第4話 働く派遣と暇な公務員……ビールを飲むのが仕事です
やぁ、俺は橘
姪の柚木
送ってきてくれた陽気なおじさん、片桐さんと別れ、依頼者の待つ市役所へ。
まぁ、依頼者といっても下村さんも知り合いだったりする。
下村さんは公務員で今は此処、東村山市役所で働いている。
何故昼間の仕事中に来たのか。
別に仕事なんてしているわけもなく、暇だからだった。
「ねぇねぇただにぃ。働いてる人、結構いるじゃん。その人だけがサボってんじゃないの? 割と混んでるし、終わってからじゃないと悪いんじゃない?」
珍しくイチカが他人を気にしてるようなセリフを口にする。
「あの人たちはな、皆、派遣とか契約社員とかなんだってさ。公務員である市役所の職員ってのは、仕事しないで上の階でのんびりしてるんだよ」
「……なんで? 待ってる人、結構いるのに」
「仕事なんてした事ないから、降りて来ても何も出来ないんだってよ」
下村さん達は、市民が来ない階の部屋の中で、朝からビールを飲んで麻雀をしているか、呑み過ぎて寝ている。
以前、本人に聞いたが、一応『見えない所でやれ』とは言われているらしい。
まぁ、ここの市民税は払ってないので、どうでもいいが他の役所はどうなのか。
怖いから、気にしないようにしている。
作者注意書き
普段、市民が出入りしない上の方の階の、何だか分からない部屋を、こっそり覗いてみるとビールを飲みながら麻雀に興じる職員を見られます。
東村山にお立ち寄りの際は、寄って行って缶ビールでも飲んで行って下さい。
「ここかな……下村さぁ~ん」
「おお、どうぞ~」
ドアをノックすると中から緊張した声がする。
「くさっ……どんだけ飲んでんのよ」
広くもない部屋で雀卓を囲む4人の男性。
イチカが怯むほど酒臭い。
「いやぁ~橘先生、久しぶり~」
「大分酔ってますねぇ」
「まだまだよぉ~。ちょっと待っててよ、今、いいとこなんだ」
手前の席に座るほろ酔いの、丸いおっさんが下村さんだ。
他の三人も役所の職員で、何度か会った事がある。名前までは憶えてないけど。
まだ昼前なのに、今日も飲んでるんだな。
清〇建設の現場事務所を思い出すな。あそこも机の上にはビールとつまみしかない。
建築現場近くの、現場事務所を覗いてみると一目瞭然だ。あそこだけ違うから。
他のゼネコン、
もう一つの某工務店は、何故か毎回工期に間に合わない現場ばかりだった。
知っている限りでは100%、工期がひと月過ぎる現場ばかりだったなぁ。
計画がめちゃくちゃだから、毎回終わらない。
工期が過ぎてから慌てて、足場ばらしの下で資材搬入とか、そんな頭のおかしい作業が24時間体制で続く事になってた。
なんで毎回、同じ事やっているんだろう。
〇〇下工務店は、なんでゼネコンになれたのだろう。
普通は机の上には図面やら何やら、書類がごちゃごちゃと山積みになってる。
仕事が多くて暇もないし駆け回っているので、ほぼ事務所には誰もいない。
清〇の事務所はきっれーに何もない机に、おつまみとビールだけが広げてある。
本社から、要らないと判断された者。出世から外れた者。
そんな監督しか居ないから、まともな職人は仕事を受けない。
普通の仕事が回ってこない、三流以下の職人しかいない。
都内の〇水建設の現場は、遠方から来てる職人ばかりだったなぁ。
東北やら関西やら。
メーカーの番頭さんとの付き合いで、どうしても断り切れない時にしか行かないけれども、どこの現場でも酷かったなぁ。よく潰れてたし。
朝行くと、ゲートが閉まってて人集りが。
「また倒産だってさ」
「またかよ」
「明日再開だって」
「帰るかぁ」
現場の入口で、そんな会話が交わされていた。
清水〇設の現場は、倒産して現場が止まる事も珍しくなかった。
おっと、そうじゃない。
まぁ、それほど急いでもいないし、後ろから酔っ払いどもの勝負を見てますか。
「それ、ポンだ」
「なくのかよぉ」
下村さんの
嫌がらせ以外に理由が思いつかないが、何を狙っているんだろう。
対面の人がタバコ片手に、うつむきながらつぶやく。
「俺の
ただの酔っ払いの嫌がらせだった。
下村さんの手も進まない中、
はったかな?
