第3話 日本一の称号……赤羽だって負けないけどね

 久しぶり。俺は橘 尹尹これただ、トレジャーハンターだ。

 今日は依頼人の下村さんに会う為、遠く離れた東村山まで出掛ける。

 北区赤羽からだと、ちょっとした旅行気分だ。

 そして今回も姉、尹尹これちかの娘、姪の柚木 尹尹いちかも同行するといってきかない。仕方なく連れて行く事になってしまった。

 正直、二人で電車に乗りたくはないのだが、義兄にいさんにも叱られて反省したというので、渋々連れていく。


 赤羽駅前の商店街の一つ。志茂の方へ伸びる商店街の外れの中学校前で待ち合わせだったが、珍しくイチカは早く着いていた。

 何が楽しいのか嬉しそうだ。

 こっちは憂鬱だってのに。

 そういえばなんで商店街に中学校があるのだろう。

 パチンコ屋もエッチな大人の店も並んでいるし、夜中になると通りのジムから彷徨いだす酔っぱらったボディビルダーが、停まっている車をひっくり返して遊ぶようなイカレタ商店街に、何故か中学校がある。

 今まで気にしなかったけど、あまり他所よそでは見かけない気がする。


 そんな商店街を二人で抜けると、環八を渡る信号を待つ。

「そういや前に、このラーメン屋がテレビに出てたな」

 街道沿いの大きな店を見て思い出した。

「へぇ、お客さんが居るの見た事ないけどね」

「まぁ近所のやつや、タクシーやらトラックのドライバーなら入らないけどな。評判の人気店ですって紹介されてたぞ。見た事ないくらい客が入ってたな。あれってテレビのスタッフなのかなぁ」

「うぇ~、そうなの~? やっぱテレビって、そうなんだぁ」

「別の店も見た事あるけど、やっぱり誰も居ない店を人気店だって紹介してたなぁ。まぁ、人気店ならテレビで紹介する必要がないもんな」

「やっぱり、みんなやらせなんだぁ」

って言うなよ、演出なんだろうよ。あれも商売だしな。そういえば、なにで紹介されたのか、やたら混んでる行列のラーメン屋も見た事あるぞ。田舎の方だけど、実際に毎日、行列が出来てるんだよ」

