2話-2 伸びてますから
「とっころで〜きまった?」
アイランドキッチンのカウンターでハイチェアに座ってマグカップ片手にノートパソコンをいじるダリアが、声だけ姫奈に向ける。
「ん〜!決まったわよ」
「お洋服買いに行くの〜!」
英美里が姫奈とダリアの間に割り込んで飛び出してくる。
「と、いうわけね」
姫奈はなんとなく自室がある方に目線を向けると、目線を宙に移す。
「ん。サイズ合わん服しかないわ」
「伸びないわよ」
「伸びてるわ!」
ダリアが自分の身長を引き合いに出して姫奈にチビと煽る。プンスカ怒る姫奈と凶悪な笑みで煽るダリアを見てきゃっきゃはしゃぐ英美里。側から見ればもうこれは完全に普通の家庭だなとつくづく思う杏香だった。その実は殺し屋二人と最強のハッカーのババアであるからまたこれが信じられない。
「ん?杏香もいく……かぁ?」
「えっ」
「いやじっと見てたら行きたいのかなーって」
姫奈の言う通り確かに見つめてた、見つめてたが。
「いやそういうわけじゃ……」
「ホラ行くよ!」
解釈違いだと抗議したかったがこうなると完全に聞かないのが姫奈。周りに男がいないことすら確認せずに服を引っ剥がしてくる。
「ぎ、ギャーッ!」
「私の部屋のクローゼットから服二組もってこーういっ!」
杏香の鬼気迫る叫びと姫奈の命令の叫び声、ダリアの大笑いでリビングは混沌としており、中の状況を察して扉の前で待機を余儀なくさせられる男どもが呆れ顔、またはクスクスと、相変わらず仏頂面と完全に阿修羅の如き三面であった。
「んーやっぱ白いワンピ似合うねぇ。似合いすぎて腹たつな!」
純白というよりは淡く青みがかった白だが、これが金髪とよく似合う。それに比べ、杏香は姫奈の全身を見る。
「姫奈ねーちゃも可愛いね!」
「でしょー?」
肩から小さめのハンドバッグを下げるて、スカートの裾をスッと持ち上げてアピールする。その服装をみて、杏香は目を逸らしてボソッとつぶやく。
「……古いですね」
「だれがババァじゃゴルァ⁈」
「そう言うところよ〜ん」
罵倒に過剰反応、最後にダリアにツッコまれるというテンプレートが出来上がりつつあったのである。
「それはそーと!ショッピングモールとかいくのかー?」
ダリアはコクリと頷いてノートパソコンをカタカタと弄り、画面を見せてくる。
「そう!それもどうせなら賑わってるところに行きたいわよね。車で」
「それはそう。三ヶ月前は完全にお
あの事件以来、より街は安全にという方向性に向かっていくことになる。それは誰にとっても願ったり叶ったりだが、それは求められた平和なのかどうかはわからない。
「ということで、渋谷区の超大型ショッピングモールに行こうと思うわ!」
「「おーッ!」」
姫奈と英美里が二人して拳を突き上げるが、杏香はそっぽを向いたままだ。それを見て姫奈が近づいて密かにアドバイスする。
「こういう時くらいは楽しく、が私たちウォーターゲート支部のモットーだよ?」
「わたし、行くって言ってないんですけど」
「行こうね」
「だから……ッ!」
「行こうねッ!」
その光景を見て英美里には大声で言い合っているようにしか見えなかったが、ダリアは困ったように苦笑する。杏香は歯を食いしばったまま渋々頷く。
「よーぅし折れたッ!そうと決まればレッツゴーウッ!」
姫奈は鍛えられた馬鹿力で杏香の左手首をガッと掴んで走り去っていった。
「あはははッ!ねーちゃ私も〜」
英美里までついていってしまって、ダリアが取り残される。
「こらーッ!車で行くわよ〜!」
必死に呼び止めると杏香が姫奈の手を引いて家の中に強引に連れ帰ってくるという逆の状態になっている。
「車で行くって言ってたでしょう?話きいてくださいよ」
「むぅ……悪かったよ……」
杏香の妙に棘のある言い方に最大限の抗議の意志を示しつつ謝る。
「いいストッパーだわ」
ダリアが心底嬉しそうに笑っているところを見ると、杏香は一言かける。
「心中お察しします……」
「うん、まぁね。一応あんなでも家族どころかSOUの中では夏樹に次いで権力あるのよ」
「それは、どっちの意味で?」
解放された姫奈が英美里とはしゃぎあっている間にダリアがささっと準備をする。
「そうねぇ。どっちもよ」
「カリスマも無さそうだし陣頭指揮も無理そうですけど」
「カリスマはあるわ〜私も、昔はこんなじゃなかったし」
杏香は今のほっこり暖か系大人のレディを体現するダリア以外が想像できなかった。
「貴女が杏香って名前でここに来た時と同じような雰囲気だったわ。でもね、あの子の明るいところはやっぱり本物なのよ」
じゃあ、姫奈に感じたあの底知れない闇のようなモノはいったいなんだろうか。もしかすると、と思い今度この家族一番の謎の人物である夏樹に問い詰めようと決心した。
「わかってますよ。姫奈の優しさはきっと本物です」
少なからずAUNに恨みを持つ自分に復讐の機会をくれている、そういうことからもやはり彼女の善性自体は本物だ。だからこそ、彼女の全てを知りたいという乱暴な感情が邪魔だった。きっと、信頼さえしていればきっと大丈夫。そのはずである。
「うん。じゃあ、行こうかしら〜」
ダリアの声かけに二人同時にふりむく姫奈と英美里はまたもや同時に頷いた。
「あ、ラゲナにヒペルー!留守は頼んだわ〜」
ヒペルはやれやれと夏樹の方を向くが、どうやら少し不機嫌らしい。
「根岸司令……」
仏頂面なところがダメなんスよ、とアドバイスしようにもどうせ眼力で返されるに決まっていたのでやめておくことにした。
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