第2夜 仮病(けびょう)

「やあ、久しぶり」


「元気だった?」


「元気じゃないよ。ちょっと聞いてくれよ」


「どうしたの?」


「俺さ、昨日、動物病院どうぶつびょういんに連れていかれた」


「え!今日はよく外に出られたね。もう大丈夫なの?」


「飼い主の目を盗んで、自分で窓をこじ開けて家から脱走だっそうしてきたのよ。それに、調子なんてどこも悪くないんだ。だって仮病けびょうだったんだから。でもまさか、本当に病院に連れていかれるなんて思ってもいなかったからさ。もう診察台しんさつだいの上に乗ったら、肉球にくきゅうが汗でびしょびしょよ」


「注射とか、痛いやつ、されちゃった?」


「いや、いろんな所触られたり聴診器ちょうしんきとかで胸の音を聞かれたりしたけど、注射はされなかった。だってさ、うちの飼い主が家で撮ったおれの動画を先生に見せたら、その後先生に仮病だって見抜かれちゃったから」


「どうしてバレちゃったの?」


「おれ、後ろの足を痛そうにして地面につけない、ってふうよそおってみたんだけど。家と病院で、痛そうにする足の左右を間違えちゃったんだ。家では右足を痛そうにしていたのに、動物病院に連れていかれて、診察台の上に乗ってからは、反対側の左足を痛そうにしちゃったの。そしたら獣医の先生が両方の足をひとしきり触って、X線検査えっくすせんけんさ、てやつの後で、飼い主が家で俺を撮影した動画をみて『これは仮病かな』て云った。『念のため注射を一本打ちましょうか?』て先生が云った次の瞬間には、おれの後ろ足は両方ともしっかりと診察台を踏みしめていたよ。だって、本当はどこも痛くなかったんだから」


「ところで、何でそんなことしたの?」


「だってよ、最近は仕事が忙しいらしくて、飼い主にはちっとも相手にしてもらえないし、つまらなくてさ。俺としては、やっぱりかまってほしかったんだろうよなぁ」


「君って、意外と寂しがり屋さんなんだね。まあ、僕でよければ、時々ときどき話相手になるよ」


「何だお前。尻尾しっぽが長くてスカしたシャム猫だと思ってたけど、案外良い奴じゃないか」


「それはどうも。話してみないと分からないもんだよね。きみもヤマネコに似ていて顔が怖そうだな、なんて内心では思っていたけれど、案外繊細せんさいなんだね」


「ふふ」


「ふふふ」


「今日の集会は僕たち2匹だけだったね」


「おう。まあ、たまにはいいんじゃないか。こんな夜も」


「ぼく、飼い主に添い寝をしてやらないといけないから、そろそろ帰る。じゃあまた、つぎの夜に」


「おう、またな。俺は晴れの夜にしか来ないからな。お前も本当の病気と動物病院には気をつけろよ」


「今の所、仮病なんてやる予定はないけど、もしやる時には左右のどちらの足にするのか、よく考えてからやるようにするよ。君の話、とても参考になったよ。ありがとう。あと、注射さえ無ければ、ぼくは動物病院の先生のこと、結構好きだよ」


奇特きとくな奴だな。まあいい、今度はお前の話も聞かせてくれよ」

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