「おいしいんじゃないの?」

「何人かに聞いたけど、美味かったってやつはいないな。毎日行列が出来てるのに、不思議とリピーターはいないって、不思議な店だな」


 そんなくだらない話をしながら駅に着いた。

 今日は新宿から西武線だ。何度乗っても西武線は分かり辛い。

 何故か並行して走る西部新宿線と西部池袋線が紛らわしい。

 さらに西へ行こうとすると、乗り換えがもっと分かり辛い。

 何度乗っても理解できない。そんな不思議な線が西武線だ。

 都内の地下鉄の方が、ずっと分り易い。

 出来れば乗りたくないが仕方がない。

 西武新宿から西武新宿線に乗っていく事にした。

 中央線で国分寺まで行ってから西武国分寺線って手もあるが、今回は東村山駅ではなく久米川駅を目指す事にしたのだ。

 ちょっと寄り道していく事にした。


 心配していたトラブルもなく、今日は御機嫌なイチカと久米川駅に着く。

「なんでこっちなの?」

 今更かよ。駅を出たところでイチカが疑問を口にする。

「ちょっと人に会うんだよ。まぁ、ついでだな」

「ふ~ん」

 興味なさそうなイチカを連れ、駅前の喫茶店へ入る。

 役に立たない警察の代わりに街を練り歩いてくれている人達が、巡回の最期に集まる店だが、ここのサラダが何故か好きだったりするんだ。


「そういえば、ここってなの?」

 アイスコーヒーを飲み、サラダをスープのようなドレッシングにと沈めながらイチカが、突然おかしな事を言い出した。

「どういう意味だ?」

「いや、東村山駅ってさ、結構遠いじゃない?」

「あぁそうだな。この辺りは東村山市栄町だな」

「へ? 久米川町じゃないの?」

「久米川は、東村山駅の方だな。ちなみに、駅前でしむらけん饅頭って売ってるけど、あの人の実家は秋津の駅の方だ。そんなとこが東村山だよ」

「へぇ~」

 聞くだけ聞いておいて、どうでもよさそうだ。

「よぉ、おひさぁ~」

 くだらない事を言っていると、待ち人が店に入って来た。


「お久しぶりです」

「いやぁ~久しぶりだよね~。たまには顔見せに来てよぉ」

 40代の陽気なパンチパーマのおっさん。ストライプの黄色いスーツに赤い靴下という、粋で鯔背な格好だ。相変わらずだなぁ。

 日本では線の縦横でストライプとボーダーに分けられる事もあるけれど、本来のストライプは縞模様の事で、その縞の間、境界がボーダーだったりする。

 まぁ、どうでもいい事だけど。


 イチカは小首をかしげている。

 なんか見た事あるけれど、思い出せない。そんな感じだ。

片桐かたぎりさんだよ。宇藤うどうさんのとこの……」

「ああっ! 思い出したぁ。昔、パパのとこに来てたおじさんだぁ」

「そうそう。イチカちゃんも大きくなったねぇ。パパには世話になったんだよぉ」

 義兄さんの仕事仲間の宇藤さんの部下、片桐さんを思い出したようだ。

 最後に会ったのは、イチカが中学にあがるかどうかくらいだったか。


「これ、おみやげです」

「おっ、嬉しいねぇ。もう、なかなか売ってなくてねぇ」

「なにそれ」

 片桐さんへお土産の紙袋を渡すと、イチカが何も描かれていない茶色の紙袋を見て、中身が気になったようだ。

「ちんこきりだよ」


「ち……え……なんて?」

「はっはっは。今の子は賃粉切りなんて知らないだろう。刻みたばこだよ」

「葉っぱを刻んで売ってる職人や、刻んだ葉をちんこきりっていうんだ」

「……た……ばこ……そ、そう……なんだ」

 何か勘違いしていたようで真っ赤になっているが、あまりからかうと殺人キックが飛んでくるので、そっとしておく事にしよう。


 片桐さんは何年か前からパイプにはまって、変わったタバコに手を出すようになった。手入れが面倒なのがクセになったそうだ。

 なかなか取り扱っている店がないのも何か刺さるのか、やめられなくなっていた。

 池袋でひっそりと、半分以上趣味でやっているタバコ屋のおばあちゃんが、自家製のタバコの葉を刻んで売っていた。

 たまに会う時には、おみやげに買ってくると喜んでくれていた。

「いやぁ、嬉しいねぇ。じゃあ、さっそく」

 片桐さんは赤い煙管を出して、刻まれた葉を詰め始めた。

「そのキセルもパイプも大分、良い色になってきましたねぇ」

「そうだねぇ。吸った後の掃除とかねぇ、手間がかかるのがねぇ。愛着がねぇ」

 手間がかかる程、面倒くさいのを乗り越えると、やめられなくなったりする。


「市役所だろ? 送っていくよ」

「すんません。お願いします」