「ん~安いけどリーチ」
「ピンポーン リーチ」
電子音声が流れる。
そういえば、何故市役所に全自動麻雀卓があるのだろうか。
そんな素朴な疑問とは関係なく、場は流れていく。
「ん~……すじ」
対面は六筒を切った。いや、逆ならまだしも。
「ならば、遠いスジ!」
下村さんの
酔っぱらってるだけかもしれないけど。
そんな事よりも下村さんがやばい。
余ってる牌が
相手も安そうではあるけど、まさか切らないよね?
「ワンチャン!」
「あっ……」
つい、うっかり声が出てしまい、慌てて口を噤む。
麻雀だけに限らないが、後ろから見てる者が声を出すのはマナー違反だ。
「ろーん」
大当たりだった。
場に三枚の三筒が見えていたので、最後の一枚を相手が持っていなければ通る。それがワンチャンス。しかし、待ちが
ちなみに最後の一枚だから通せ。ってのはラストチャンスだったりする。
残念ながら今回の待ちはシャボ、下村さんの捨てた二筒は大当たりだった。
「リーチ、一発、ドラ1、裏はぁ……なし。ざんくかぁ」
3翻3900点だと思っているようだ。
「符、ハネてない?」
対面の人が気付いて声を掛けてしまった。
麻雀の点数は上がった人の自己申告がルールだ。その点数に文句がなければ実際よりも少なくても高くても、その点数を払う事が出来る。
上がった酔っ払いが指折り数えて叫ぶ。
「ごんに……ろくよんか!」
6400だと思ったようだ。
「暗槓があるから……あっ……うむぅ」
やらかした。
つい、うっかり後ろから口出ししてしまった。
「あぁ、そっかぁ……これ70?80?」
「後ろから口を出してすみません。マナー違反でしたが、3翻なので70符でも100符でも点数は一緒で、同じ満貫です」
面倒なので、もう開き直ってしまおう。
どうせ酔っ払い同士の戯れだし。
「八千かぁ」
「あっ、そっかぁ。ありがとね~」
「ぬわー、まじかぁー」
ごめんて……イチカが、笑いを堪えてぷるぷるしてる。
一番べろべろに酔っぱらっていた人が、ポンからのリーチで、フリテン現物出上がりという豪快なチョンポをして、麻雀はお開きになった。
別室で下村さんから仕事の話を聞く。
「いやぁ~貰ったブランデーを朝からイったのがよくなかったねぇ」
何してんだろう。大丈夫なのかな東村山市。
「はぁ……ま、まぁ、取り敢えず仕事ですけど」
「あぁ、そうそう。ほら、昔話したじゃない? うちの御先祖様っ」
「御三家のどこかに仕えていた、なんとかって侍でしたっけ」
名前すらあやふやだが、侍の家系ではあったらしい。
「そうそう。でね、紀州徳川家なんだけどさ、上屋敷近くの小さな家がね、何故か受け継がれて来たんだよ。そこを管理してた親戚が死んで途絶えちゃってね、僕に回って来たんだ。そこで江戸時代の古い日記みたいなのを見つけてね」
たまらなく胡散臭いが、面白そうでもある。
トレジャーハンターの仕事なんて、胡散臭いのが当たり前だが。
「お宝の地図でも出てきましたか? 紀伊なら暴れん坊将軍の国ですねぇ」
「そうそう。麹町四丁目なんだけどね。そこから地下道で千代田の城へ、西の丸まで繋がっていたんだって。その家の地下室にも何処かへ続く穴が見つかったんだ」
おお、夢が広がる。
その時代に地下鉄よりも深くは掘れないし、あの辺に地下道なんて残ってないだろうけどね。
こまかくちっちゃい事を言うと、江戸さんの城が江戸城で、徳川さんの城は千代田城だったりする。もともと沼の城に住んでたのが江戸さんで、埋め立ててから越して来たのが徳川さんだ。
「それは面白そうですね~」
「でしょでしょう。徳川の埋蔵金が隠してあるかもしれないしね」
それはない。
「その穴の調査ですか?」
「そうそう。入口を見つけただけだから、どこまで続いているのか、宝はあるのか。それを確認してきて欲しいのよ。少なくても、昭和になる頃には穴は在ったみたいだから、お城の中までいけるかもね~」
「いや、行けたら捕まりますけど。今、皇居ですよ?」
「はははっ、まぁまぁ、ね。一応、穴は東に伸びてるからさ」
「なるほど、方向は城なわけですね。やりましょう」
「おお、助かるよぉ。正規の手続きを取ると大変だし面倒だからねぇ」
法的な後ろ盾なしに、皇居に地下から侵入しろという無茶な依頼だった。
まぁ、許可はおりないだろうなぁ。
下村さんから、件の日記っぽいという書物を見せて貰い、内容を確認する。
受け継いだ家の位置も確認して、調査開始は3日後と決まった。
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