮膚の外に飛び出す異物、普段は肌タイツで強引に隠しているそれには、ちゃんと位置情報を伝えるための装置が備えられている。
「満に一つもねーですってことさ」
「ん?ん?なんの話?」
英美里が一人ついてこれずに杏香と姫奈の顔を交互に見る。すると姫奈が頸に軽く手を当てて、なんのことかサインをだす。すると英美里の表情が突然固くなった。姫奈の目線がこちらに帰り、瞼をピクっと上げると、察せと言わんばかりに頷いてくる。杏香は思わず頷き返すと英美里に再び声をかける。
「……いやぁ?じゃ、いこっか英美里!」
「うん!」
名を呼ばれると急に正気に戻って返事をする。一連のやり取りで、姫奈は色々と隠さずに見せてくれたのだ。やはり、SOUのトップの一人と言えど彼女は反対派であることがわかる。
「英美里どんな服が好きだっけ?」
ハンガーにかけっぱなしにして英美里の身体にスッと当てる。
「ん、これ可愛いね」
「んーあんまわかんない……」
少し困ったような表情をする英美里に姫奈が目を丸くして返す。
「ふふっ。じゃあ、これにしよっか」
「うん!」
杏香は会計カウンターに並ぶ二人を外から眺める。なんというか、まるで姉妹どころか母娘に見える気がして来た。
会計を済ませ出てきた姫奈が英美里の頭の上に掌を縦に上げる。
「買って欲しいだけじゃんかよ」
姫奈が英美里の頭に軽くチョップすると英美里はうんと頷いて返す。
「姫奈ねーちゃと遊びたかっただけなんだー」
姫奈は嬉しそうに英美里をぎゅーっと抱きしめる。杏香は目立ってるぞと言うに言えぬ雰囲気になっていたが、英美里が顔を真っ赤にして恥ずかしがっているのを引き合いに出す。
「英美里さんが恥ずかしがってますから離してあげてください」
するとまた、二人して真顔を向けてくる。
「こ、今度はなんですか……」
「私のこと名前で呼んでくれたー‼︎」
「そんなことですか――ってうわっ⁈」
あまりにどうでもいい理由だったので思わず驚くと同時に英美里が飛び込んでくるのに思いっきりたじろぎ倒れそうになる。姫奈がクスクスと笑って身動き取れない杏香の頬をつっつく。
「警戒心、ないんじゃなーい?」
「うぐぐぐ……」
痛いところをつかれ唸る杏香を今度は英美里が引っ張る。
「杏香ねえちゃん!一緒に見てまわろッ!」
「え、えええっ!」
返事もなしに強引に連れ去られる杏香に手を振って見送る姫奈。
「……ふふ。英美里には感謝、かな?」
ハンドバッグが振動するのでスマホを取り出すと、ダリアからホットライン回線でメールが届いていた。
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