 話が弾み、軽く食事を終えると、片桐さんが送ってくれるという。

 喫茶店を出て、片桐さんに市役所まで車で送って貰うことになった。

 駅前の狭く小さなロータリーにと停められた、やたらと目立つ真っ黒なでっかいSL500にイチカと乗り込んだ。

 工場出荷時、オープンカー仕様も選べるハイセンスな奴だ。

 一度選んだら屋根付きには戻れない困った奴でもある。

 ちょっと値の張る車で、三千万(税抜き)だったかな。


 途中、有名な建物の前を通る。

「ほら、これが有名な東村山警察だよ」

「おぉ、これが日本一とか噂の警察署なんだぁ。なんか普通だね」

「はっはっは。まぁ、見た目は何処も変わりはないだろうなぁ」

 日本一働かないと噂の警察署、東村山警察。

 事件があっても出動しない。

 訴えがあっても調べもしない。

 検挙率0%等々、色々と噂の警察署だ。

 暇過ぎて体力が有り余っているのか、事務移転の時には業者よりも働くとか。

 あくまでも噂だけどね。


 何をしても捕まらない。だとか、海外へ高飛びするくらいなら、久米川駅周辺に潜伏した方が捕まらない。だとか、人を殺したくらいなら捕まらない。

 などなどなど……噂はキリがない。

 まぁ、実際に捕まったって奴を、少なくとも、俺は知らないけどな。


「ねぇねぇ。ほんとに働かないのかな?」

 何が楽しいのか、イチカの目がキラキラしている。

「試すなよ?」

 一応、小さな声で注意はしておく。

「う~ん……特捜でもなければ働かないかなぁ。すごしやすくて良い街だよねぇ」

 近所に住んでる片桐さんは、苦笑いで曖昧に答える。

 カジノなんかも結構自由に営業しているしなぁ。

 でも、日本一の称号を簡単には渡せはしない。


「仕事をしない市役所なら村山が日本一かもしれないけど、働かない警察なら赤羽だって負けてはいないけどな」

 つい、対抗意識がわいてしまった。

「あそこって、そんなに酷かったっけ? 人が倒れてるくらいじゃないかなぁ」

 お前が捕まってない時点でおかしいし、人が倒れているのは普通じゃないんだよ。

「ほら、駅に交番があるだろ」

「え、うん。改札出たとこのね。でも、ちゃんと毎日警官が二人くらい居るよ」

「だから問題なんだよ。その交番の目の前の店にな、昔強盗が入ったんだよ」

「駅前なのに? そんな事あったっけ?」

「お前は、まだ小さかったからな。真昼間に強盗に入って、捕まらなかったんだよ。しかも同じ店に二回だぞ。駅の反対側のコンビニも強盗が入ったしな」

「駅前って、警察署も近いよね。そんなに治安悪かったっけ」

 お前は襲う側だから気付かなかったのだろうよ。


 駅前の強盗やら傷害やらで、捕まったって話を聞いた覚えがない。

 明け方に、撃たれて倒れている人も、たまに見かける。

 駅前の飲み屋は1時間5万だったりする。

 そんなイカレタ素敵な町が北区赤羽だ。


「まぁなぁ。あそこらへんは外人も多いからなぁ。めんどうなんだろうねぇ」

 若い頃は赤羽に住んでいた片桐さんも、半笑いで曖昧な答えだった。

 きっと、もっと色々知ってしまっているのだろうけれども。

「でも、駅前も綺麗になったし、昔ほどじゃないのかもなぁ」

 ごちゃごちゃと汚い街も好きだったけど、今では大分綺麗になった。

 昔は、婆さんが出て来るピンサロやソープも駅前にあったのに、こぎれいになっていくのは少し寂しかったり、したりしなかったり。


 働かないと噂なのが村山警察。

 働かない実績の赤羽警察。

 不祥事だけなら、職員にゴロツキとチンピラしかいない神奈川県警に敵わないけれど、働かない、やる気のなさなら赤羽も負ける気がしない。


(注意)

 つい、対抗心が抑えきれなかったので、赤羽の実績を並べてしまいましたが、優しく親切な警官が多いのも赤羽警察です。

 落とし物等、他の管轄だと面倒で「ちっ……」っと、舌打ちされるような相談でも、赤羽ならば優しく丁寧に対応してくれます。

 置き忘れた鞄が届いていると、取りに行った時も丁寧に対応してくれました。

 忘れた携帯を取りに行ったら、何も言わずに投げてよこしたJRとは違って、赤羽の警官がどれだけ優しいか分かると思います。

 無免ノーヘルニケツで呼び止められた時も、未成年だったので、管轄が違うのか点数にならないからか、笑って許してくれました。

「だめだぞ」

 って言われました。

 犯罪者にも優しいだけなんです。

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