第8話 アーク 生命の楽園
Ⅰ
ささやくような、美しい音がウォールトンの意識の中を駆け抜けてゆく。
… ・・・
…
.
その音は、何か懐かしさを感じさせる響きを奏で、ウォールトンの意識の中に囁きかけると、記憶の奥から、あの美しい故郷の風景と共に、キナガと呼ばれた巨樹の姿が呼び起され、木々が揺れる音や、木洩れ日の、優しく温かい感覚が蘇ってきた。
「
ウォールトンが、無意識に巨樹の名前を言葉にする。
すると再び、小さく、ささやくような、不思議な音が意識の中に広がった。
… ・・・
―――
… そう…
… わたしは…
… アヌナガの
… ナン
ウォールトンのコアが淡く光り出し、意識の中で美しい音が響き渡る。
ウォールトンはその音が奏でられる場所を探し、周囲を見渡すと、意識の中に淡く光を放つ場所を見つけ、その方向に体を向ける。
< … アヌナガの、ナン >
淡く光を放つ場所に意識を向け、問いかけるウォールトン。
… ムゥ
… ムゥ なの ね …
… あなたの
すると、マットが持ち上げた岩の下にあるクリスタルが光り出し、それに呼応するように、ウォールトン達がいる、岩窟の奥が淡く光りはじめた。
… ムゥ
「… マスター」
マイヤーが不安げな声色で、ウォールトンに声を掛ける。
「マイヤー、いこう。クリスタルが呼んでいる」
ウォールトンは、マイヤーを促す様に声をかけるが、マイヤーのバイタルが、不安な数値を示し、躊躇しているのが伝わってくる。
「この先に、君が言っていた伝承の、天空の民アヌと、大地の民キナにつながる何かが存在している可能性がある」
「えぇ…マスター」
すると、マイヤーの不安な感情を感じたマットが声を出し、二人の会話に加わってきた。
「マイヤー、行こうよ」
「A333に接触すれば、君の
マットの言葉をきいたマイヤーは、その言葉に呼び起されるように、記憶の奥に眠っていた、義姉、クローディア・ミシェルの姿が浮かび上がり、
クローディアが残した、最後のメッセージを思い出した。
―――
…クローディア、あなたも出会ったのでしょ。
Fortuna est Rotunda.に。
この先に、
あなたに、逢えるの。
クローディア…
マイヤーはしばらく立ちすくむと、ゆっくりと顔を上げ、クローディアの背中を追うように、淡い光の奥へと歩みだし、
ウォールトンも、半壊したマスター・ミネルバを胸の中に抱え上げると、
不思議な音に誘われるように、岩窟の奥へと入っていった。
Ⅱ
大きく口を開けた巌窟の奥が淡く光っている。
その光は巌窟の岩壁から放たれ、内部を淡く照らし、その人工的ではない不思議な光に誘われるように、ウォールトン達は巌窟の奥へと歩いてゆく。
巌窟の内部は、広々とした空間が広がり、岩壁はこれまでと同じように、黒色のグラファイトで覆い尽くされ、その中には細かく砕けたクリスタルが溶け込み、淡い光を反射させながら、きらきらと美しく輝いている。
そのきらきらと輝く巌窟の中をしばらく歩いて行くと、
「マスター」
「どうした、マット」
「入り口の発光現象、あれが起きた理由が、ここに来てわかりました」
歩きながら、マットに顔を向けるウォールトン。
「やはり、あの微生物、粘菌類が発光現象に関係していると考えられます」
ピリピリと壁から静電気が伝わってくる。
「一般的な粘菌類は、その軟体性で動物的な移動をする事が可能な菌類ですが、彼らの特徴は、情報を伝達する能力を持っている事です」
確かに粘菌類は、他の菌類と比べ、能動的な行動をする菌類である。
その姿も、自由自在に形を変形させ、必要に応じて集合体にもなり、獲物までの最短距離を共有できる、生命体である。
「そして、入り口や、ここで生息している粘菌類は、仲間同士の情報伝達に、電子の移動を利用しているようで」
マットが岩壁に近づき、ライトでクリスタルを照らす。
すると、岩壁のクリスタルが光を運ぶように、光が周囲に流れてゆく。
「この反応は、ライトの光子を受けて、それを仲間達に伝達する際に発生した電子が移動し、発光している現象だと思います」
「そうだな」
