1話-5 命の天秤

声の主は杏香だ。

杏香――アンジュは講堂に足を運んでいる最中だった。

 火薬の臭いに気がついたのは、姫奈より少し前だった。地面を見ると黒い粉があり、間違いなく火薬だと確信するとすぐさま準備を整えて講堂へと向かったのだ。

「講堂裏口前で待っています」

『そうして』

 プツッと切れると、鞄の中にしまい込んでる自動式拳銃のワルサーP88を取り出す。頭の中で考えうるだけの爆弾が仕掛けられそうな場所を探る。舞台倉庫と二階の施設管理室、あとは地下だ。突入して解除するのが先決か、それともボヤでも起こして建物の中の人を避難させるべきか。

 考えていると、何者かがタッタッと駆け足で近寄ってきて、反射的に銃口を向けてしまう。

「私、アインスだよ」

「ああ。これは失礼を」

 銃口を下げると姫奈――アインスも鞄から自動式拳銃であるベレッタ92を取り出す。

「ぶっちゃけ、まだ爆弾があるか分からんけど……」

 手首のスマートウォッチを翳す。すると、電子錠はガチャっという音と共に開いた。

「強制捜査用のマスターキーも使えることだし、確認ぐらいはしてみようか」

 アインスの提案にこくりと頷いて、中にそろりと忍び込む。入り込むや否や、アインスが右舷を警戒するとアンジュは逆側を警戒する。

「……クリア、でいいかな」

 窓が一つもなく真っ暗闇なのでサングラス型の暗視スコープをかけると、アンジュはついでにハイポジションで髪を結ってポニーテールを作る。

「ありますね」

 赤く点滅している爆弾が至る所に設置されてある。アンジュもアインスも警戒しながら近づき、下手に触らず外装を確認する。

「パッと見だと時限式ではなさそうかな……ん?」

 あまり見たことがない、金属網目のような装置が引っ付いていることに気づいたのはアンジュも同じだった。

「起爆装置がと三つありますね」

「二種類?」

 アンジュが謎の装置を起爆装置だと言い切って驚き思わず聞き返す。

「ええ。二つは典型的な起爆装置ですけど、もう一つは……」

 アンジュも少し考えるが、皆目見当がつかない。しかし、その形状と場所の特性からアインスはなんとなく気づく。

「……マイクだよこれ」

 アインスの指摘にアンジュも確かにと頷く。

「チャイムの音を拾って、その回数で起爆を行うといったところですかね」

「そゆこと。だとしたら、最初から学校を狙っての犯行だねこれ」

「非道……」

 アンジュが静かに憤りを見せると、ポンと肩に手を置くアインス。

「感情が自分を殺す。最初に教えたでしょ?」

 そう諭されてアンジュは肩を落としてため息を吐く。

「……すみません」

 謝意の言葉を聞くと同時に時計を確認する。昼休み開始のチャイムまであと二分。

「次のチャイムが鳴ったらカウント九〇〇。その間に、作戦を成功させる」

「……ボヤでも起こします?」

「いや、かえって危険だな。だからさ、これ使って」

 そう言って放り投げられた試験官の中には何も入っていない。

「これは?」

「ガスの着臭だよ。甘くて不快感があるアレ。化学実験室でそいつをぶち撒けて、ガス漏れ騒動を起こして。その後に、放送制御機で機材壊しても構わないから止めて。どうせなら爆音でなんか鳴らしてほしい。私はその間に犯人を追い詰めておくから」

 アインスの作戦にアンジュは違和感を覚えた。まるで犯人が誰だかもうわかっているようである。その疑念を感じ取ったのかアインスは続けて付け足す。

「大丈夫。犯人は見当がついてるから」

「誰なんです?」

「不登校くんだよ」

「なんで疑ってんです?」

 アインスから返事が返ってこない。どうやら彼女本人に纏わることでもあるようだ、ということを察したアンジュはこれ以上追及はしなかった。

「……時間がない。後から話す」

 チャイムがなる三十秒前。

「こちらの作戦が終わったら合流すればいいのですね?」

「うん。起爆装置は二つ持ってるだろうから、両方同時に破壊したい。講堂側から上がってきて内側から背後をついて。狙うのはアンジュ側から見て左手首」

「また無茶を……では行きます」

 ついにお互い目的地に向けて疾走を始める。

 アンジュは誰にも気づかれぬよう、まさに無音で校舎に入り実験室へ突入する。講堂は校舎のすぐ右隣に配置されており、実験室は校舎一階の講堂から最も離れた場所に位置している。

 試験管を地面に叩きつけると中にどれだけ充填されていたのかと思うほど、部屋にガス臭が充満する。

 危機感を煽るような煩い火災警報のサイレンが鳴ったのを確認すると、アンジュは放送制御機がある職員室へすぐさま向かう。


「うん。私と杏香で外のコンビニに行ってたところだから、心配しないでって先生に言っといて」

 アインスは首輪チョーカーとスマホを接続して、茉奈に自身の安全を伝えた。

『……うん。じゃあまた後でね』

「うん。気をつけてね……さて、ようやくお出ましかな」

 電話を切ると、講堂の扉の前に現れたのは少年だった。講堂入口と校舎は連絡橋というのか、それが繋がっているので退路はないことを確認済みだ。その上で扉と挟み撃ちなのである。ベレッタ92にサプレッサーを装着して、一息吐いてから姿を現した。