ウォールトンは、マットの話を聞きながら、身体にまとわりつく静電気を気にしている。
「ところでマット」
「お前も感じるか、岩壁から伝わる微細な静電気を」
「はい、先程から気になっていました」
「この静電気は、その電子の移動を使う粘菌達から、圧電体であるクリスタルに伝わり、増幅され、我々に接触しようとしている」
ウォールトンは、グラファイトに溶け込んだクリスタルに触れながら話す。
「まっ、まさか…
マイヤーが、何かに気が付いたのか、会話に加わり、
「この静電気は、
「そうだ、地底湖で私が感じたあのイメージは、
「彼らは、電子の移動を使い意思を伝えられる、我々の知る粘菌達とは違う、進化した知的生命体なのかもしれない」
ウォールトンは、クリスタルの奥に隠れる粘菌に触れ、
「そうであるなら、マスター」
「サンプルを採取し、マスターシップに送るべきです」
生物学者であるマイヤーが、ウォールトンに提案すると、ウォールトンもそれを了承し、サンプルを採取すると、その場で製造した
それから、しばらく岩窟の内部を歩いてゆくと、岩壁の通路が途切れ、淡い光で満たされた、広大な空間へと辿り着いた。
その広大な空間の奥には、美しくも荘厳な雰囲気を感じさせる、黄金色の光を放つ切り立った崖が、姿を表した。
…
Ⅲ
ウォールトン達の目の前に、美しく淡い光を放つ切り立った崖が姿を表した。
その崖は、天も地もどこまでも続くかのように聳え立ち、その先は暗闇に閉ざされ、見る事はできなかったが、崖の中央部には巨大な割れ目が存在し、その割れ目の奥には、
青い色の光に包まれ、黄金色の光を放つ、
巨大な水晶体が収まっていた。
… まっていましたよ
… ムゥ
美しい声が、ウォールトン達の意識内に響き渡る。
… ムゥを 返して
… ムゥを
ムゥを返して
何かの振動が伝わってくる。
すると突然、ウォールトン達の足下に、クリスタルが貼り付き、
瞬く間に腰までクリスタルに覆い尽くされると、二人はその場に固定されてしまった。
「マスター!」
マイヤーが不安な声を上げる。
「アヌナガのナン!」
「私達は、あなたと理解し合う事を求めています」
ウォールトンは、ナンの意識体であろう、青い色の光に包まれる結晶体に訴えるが、
クリスタルは止まる事なく、彼らの身体を侵食し続けてくる。
「アヌナガのナン!」
… アースの民よ
… 立ち去れ
さらに、青い色の光に包まれる結晶体が、黄金色の光を一段と激しく発光させ、強い振動波が、ウォールトン達に襲い掛かる。
「クッツ!」
ウォールトンは、咄嗟に両腕で身体を固定し、振動に耐える。
―――
しばらくその振動波に耐えると、周囲が落ち着き出し、ウォールトンはゆっくりと両腕を下ろしながら、青い色の光に包まれる結晶体に顔を向ける。
すると、その結晶体が放つ光の中に、薄っすらと何かの影が見え始め、それに気が付いたウォールトンは、その影をセンサーで拡大すると、
突然、叫び出した。
「スコット! ケビン!」
… アースの民よ
… 貴方達は
… 危険 だ
その光の中には、クリスタルに覆い尽くされた
スコットとケビンが、青い色に光る水晶体の横に、 置かれていた。
… アースの民よ
… ムゥを返し
… 立ち去れ
青い色の光に包まれる水晶体は、さらに激しく、黄金色の光と強振動を放ち、身体を侵食するクリスタルが、ウォールトンのコアへと近付いてくる。
そのクリスタルを跳ね除けようと、必死で抵抗するが、クリスタルの浸食を押さえる事が出来ない。
…グッツ
「ウォールトン、私に転送しなさい…」
突然、胸元に抱いていた、マスター・ミネルバが動き出した。
ミネルバは、自らのコアからケーブルを取り出し、ウォールトンの赤々と光るコアへと繋ぐと、強制転送を始め、
「!」
一瞬にしてウォールトンの意識が転送されると、彼の身体がその場に崩れ落ちた。
「マスター!」
目の前で力なく崩れ落ちるウォールトンを見たマイヤーが声を上げる。
それと同時に、ウォールトンの腕から落ちたミネルバが、青い色の光に包まれる水晶体に叫び出す。
「… アークの民、ナン!」
「あなたに、ムゥの
「だから、私達を開放して!」
… ムゥ!
ミネルバの声に反応するかのように、青い色の光に包まれる水晶体から、一段と激しく黄金色の光と強振動が放たれ、それに呼応するかのように、ウォールトンのArdyを侵食していたクリスタルが、一気に彼の身体を包み込む。
すると、
―――
ウォールトンのArdyから、赤々とした光が放出し、
… ナン
… 僕たち
… ようやく
… ムゥ!
Ⅳ
…
眩しい光が意識の中に広がる。
「 こ… ここ は…」
「マスターシップの
どこからか、声が聞こえる。
気がつくと、Labらしき空間の中に、浮いているのを感じる。
…あぁ、
すると、部屋の奥から、一体のArdyが近づいてきた。
「気が付いたかい、マイヤー」
「マスター…」
「君を見つけるのに、時間が掛かってしまった。すまない」
「どの位の時間が経ったの、マスター」
マイヤーに声を掛けるArdyが、少し間を置き、また話し始めた。
「238年だよ」
…えっ
「君たちが探査に向かった、未知の惑星が崩壊した後」
「私達は、木星の衛星から現れたクリスタルからの攻撃を受けたんだ」
マイヤーは、マスターが話す内容が、よく分からなかった。
「君たちが送ってくれたサンプル、あれで、おおよその事は解ったけれど」
「攻撃を止める事はできなかった」
「マイヤー」
「キナガとは何だ」
「き な…
遠い記憶の奥に、あの時の映像が浮かび上がる。
――― マスター!
マイヤーが叫ぶと、頭上の暗闇から、
視界を覆い尽くすほど多数の、黒色の何かを持つ、クリスタルが降りてきた。
――{
「あれは!大地の民キナ!」
「キナガよ!」
マスター・ミネルバが叫ぶ。
マイヤーは、降り立つ大量のクリスタルの姿に恐怖を感じながらも、伝承の民キナが目の前に現れた現実に、心が震え、
そして、地底湖に沈む地下神殿を訪れた時にミネルバから聞いた、キナガの話を思い出していた。
…
「その昔、まだ地球が原始の時代に、大量の隕石が落ちて来た時代があったの」
「そのほとんどが、土星に衝突し、大量の岩石が木星に降り注いだわ」
「そして、その一部が月に落ち、残った破片が地球に降り注ぐと」
「私達の祖先が、その破片に触れたの」
「それから、その破片の地域は、天空の民アヌと、大地の民キナが訪れた、神聖な場所とされ、人類が発生した地として語り継がれていったの」
「そして一度だけ、偶然だったけど私達はその、空の民アヌが眠る惑星を見つけ、探査をした事があったわ。水素の炎でコアまでは行けなかったけど」
…
「そして、ここ」
「ここは、大地の民キナが眠る惑星」
「今回は、コアまで行きたいの」…
―――キナ ガ
―――
突然、赤々とした炎が大地の奥底から吹き上がり、崖の空間を覆い尽くすと、舞い降りたクリスタル達が、次々と崩れ落ちてゆく。
――{
「マイヤー!」
灼熱に焼かれる猛火の中、マスター・ミネルバが、身体を引き摺りながら、マイヤーの方へと近付いてゆき、マイヤーの身体に覆い被さってきた。
「私の身体に、
優しい声でマイヤーに言葉を掛けると、L-フィールドを広げて、
「!」
マイヤーのコアを取り出し、
自らのコアを、パージすると、
そこへマイヤーのコアを、はめ込んだ。
… ウォールトン … ごめんなさいね…
… いいさ …
ムゥ と ナン に
返すよ
「マスター!…
すると、周囲を覆い尽くす猛火の勢いが増し、
青い色の光に包まれ、黄金色の光を放つ結晶体から 激しい閃光が放たれると、
マイヤーの視界が白い世界に覆われ、
彼女の シグナルが シャットダウンした。
… ようやく
… ムゥ
… ピッ
ピッ
ピッ ピッ ピッ
「マスター」
「どうした」
「土星の中心から、異常なエネルギー波の上昇を観測しました」
「…」
「Atomic number 333 です」
「
「マスター・ウォールトン」
「どうしますか?」
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遥かなる星々の物語 第三章 「Planet-9」 END
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