「あれ?避難警報が出ているのにどうしてこんなところにいるのかな、ジェームズ・サントス・デラクルスくん?」

 ウィーバースタンスで拳銃を構える同級生の姿にあまりに驚いたのか目を見開いて呆然としている。

「……一体なんだよ。俺の邪魔しやがって」

 怒りで詰まった声を必死に振り絞って、正体を尋ねる。

「それは私が聞きたいな。あんな高価な起爆システムを買えるだけの金がキミにあるとは思えないし、そもそもあんな量の爆薬をどうやって入手した?」

 ゆっくり近づいていくと、急にスイッチのようなものを見せるようにして掲げる。

「近づくな!い、いいのか⁈い、い、今すぐ講堂吹き飛ばすぞ!」

 どこかぎこちない言い方に、アインスは相手の心理を見抜く。

「へぇ?ならなんでチャイムの音を拾うためのマイクなんてついてたのかな」

「な、なに……?」

「どうせ、自分で人を殺す覚悟が無かったからでしょ?」

 尚も近づき続ける。ハンドガンサイズの銃火器を持っていない確証がない為、近接戦闘距離まで近づくと構え方をC.A.R.システムに変更する。

「お前に何がわかるんだよ!俺の兄貴はバーンズのクソ機械に殺されて、両親は劣等人を産んだって成功者に迫害されて自殺。生き残ったのは俺だけ……」

 アインスは制圧可能距離まで近づくと歩みを止める。

「それから知ったんだよ。あのクソ条約に批准してない国があるってさ。いつか殺されるかもしれないと怯えている俺たちとは大違いだ!みんな楽しそうにしてて……でも俺は二年後に天秤にかけられるんだよ、命の天秤にな! だから……だから、殺してやろうって思ったんだよ」

 ジェームズの話は姫奈にはわかる話だったし同情もできた。しかし、実際のところにとっては全く関係ない。彼女にとって大切なのはただ一つだけ。

「もう一回聞くよ?今度は具体的に」

「なんだよ!」

「AUNと取引、した?」

 ジェームズは目を細めて、躊躇うようにしたが、次の瞬間だった。


 爆音で音楽が流れ出したのだ。


「なっ⁈」

 ジェームズがあまりに驚いたせいかスイッチ押そうとした瞬間だった。

 

 パンッ

 パンッ

 

 背後の講堂へ続くドアがバンっと勢いよく開き、アンジュが飛び出してきたのだ。そして、爆音で掻き消された上にサプレッサーで控えめになった銃声が二つ響くとジェームズは悶絶するように項垂れ落ちて、起爆スイッチを地面に落とす。

 アンジュが首輪チョーカーを触ろうとしたのでアインスが制止する。次の瞬間、アインスはジェームズの両足を撃ち抜いた。操作していいよ、という意味のサインを出すとアンジュは中断した動作を再開する。すると、爆音が止んだ。

「両手両足縛って」

 失血防止措置をアンジュに指示し、それを実行する間にジェームズから起爆装置を丁寧に剥ぎ取る。

 もはや動くための手段を失ったジェームズはアドレナリンが出ているせいで痛みをあまり感じていないだろう。なので、口が動くうちにアインスが耳元に近づいて尋ねる。

「最後のチャンスをあげる。ただし今度答えなかったら殺すから」

 ジェームズは無我夢中で頷く。

「AUNと取引、した?」

 アインスの圧に負けて震えながら頷くとアインスの表情は途端に憐れみを示すものに変わる。

「私たちが特殊作戦部隊SOUじゃなかったら命は助けてたかもね」

 鞄から取り出した小型の四角い物体をジェームズの口の中に放りこんで、ガムテープで封をした。アインスはジェームズをおぶると小走りを始める。

世界治安維持警察Sー3Pに爆弾処理の手配をするように夏樹に言っといて。あと化学実験室は吹き飛ばすから、それの処理も頼んで。スマホ回収したらここから一番近いコンビニに逃れてね」

 アンジュは呆気に取られながらもなんとか頷いて、二人の司令官、首輪チョーカーに手を当ててから根岸夏樹に連絡を取りだす。

 アインスは尚も実験室へ走り続ける。

「……ダメだよ。無関係の人を殺したら。……まぁ人殺しの時点でアウトなんだけどさ」

 なにかを必死に訴えかけてくるような眼差しが、アインスには少しだけ辛かった。

「命乞い?それとも、どの口がって言いたいの?」

 彼にとっての処刑場に入ると、申し訳程度に一番講堂から離れた角に、物を放り投げるかのように雑に扱う。

「これはね、復讐。私はAUNに、キミは自分を虐げた者たちへの。でも私とキミには決定的な差がある」

 残り一分程で小規模な爆発が起きるので、トットッと教室のドアのところまで向かう。

 そして、彼の最期に一言。どうしようもないけど、残酷な真実を叩きつける。

「私の殺しは認められたモノで、キミのそれは非合法なモノなんだよ?」

 これが法治国家の基本。

 

 扉を閉めて鍵をかけるとアインスは廊下を疾走し、学校の裏口を乗り越えてコンビニに走る。

 その道中であったか、遠くから小さい爆発音が聞こえた。大きさからして誘爆はしてないと判断し、一息吐く。首輪チョーカーに指を置き、回線を開く。

「こちらアインス、状況終了です」

『ん、ご苦労。キミたちは学校の諸君たちと合流するといい。今日は格別に労うとしよう』

「それはど……切りやがったよ」

 一方的に切られて、やや不機嫌な姫奈は杏香との合流地点である最寄のコンビニ前に向かった。


「口封じ、しました?」

「勿論だよ。例えAUNじゃなくても、見られた以上は殺処分措置を取らなきゃ」

 杏香は、黒煙をあげる学校を見る。

「決まり、ですものね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る